第2話パワハラ幼馴染を絶縁する

 愛用の剣を没収された翌朝になる。


「ねぇ、朝だよ、エルザ」


 朝一に幼馴染の部屋に入り、そっと声をかけて起こす。

 寝起きが悪い彼女を、毎朝起こすのもオレの仕事の一つなのだ。


「うーん? 朝……ぁ?」


「そうだよ。あとエルザ。オレ、この屋敷を出ていくから」


 ベッドに寝たままのエルザに、別れを告げる。

 今日で家を出ていくと。


「いえで……? えっ? はっ? 何言ってのよ、アンタ⁉」


 寝ぼけていたエルザは、急に覚醒。

 飛び上がって、起き上がる。


 薄いネグリジュしか着ていないので、彼女の白い胸の谷間が見える。


「だから、この屋敷を……エルザの家を出ていくんだ、オレは」


「はぁー⁉ 家出? ちょっと、ハリト! 朝から何、ジョーダンかましてくれるのよ! それとも新手の目覚まし方法? あんたにしてはヤルじゃん。お蔭で、目が覚めちゃったわよ!」


「いや、冗談とか、目覚めじゃない。この通り、本当に家出する」


 早朝だというのに、オレは旅の格好をしている。

 薄汚れた旅人の服に、マントを羽織り。

 日用品を入れたリュックサックを背負っていた。


「はぁ? マジ、その格好?」


「ああ、大マジだ」


 “朝一でエルザの元を去る”

 昨日の一件から、決めたこと。

 昨夜は一晩中だけ、このことについて考え、決断したのだ。


「そっか……大マジか……」


 エルザは目をつぶって、深呼吸する。

 ようやく現実を受け入れてくれたのか?


 いや――――そんなことはなかった。


「って、私が許すと思ったの? この役立たずのクセに!」


 いきなり態度を急変。

 オレの左腕を強引に掴みかかる。


「うっ……」


 凄まじい握力だった。

 聖女であるエルザの魔力で、強化された筋力は尋常ではない。

 本気を出したら、骨さえ砕くことが出来るのだ。


「ほら、痛いでしょ? 女である私を、振りほどくことすら出来ないんでしょ⁉ こんな弱いのに、出ていって、どこに行くつもりなのよ、あんたは!」


「くっ……オレは、一から剣術の基礎を学びに行くんだ、剣士学園に……」


 左腕の痛みに耐えながら、自分の覚悟を伝える。


 王都ではない、他の都市の剣士専用の学園に、入学すると。

 剣士として基礎を一から学んで来る、と伝える。


「はぁあ? 剣士学園ですって? 前にも言ったけど、私は許さないよ!」


 剣士学園と聞いて、エルザは更に凄まじい剣幕に。

 半年前に何気なく相談した時も、同じような態度だった。


「絶対に許さないんだから! アンタが私の下から離れていくのは! ハリトは私の一生奴隷なんだから!」


 剣士学園に入学すると、寮生活になる。

 そのことを調べていたエルザは、拒絶反応を示しているのだ。


 更に凄まじい握力で、オレの左腕を握ってくる。


「うっ……でも、オレは……それでも出ていく。エルザから離れていく」


「はぁ、さっきから何、調子に乗ってるのよ、駄目ハリトのくせに! 第一、アンタはこの屋敷を出ていって、どうやって暮らしていくのよ⁉ 学園に入学するための推薦状はどうするのよ⁉」


 エルザは矢継ぎ早に、質問責めにして、オレの意志を削ごうとする。

 相手の弱い部分を攻めるのは、賢く意地悪な彼女の得意技なのだ。


「はんっ! 脳みそまで脂肪だから、どうせ、何も考えていなんでしょ⁉」


 勝ち誇った顔で、追い打ちをかけてくる。


「お金は少しなら、ある。それに辺境には、推薦状が不要な剣士学園もある。前に調べておいた。だから大丈夫だ」


「えっ? そんなこと、いつの間に……」


 この答えは事前に用意してあった。

 何故ならエルザの嫌な性格なことは、オレが一番……世界でオレだけが熟知しているのだ。


 今のオレはどんな難癖(なんくせ)を付けられても大丈夫。

 一晩中、エルザ対策を練っていたのだ。


「あと、これ、絶縁状だ」


 虚をつかれた相手に、止めを刺す。


 昨夜のうちに書いておいた絶縁状を、苦痛に耐えながら懐から出す。

 中に書かれているのは、『聖女であるエルザに仕えていた関係を解消する』こと。


 これが受理されたら、オレと彼女の関係は正式に破棄されるのだ。


「ぜ、ぜ、絶縁状とか……そんなの受け取らないに、決まっているじゃん! この私が!」


「その時は、貴族院の方に、オレから提出しておくから」


「なっ……⁉」


 エルザの反応は全て想定内。

 この幼馴染のことは、世界でオレが一番知っている。


 彼女が最も嫌がることを、何パターンも用意しているのだ。


「ほ、本気なの、ハリト……?」


「ああ。何度も言っているけど、オレは本気だ」


「そ、それなら……仕方がないから、私も少しだけ謝るわ……」


 急にエルザの態度が変貌する。

 掴んでいた左腕をパッと離す。


「ねぇ、ハリトってば……」


 更に急接近。

 薄いネグリジュの胸元を、オレの身体に当ててくる。

 上目使いの潤んだ瞳で、オレを見つめながら。


「エルザ、逃げないで、聞いてくれ」


 だがこの変貌も想定内。

 彼女はどうしても追い詰められた時だけ、こうしてオレに甘えてくる。

 自分の有利なように交渉してくるのだ。


「そ、それなら、今の労働条件も緩和してあげるわ! あと、王都内の剣士学園に、最高の推薦状を用意してあげるわ! 聖女である、この私が! そうしたら全てが丸く収まるわ!」


「エルザ、ちゃんと、聞いてくれ。もう終わりなんだ、オレたちは」


 甘えてきたエルザを、両手で強引に突き放す。


「このまま一緒にいたら、オレたちは両方ともダメになる……」


 これは駆け引きではなく、本音。

 オレの嘘偽りのない想い。


「だから、これからは離れた方が、二人とも幸せなんだ……特にオレが……」


 オレは幼い時から、流れて生きてきた。


 幼い時から剣の才能がなく、剣士になる夢が途絶えた時も。


 幼馴染のエルザが聖女と覚醒した時も。


 彼女に誘われて、王都に来て、一緒に暮らしていたことも。


 オレはずっと人生に言い訳をして生きてきた。


「だから、もう一度、宣言する。オレは立派な男になるために、エルザと絶縁する!」


 彼女の手に強引に、絶縁状を握らせる。

 これで正式に受理されたことになった。


「えっ……えっ……」


 絶縁状を手にしながら、エルザは呆然としていた。

 現実を逃避するように、目は泳いでいる。


「そ、そんな……あの役立たずで、馬鹿ハリトが……私の元を去っていくなんて……こんなの夢よね……」


 完璧に方針状態。

 いつものような罵詈雑言を一言も発せずに、何かを呟きながら立ち尽くす。


「それじゃ、さよなら、エルザ」


 こうしてオレは自由を勝ち取った。


 さげすんできた幼馴染の元から立ち去り、新しい自由な人生を歩み始めるのであった。


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