第9話入学式の後

 パワハラな聖女の幼馴染を絶縁。

 栄光の自由を手にして旅路へ、オレは北方の街キタエルに到着。


 幼い時から憧れていたキタエル剣士学園に、無事に合格。

 無料の寮に住め、お金の心配もなく生活をスタートできた。


 ◇


 入寮日の翌朝になる。


「ふぁ……良く寝た。さて、いよいよ今日から、学園生活がスタートするのか!」


 まだ朝日が昇ったばかりの時間。


 今までにない、最高に気持ち良い朝を迎えた。

 窓を開けて、外を飛んでいる小鳥たちに挨拶をする。


 おはよう、小鳥たちよ!


「あっ、そうだ。入学式に行く準備をしないと!」


 井戸水で顔を洗い、髪の毛も軽く整える。


 よし、準備オッケー。

 昨日のうちに食堂から持ってきた、朝食を自室で食べる。


 うん、美味しい!

 こんなに美味しいパンが、無料だなんて夢のよう。


 恩返しするために、頑張って立派な剣士にならないとな。

 美味しく頂いた朝食に、心から感謝。


「さて、中庭にいくとするか」


 その後は、日課のトレーニング時間。

 走り込みや筋トレなど、基礎を鍛えていく。


「あっ、ヤバイ! そろそろ時間だ」


 いつの間にかギリギリの時間になっていた。

 制服に着替えて、身だしなみを整える。


 まぁ……鏡がないから、確認はできない。

 でもオレは確認した所で、大したことは無い。


「急いで校舎に向かわないと!」


 自室を出発して、校舎に向かう。

 昨日のカテリーナ先生の説明によると、講堂で入学式が行われる。


 案内表示に従って講堂に向かう。


「おっ、ここか? おお、これは……」


 講堂に入って、思わず声を出す。

 中には同じ制服の若者たち、整列していたのだ。


「これがキタエル学園の新入生か。けっこういるもんだな……」


 一番後ろに整列しながら、様子を伺う。


 全員が揃いの制服で整列している。

 人数はだいたい百人くらい。

 男女比は五対五の約半々


 パッと見の年齢は、十五歳前後が多い。

 入学規定で十三歳から入学可能。

 オレはこの中でもかなり若い方だ。


 身長や体格はバラバラだが、全体的に身体が大きい者が多い。

 一番年下のオレは、整列してても小さく感じる。


(これが全員、一人前の剣士を目指す、オレの同期生か……)


 講堂内は何とも言えない緊張感があった。


 何しろ剣士学園内では、常に順位を争うシステムがあるらしい。

 つまり、ここのいる全員はライバル同士なのだ。


(まぁ、最下層のオレは、順位なんて関係ないから、コツコツ頑張っていくしかないな……)


 生まれた時から剣の才能がないオレは、上を目指す目標はない。


 大事なのは『自分のペースで努力をしていく』こと。

 自分自身に負けないことなのだ。


『それでは、これより入学式を始めます。開会宣言……』


 そんなことを考えていると、入学式が始まる。

 ちゃんと真面目参加しないと。


 入学式は基本的に式典だった。


 まずは最初に国の偉いさんから、長い挨拶がある。

 次は副学園長の長い話が続く。


 最後は新入生の代表者が、これからのこころざしを壇上で話していた。


 ためになる話もあったので、オレは一生懸命に聞いていた。

 お蔭で入学式もあっという間に終わる。


「これにて入学式を終了いたします。新入生の皆さんは、明日から本格的な授業と訓練が始まります。気を引き締めていきましょう!」


 司会の教師から閉会の宣言。

 入学式も終わり、新入生は解散となる


 ◇


「今日はこれで終わりか。寮に戻るとするか?」


 校舎に残っていても、オレは特にやることはない。

 自由時間は、常に自主練習にあてたいのだ。


「ん?」


 講堂前の広場から、去ろうとした時であった。

 周囲の視線に気が付く。


(これは……もしかして、オレのことを見ている⁉)


 視線を向けてくるのは新入生たち。

 ほとんどが女の子。

 今まで見たこともないような異様な視線で、オレの顔をチラチラ見てくるのだ。


(あっ……これは……『気持ち悪い』からか……)


 オレだけ注目を集めている理由に、気が付く。

 何しろ脂肪だらけのオレの顔は、気持ちが悪いらしい。


 エルザいわく『アンタの顔を見てたら、吐き気がするのよ! この豚ハリトが!』クラスの顔なのだ。


 生まれた時から一緒にいる幼馴染ですら、その反応。

 今日そんなオレのことを、初めて見た子は、とんでもない嫌悪感を抱いているのであろう。


「ねぇ……あの顔……」

 

「そうね……」


「だわ……」


 その答えのように、新入生の女の子たちは、オレの顔をチラチラ見ながら、何やらヒソヒソ話もしている。


 間違いない。

 失笑しているのだ。


(くっ……耐えられない空気だ……早く寮に戻ろう!)


 入学式に浮かれて失念していた。


 こんな輝かしい場所に、オレは似合わない。

 早く逃げ出して、無心で剣を振るいたい気分に襲われる。


「あの……すみません。私と同じ新入生ですよね?」


 退避しようした時、後ろから呼び止められる。


「えっ?」


 振り向くと、そこにいたのは数人の女子軍団。

 先ほどからチラチラ見てきた女の子たちだ。


 これはヤバイ!


「えっ、はい。新入生のハリトです!」


 オレは即時に姿勢を正し名乗る。


(やばい……これはシメられてしまうのか、オレは⁉)


 おそらく相手の不快感をかってしまった。

 この子たちは怒りが最高潮に達して、因縁をつけにきたのだ。


「ハリト君……ですか」


「素敵な名前ですね」


「本当よね。イメージにぴったりよね」


 名前を聞いて、女子軍団は談笑している。


(やばい……名前を覚えられてしまった……これで、もう逃げられない……)


 学園生活の終焉を覚悟する。

 これから三年間、この子たちに奴隷として使われるのだろうか?


