第4話次元の狭間

 パワハラな聖女の幼馴染を、こちらから絶縁。

 今までさげすさまれて不自由だったオレは、栄光の自由を手にした。


 一人前の剣士になるために、北方の剣士学園に向かう道中。

 深い穴……【次元の狭間】にオレは落ちてしまった。


「ふう……どこの誰が仕組んだ、迷宮か知らないが……今のオレは諦めが悪いんだぜ!」


 ここを脱出して剣士学園へ向かうには、手にした剣一本で突破することが必須らしい。

 意気揚々と【次元の狭間】の迷宮に挑むのであった。


 ◇


「よし、この分なら、早く突破できるぞ!」


 運の良いことに、迷宮は複雑な仕掛けは皆無だった。

 基本的に迷宮は一本道。


 しかも出現する敵も普通の強さ。

 絶対に倒せない魔物も存在しないのだ。


「これは丁度いい腕試しになるな。オレは運がいいぞ!」


 適度な難易度の迷宮。

 剣士として才能が無いオレにとって、幸運ともいえることが連続していった。


「それに疲れもすぐ回復するし、腹も減らないぞ、ここは?」


 更に幸運は続く。

 何と迷宮内では疲労が自動回復。

 一番の心配だった食料や水が不要なのだ。


「どういう原理なんだ? まぁ、この不思議な空間では、悩むもの無意味かもな」


 何しろ次元の狭間の迷宮は、見えない壁で被われている。

 攻略した部屋は、次の瞬間には消失。


 それに倒した魔物の死骸も、地面に吸い込まれて消滅。

 何から何まで現実離れした、非現実的な空間なのだ。


「残るものがあるとしたら……オレの“剣士としての経験”だけかな?」


 今のところかなりハイペースで進んできている。

 地上にいた時……今までの人生と同じくらいの実戦で、剣を振るっていた。


「でも、オレは剣の才能が無いからな……大して腕は上げていないけど」


 オレは生まれつき剣士の才能がない。

 どうしても全身の脂肪、魔の脂肪が剣の上達の阻害をしているのだ。

 迷宮を攻略してきても、そこまで強くはなっていない。


「まぁ、剣の腕は剣士学園で、本格的に学ぶから、今は一刻も早く脱出することが先決だな!」


 基本方針を改めて決定。小休憩を終える。

 よし、この先もドンドン魔物を倒していくぞ。


 こうしてオレは順調に、次元の狭間の迷宮を攻略していくのであった。


 ◇


「よし! 何とか勝てたぞ!」


 そして百個目の部屋の敵を、倒した時だった。


 今まで単調だった先の通路に、大きな変化が起きたのだ。


「ここは最初の部屋……だと?」


 たどり着いた先は、最初に目を覚ました部屋。

 そして前と同じように、次につながる部屋が開かれる。


「これも最初と同じ部屋だと⁉ いや、待て! 違うぞ! よく見ると……微妙に一回目の部屋と、細部が微妙に違うぞ!」


 観察して異変を見抜く。


 そして、この次元の狭間の迷宮の仕掛けにも、ふと気が付く。


「ふっふっふ……なるほど。ここはループを攻略していくパターンか! たぶん、何回目かの攻略の後に、本当の外への出口がある感じだな」


 直感的に気が付く。

 この迷宮の法則と仕掛けを。


「危なかったな。オレでなければ見逃していた、差異だったな」


 新しい部屋の変化は、本当に些細(ささい)なものだった。


 普通の者なら『なっ⁉ 同じ部屋と魔物が永遠に続くのか、ここは⁉』と絶望に押し潰さて精神的に発狂していたところであろう。


「だが仕掛けさえ見抜けば、簡単なループの迷宮。オレの得意とするタイプだ!」


 こオレは幼い時から、コツコツと続けていく作業が大好き。


 走り込みや筋トレ、剣の素振りなど。

 他の人が嫌がる単調な作業を、今まで毎日やってきた。

 心を無にして、ひたすら繰り返すのだ。


 だから迷宮の特徴にも、怯むことは無い。

 何しろ、ここは時間の概念や、疲れ空腹と無縁の空間なのだ。


「よし、十回だろうが、百回だろうが、相手がギブアップするまでやってやる!」


 こうしてオレはループ迷宮に再挑戦していくのであった。


 ◇


 その後、攻略は予定通りに進んでいった。


 何しろこの迷宮は基本的に一本道。


 一部屋ずつ待ち構える魔物を、順番に倒していくだけ。

 魔物強さも全く同じ。


 罠の位置や威力も、だいたい同じ。

 精神力だけ切らさなければ、とんとん拍子で攻略していけるのだ。


 それに加えて付加価値もある。

 剣の稽古も兼ねていけるのだ。


 何しろ今までのオレは素振り稽古が主体。

 だが、ここでは本格的な魔物との実戦を出来るのだ。


 稽古中毒のオレにとっては、本当に楽で有り難いループ迷宮だった。


 ◇


「ん? あれ?」


 そんなループ迷宮を、五百回は繰り返した時である。


 “ある可能性の疑問”が頭にチラつく。


「いや、そんなはずはない……オレの集中力が弱いから、こんなことを考えるんだ!」


 頭に浮かんだ危険な疑問を、すぐさま打ち消す。


「よし! 頑張っていこう! 集中、集中! 全力集中だ!」


 こうして今まで以上に、オレは迷宮での稽古に励んでいくのであった。


 ◇


 だが迷宮ループを千回。


 二千回……


 三千回の周回の終えた時、急にオレの腕は止まる。


 定期的に訪れるキリの良い回数で、“ある可能性の疑問”が脳裏に浮かんでしまったのだ。


「あれ? も、もしかて……このループって……“永遠”に続くの?」


 思わず声に出してしまう。

 これは愚行。


 気になっていても、この迷宮では“絶対に口に出してはいけない”言葉だ。


「うぁあぁああああああああああああああ!!」


 直後、信じられない叫び声が、部屋に響き渡る


 誰が、一体、こんな狂ったような叫び声を?


(あっ……オレだ……この声は……)


 第三者が上から見ているように、客観的に理解する。


(そうか……オレは耐え切れずに、感情のリミットがキレちゃったのか……)


 オレが冷静に理解できたのは、この発狂を以前も体験していたから。


(“アノ日”と同じだな、この感じは……)


 前回、同じように発狂したのは、あの日。

 聖女になったエルザが、王都での初公務だった夜だ。


 過度のストレスを受けた彼女が、オレに対して最初に罵詈雑言を浴びせてきた後のことだ。


(あの時のオレは、幼馴染からの初めての攻撃に、免疫がなかったからな……)


