第3話学園に向かう途中で

 最悪な聖女の幼馴染を、こちらから絶縁。

 今まで蔑まれて不自由だったオレは、栄光の自由を手にした。


「さて、剣士学園を目指すか!」


 王都の街の城門を後にして、オレは清々しい気持ちで叫ぶ。

 北に伸びる街道を、歩いていく。


「キタエルの学園か……遠いけど、頑張ろう」


 これから目指すは、北の辺境“キタエルの街”の剣士学園。

 ここから徒歩で急いでも、一ヶ月以上もかかる辺境の地だ。


 愛剣は没収されたままので、今のオレは旅人風な身軽な装備。

 街道をひたすら北に向かって、急ぎ足で歩いていく。


「ふう……体力には自信はあるけど、今回の旅は根気との勝負だな」


 剣士を目指していたオレは、幼い時から走り込みを一日も欠かしていない。

 お蔭で長距離移動は得意な方。


「でも、この脂肪は、減らないんだよな……」


 自分の全身の至るところに付いている、無駄な脂肪に視線を移す。

 オレは生まれた時から、ぽっちゃり体型だった。


 脂肪を筋肉に変えたくて、毎日のように厳しい筋肉トレーニングもしてきた。


 だが一向に減らない邪魔者……“魔の脂肪”とオレは自虐している。


「“魔の脂肪”……こいつのお蔭で、本当に悪夢のような人生だったな……」


 全身の脂肪は、可動域を狭めるように付いている。

 お蔭でいくら鍛錬しても、オレは剣士として腕で上げることが出来なかったのだ。


「偉いお医者さんや回復術師でも、この脂肪の原因は分からなかったからな……」


 もしから、オレの脂肪は病気か何かなのでは?