 もしくは、校舎裏に今すぐ拉致。

 腰の剣で、切り刻まれてしまうのかな?


 痛みには耐えられるけど、剣をもつ右腕だけは勘弁して欲しい。


「私はサラって言います、ハリト君♪」


「私はシーラです♪」


「あー、二人とも、抜け駆け! 私もハリト君と仲良くしたい♪」


 えっ……?


 だが女の子軍団の様子がおかしい。

 誰もが好意的な感じで、オレと話をしたがるのだ。


「ねぇ、ハリト君♪」


「ハリト君、カッコ可愛い♪」


 更に相手は急接近。

 距離を詰めてきて、身体を押し当ててくる子も出てきた。


 どさくさに紛れて、オレの手を握ってスキンシップしてくる子もいた。

 とにかく大勢の女の子に、囲まれてしまったのだ。


(な、何が起きたん……だ?)


 突然のことにオレは大混乱。

 とにかく相手を不快にさせないように、精一杯の笑顔。


 できる限り丁寧に答えて、返事をしていく。


(もしかして、この子たち……罰ゲーム中なのか⁉)


 そんな疑念も浮かび上がる。


(いや、全員の様子がおかしいぞ?)


 おかしいのは、彼女たちだけはなかった。


 遠巻きにこちらを見てくる、他の新入生も変なのだ。


「ちっ、あいつばかりモテて、ずるいよな……」


「ああ……だが、あの女ウケする顔じゃ、仕方がないよ……」


「だな。オレもあんなイケメン風に生まれたかったぜ……」


 男子生徒は羨望せんぼうの眼差しで、オレの顔を見ていた。


 これも初めて受ける視線。

 王都の通行人から受けた“蔑んだ視線”とは、真逆の好意的な視線だ。


(な、何が起きているんだ、この場は⁉)


 とにかく状況がつかめない。

 群がってくる積極的な女の子たちに、必死で丁寧に対応するしかない。


 だが距離が近い子たちは、どんどんエスカレートしていった。


「ハリト君、今度の週末、良かったら街に、デートをしましょう……」


「これ……私の寮の部屋番号です。良かったら……週末の夜、遊びに来て下さい……」


「今日の夜……ハリト君の部屋に遊びいってもいいかな?」


 積極的な女の子たちは、身体を密着させながら、小声で色んなことを言ってきた。

 中には柔らかい胸を、オレの腕にわざと付けてくる子もいた。


「あっー! ごめん! オレ、これから用事があるから!」


 とうとう対応が出来なくなり、オレは言い訳をして逃げ出す。


 何がどうなっているか理解不能。

 嫌われてもいいから、逃げるしかない。


「ハリト君~♪」


「あー、逃げられちゃった~♪」


 だが後ろから、更に黄色い悲鳴が聞こえてくる。

 オレは耳を抑えながら、講堂前から逃げていく。


「はぁ……はぁ……何なんだ、あれは……」


 校舎の裏まで逃げてきた。

 真っ直ぐ寮に戻るのは、危険だと判断したのだ。


「なんで、女子も男子も……オレのことを褒めてくれるようになったんだ……」


 まるで狐に騙さているような気分。

 先日の山中での白昼夢のようだ。


「ん……ガラス窓……?」


 ふと、視線を上げると、校舎のガラス窓があった。

 かなり綺麗な窓で、ちょうど全身が映る大きさ。


 今もオレの身体を、鏡のようにクッキリと映していた。


「えっ……これ……誰……だ?」


 映し出された姿を見て、オレは自分の目を疑う。

 何と映っていたのは、見たこともない美男子。


 体型もスラリとして、モデルのような立ち姿だ。


(この人は、窓の向こうにいる人かな? いや、違う……これは“オレだ”!)


 同じ動きする姿に、確信する。

 この映っているイケメン男子は……オレ自身だと。

 その証拠に目元は、前の自分と同じだ。


「な、な、何で、こんな姿に、あの“魔の脂肪”はどこに消えたんだ⁉ 王都を出発する、前はたしかに、あったのに⁉」


 エルザに絶縁状を手渡した朝、屋敷の鏡で自分の脂肪姿は確認済み。

 ということは……旅の途中で消えたのか?


「あっ……あの気絶していた十日間か⁉」


 ようやく原因に気が付く。

 山中での気絶から目覚めた後、やけに身体が軽くなっていた。


 つまり気絶をしていた間に、オレの脂肪は消えていたのだ。


「もしかしたら、あの山はダイエットの神が住んでいたのかな……」


 よく訳の分からないことを、自分で口走る。

 だが、そんなのは非現実的すぎる。

 理由は不明のままだ。


「まぁ、痩せてしまったものは、仕方がない。気にしないでいこう!」


 気持ちの切り替えが早いのは、オレの長所。

 深呼吸をして、新しい自分の現実を受け入れる。


「よし! 明日の初授業は、一生懸命に頑張るぞ!」


 こうして激ヤセしてイケメン男子になった現実を、オレは受けいれた。


 積極的な女子軍団からも、また激しいスキンシップを受けるだろう。


 だがオレの目標は一人前の剣士のなること。


 全ての煩悩を捨てて、剣の修行に慢心していくのだ。


 ◇


 ――――だが、この時のオレは、まだ気が付いていなかった。


【次元の狭間】の迷宮ループ999,999回の修行の、本当の影響を。


 剣士として身につけていた、人外なる力の存在を。


「明日の授業……楽しみだな!」


 こうして人生が大きく変わったオレは、規格外の力で授業に突入していくのであった。

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