 その日の夜、オレは今と同じように発狂して叫んでいたのだ。


「ふう……あの時は、オレも精神的に弱かったな……」


 当時の辛さを思い出して、冷静さを取り戻す。


 より辛いことを思い出すことで、現状の辛さを打ち消したのだ。


「さて、もう少し頑張るか、このループ迷宮を!」


 気を取り直したところで、剣を握り直す。

 この分なら当分は大丈夫そうだ。


「常に集中して、心が壊れた時は思い出して、平静を……だ!」


 こうして作戦が決行される。


 名付けて『ループ地獄で心が壊れそうな時は、もっと辛かった罵詈雑言を思い出すことで、冷静さを取り戻す作戦』


 ――――略して【賢者タイム発動】だ。


「よしっしゃぁ、いくぞ!」


 ◇


 その後もループ迷宮の集会は、順調に進んでいく。


 そして発狂タイムも、定期的に襲ってきくる。


 五千回……七千回……八千回。


 奴らはなかなか手強かった。


 そんな中でも、特に最強だったのは、一万回の大台をクリアした時だった。


「うぁああああああああああぁぁあぁああああああぁああああああああ!!」


 あの時は本当に、気が狂うかと覚悟した。

 目の前が真っ白にまり、自分の手足が消滅しそうになったのだ。


「ふう……でも『エルザに指の骨を折られた、あの時』に比べたら……こんなのは可愛いな……」


 そんな時も【賢者タイム発動】は大活躍。


 過去に受けた罵詈雑言と暴力を思い出して、心を凪(なぎ)の海のように落ち着かせた。


「さて、どんどんペースアップしていくか、ここからは!」


 ◇


 恐怖の大台を無事に攻略。

 オレはループ攻略の周回ペースを上げていく。


 ペースアップも順調だった。

 何しろ迷宮は基本的に一本道で、罠の位置も数百パターンしかない。


 魔物の種類やパターンも単調なの、オレはそれらを全て暗記していたのだ。


 今では最初の一部屋目を見ただけで、どのパターンになるか瞬時に脳裏に浮かぶ。

 後は簡単な攻略作業。


 極論をいえば目をつぶっても、最短攻略が可能なのだ。

 もちろん剣技の鍛錬のために、毎回必死で剣を振るっていたけど。


 とにかく、そんな高速ループを周回していた時。

 オレの身体に変化が起きる。


「ん? 今の剣筋は……もしかして⁉」


 何と二万回を超えた時に、剣術技を会得。

 今までどんなに努力して、会得できなかった技を、ついに発動できたのだ。


 まだ初心や向けの第一階位だが、オレだけのオリジナルの技を開発できた。


「おぉおお! もしかして……今のオレって、もしかして亀のように少しずつ、強く進化している⁉」


 この世紀の大発見は、今までで一番のモチベーションとなった。


「よし、次は第二階位の会得に向かって、前進だ!」


 目に見える技術の向上は、人を周回の鬼とする。

 この日を境に、オレの迷宮攻略は明確な目標が見えたのだ。


 時間はたっぷりある。

 永遠の体力回復と空腹回復。


 剣士の才能がないオレにとって、ここは夢のような環境。

 脱出口を探しながら、ひたすら剣技を鍛えていけるのだ。


 ◇


 その後も定期的に、大発見は続いていく。


「おお、これは第二階位か……これは面白い技だな……」


 四万回を超えたところで、第二階位の剣術技を会得。


「おおぉお! これは、凄いな!」


 八万回を超えたところで、第三階位の技を会得。


 体感的に階位は上がるたびに、回数は倍増していく。

 次の第四階位は十六万回だと推測できる。


「……ん? あっ、この波はマズイ……ぞ」


 だが、周回は楽しいことばかりではない。


 怖いのはキリの良い回数での発狂タイム。


 一番ヤバかったのは、ちょうど十万回を超えた後だった。


「うぁああああああああああ!! ■■■■■■■■■あああぁああああああああ!!  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 今までとはケタが違う発狂タイムが、全身と細胞を襲ってきたのだ。