 何度か王都の名医を訪ねていったことがある。


 だがいくら調べても原因不明。

 オレは動きを制限する脂肪に、剣士として夢を阻まれながら、今まで生きてきたのだ。


「もしかしたら、キタエルの剣士学園に入学できても、コイツのお蔭で、また苦労するとこになるのかな……いや、今は考えないようにしよう!」


 後ろ向きに考えることは、昨日で止めにしている。

 何しろ今のオレは、前途明るい自由の身。


 あの悪魔のような幼馴染から、ようやく解放されたのだ。


「よし、頑張っていくぞ!」」


 気分を一新。

 軽い足取りで街道を、ひたすら進んでいく。


「ん? こんな時間か?」


 気が付くと、王都を出発してから、結構な時間が経っていた。


「そろそろルートを変えていくか、念のために……」


 キタエルへ最短な街道から、一本横道に入っていく。

 少し遠回りになるが、これも念のため。


 王都からの“追跡部隊”を回避するためだ。


「たぶん……いや、エルザの奴は“絶対に”追跡部隊を、送り込んでくるからな」


 オレには読めていた。


 放心状態だったアノ彼女は、約一時間後には我に返っていたはず。


 そして大貴族の力を全力で酷使。

 直属の隠密隊に、次のように命令を下していたはず。


『辺境のどこかの剣士学園に向かったハリトを、必ず捕まえてこい!』という命令を。


 幼馴染として長年に渡り付き添ってきたオレは、彼女の思考が手に取るように分かる。

 そしてエルザがどんな追跡ルートで、部下に指示を出しているかも。


「まぁ、それじゃ、裏をかかせてもらいますか、アイツの」


 そのための突然のルート変更だ。

 エルザが送り込んだ追跡隊が、絶対に追ってこない道を進んでいく。


「よし、これから道中、見つからないように頑張っていくか!」


 こうして聖女エルザの追跡部隊を振り切り、オレは北の辺境に近づいていくのであった。


 ◇


 王都を出発してから、一ヶ月が経つ。


「ふう……あの峠を超えたら、いよいよか……」


 オレは目的地に、キタエルに大接近していた。


「この一ヶ月……オレも頑張ったな……」


 道中は大きなトラブルはなかったが、予想以上に過酷だった。

 徒歩移動と野宿の繰り返しの日々。


「まぁ、でも一人の旅は、本当に気楽で楽しかった……」


 かなり過酷に思えるが、今のオレには何の苦にもならない。

 何故なら、あのエルザからの精神的で肉体的な苦痛に、オレは毎日耐えてきた。


 多少の悪路や、自然の風雨など気にならないのだ。


「よし、後ろは、もう大丈夫そうだな?」


 まぁ、面倒なことといえば、こうして追っ手を撒く作業。

 ひたすら街道と横道を入り混ぜて、歩いていたことだ。


 お蔭で王都の圏内から、無事に脱出できた。

 ここから先は追っ手の心配も無いだろう。


「よし、後はこの道を突き進むだけだ!」


 今は地元の猟師ですら歩かない獣道を、ひたすら進んでいる。


「キタエル学園か……どんな所なんだろうな……」


 険しい獣道を歩きながら、近づいてきた目的地に胸を焦がす。


「本格的な剣士の訓練か……どんなことをするんだろう……」


 今までオレは苦難の人生を歩んできた。

 剣士学園に入学して、新しい人生がスタートするのだ。


 “一人前の剣士になる”という壮大な夢を手にするために。


「よし、気合を入れて、頑張っていくぞ! 最終的な夢は……そうだな、大きく『オレは最強の剣士になる』……ぞ!」


 ――――心の願望を、だだ漏らした時だった。


 ボワン。


 気いたことがないような異音が、足元から聞こえる。


「へっ?」


 視線を下に向ける。

 そこに出現したのは黒い穴。


「えっ⁉」


 同時に身体が吸い込まれて、落ちていく。


(獣を捕まえるための罠の穴? それとも、自然の空洞の穴? いや、横が掴めないぞ⁉ なんだ、この穴は⁉)


 咄嗟に横の壁に捕まろうとするが、壁が空けてしまう。


 ここは異常な穴の空間。

 下を見ても、底が見えない穴。


 まるで地獄の底まで続いているような深い穴だった。


(な、なんだ、この穴は……)


 そう思った、直後。

 深淵の闇に飲み込まれて、オレは意識を失う。


 ◇


「うっ……」


 それから少し時間が経つ。

 オレは意識を取り戻す。


「ここは……どこだ? 地の底じゃ……ないよな?」


 目を覚ましたのは異様な空間だった。


 広さは屋敷の個室くらい。


 壁はあるけど、先ほどと同じように障ることが出来ない。


「ここは地獄か……いや、生きては、いるのは、オレは?」


 試しにホッペをつねってみるが、痛覚はある。

 落下で死んだ訳はなさそうだ。


「夢か……異世界か……何なんだここは。オレは一刻も早く、剣士学園に入学したいのに!」


 オレは叫ぶ。

 ここが何処か知らない。


 だから自分自身に向かって叫ぶ。

 オレは一人前の剣士……最強の剣士になるために、学園に向かいたいのだ!


 ボワン。


 直後、空間に異変が起きる。

 先ほど同じ異音が発生。


 カチャーン。


 そして金属音。

 どこからともなく目の前に、“一本の剣”が落ちてきたのだ。


「な、何だ、この剣は……?」


 怪しげな剣を警戒する。

 パッと見は普通の片手剣。


 色は黒い。

 あと、剣の横に、何かの呪印が掘られている。

 初めて見る文字で、解読は出来ない。


 こいつは一体なんなんだ?


 ボワン。


 直後、また異音が発生。

 同時に空間に異変が起きる。


「これは……道……か?」


 目の前に、細長い道が出現していた。

 先ほどまでは全くなかったモノ。


 異音と共に出現したのだ。


「どこに続いているんだ……これは?」


 通路はかなりの長さがある。

 だが空間が湾曲して、先がちゃんと見えない。


 果てしなく長く続いているのは分かる。

 だが、道中に、いくつもの障害が立ちはだかっているのだ。


「そうか……『この剣を使って進んでいく』……のか、ここは…」


 オレは“そう”感じた。

 全身の本能が……直感が、“そう”回答を教えてくれたのだ。


 自分でも不思議なくらい、胸の奥が高まってきた。


「ふう……どこの誰が仕組んだ、迷宮か知らないが……今のオレは諦めが悪いんだぜ!」


 剣士学園へ向かうには、手にした剣一本で突破することが必須。


 こうしてオレは“次元の狭間”に挑むのであった。

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