 魂の消失による恐怖。

 一瞬でオレは空間から消滅しそうになる。


「ふう……でも『エルザに踏みつけられて、顔に唾を吐きかけられた時』に比べたら……こんなのは可愛いもんだな……」


 そんな消滅の窮地でも、頼りになる【賢者タイム発動】は大活躍。


 受けた暴力を段階的に思い出して、心を晴天のように落ち着かせた。


「よし。治った! 次は十万回以降か……ここからは未知の領域だな!」


 ◇


 ここから先は話をするもの、気が遠くなるような戦い。


 万単位のループで、感覚がマヒして自我を失いかける。


 だが、過去の辛い体験を思い出し、【賢者タイム発動】で精神を回復。


 更に定期的に訪れる技の会得に、一喜一憂してモチベーションを保っていく。


 そして――――ついに、“その日”が訪れる。


 ◇


「これで999,999回目のクリアか……さて、次はいよいよ百万回の大台か。これは、心を鬼にして耐えないとな……ん? えっ?」


 だが最後の部屋を進み、オレは言葉を失う。


 なぜならいつもの最初に部屋に、戻されなかったのだ。


 通路の先に先に、“見たことにない扉”があったのだ。


「これは、まさか……」


 恐る恐る扉を開ける。


「あっ……夜の森?」


 先にあったのは、真っ暗な山の中。

 真っ暗な夜で、月の光が眩しい。


「外……なのか、ここは?」


 どう見ても自然な光景。

 月明りに照らされて、獣道が真っ直ぐ伸びている。


「それに、この道は……オレは戻ってきたのか」


 直感的に理解した。

 ここはオレが穴に落ちた同じ場所なのだ。


 振り向くと、先ほどの扉……【次元の狭間】の出口は消えていた。

 これで、もう二度と戻ることは不可能。


「ふう……そうか。ちょっと寂しいかもな……」


 不思議な感情だった。

 脱出できた安堵感(あんどかん)よりも、慣れ親しんだ場所との別れが寂しかったのだ。


 まったくオレの周回努力中毒には、自分でも呆れてしまうな。


「さて、どのくらい、年月が経ったのかな、あの日から?」


 顔を上げて星空を確認する。

 占星術は好きなので、星の位置で大体の年月の経過が分かる。


「どんな年数でも、ショックを受けないようにしないとな……」


 体感的に、数百年……いや数千年の時代が経っている可能性もある。

 その時は、知り合いは全員、老死している寂しい世界であろう。


「えっ? はっ? あっはっはっは……なんだ、これ?」


 経過年数を確認して、思わず大声で笑う。

 何しろ想定もしていなかった年数だったのだ。


「なんだと……たった“十日”しか経っていなのか、落ちた日から!」


 まさかの事実だった。

 永遠とも思えていた迷宮ループの日々。


 なんと現実では、十日間だけの出来ごとだったのだ。


「あっはっはっは……そうか。もしかしたら、オレは狐に夢で見せられていたのかもな……」


 普通に考えたら、あんな都合の良い迷宮などは、実在するはずがない。


 旅の疲れがピークに達して、白昼夢でも見ていたのかもしれない。


「ふう……さて、気を取り直して、キタエルの街に向かうか!」


 冷静になると、今までの自分の妄想が恥ずかしくなる。

 賢者タイムを通り越して、現実に戻ってしまったのだ。


 こうしてオレは現実世界に戻ってきた。

 本来の目的地に進路を向け、獣道をひたすら歩いていくのであった。


 ◇


 だが――――この時のオレは、まだ気がついていなかった。


 自分自身の身体の大異変に。


 穴に落ちた時は、脂肪でふくよかな全身だった。


 だが駆けている今のオレの身体は、スリムでバランスのとれた筋肉身体なのだ。


 更にぶよぶよだった顔も、精悍な顔立ちになっていたことを知らない。


「おっ、見えた! あれが、ウラヌスの街か!」


 こうして大変貌に気が付かないまま、キタエルの街に到着するのであった。

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