第5話馬車の少女

 パワハラな聖女の幼馴染を、こちらから絶縁。

 今まで奴隷のように不自由だったオレは、栄光の自由を手にした。


 昔から夢だった一人前の剣士になるために、北方の剣士学園へ旅立つ。

 道中、深い穴……【次元の狭間】に落下。


 持ち前の集中力と精神態勢で、時間が一万倍のループ迷宮を攻略。

 ――――まぁ、これはオレの白昼夢だったらしい。


 とにかく無事に地上に戻ってきた。


 ◇


「よし、キタエルに急ぐぞ!」


 峠の獣道を駆け下りていく。

 目指すは剣士学園があるキタエルの街だ。


「ん? なんか、身体が軽いぞ?」


 走っていて、ふと気が付く。

 自分の身の軽さに。


「それに足も速くなったような……気もする?」


 獣道を駆ける速度が、尋常ではないような気がする。

 目の前に木々が飛んでくる、そんな速度の錯覚に陥っているのだ。


「おっと、危ない……もしかして意識を失っていたから、感覚が鈍ったのかな?」


 不思議な穴に落ちて、オレは十日間も意識を失っていた。

 お蔭で身体の感覚がおかしいのであろう。


「このままだと危ないから……よし、全力で集中だ! 全力集中!」


 駆けながら深く呼吸、意識を集中。


「おっ、目の前の風景が、“ゆっくりに見える”ぞ」


 意識を集中したら、木々の迫る体感スピードが激減。

 まるでスローモーションのように見える。


 やっぱり足の速さは、前と同じ鈍足だったのだ。

 感覚が前に戻ったのであろう。


「よし、これで危なくないな。さて、急ぐとするか!」


 あまりスローモーションだと、逆に気持ちが悪い。

 適度な集中力で、オレは獣道を駆けていく。


「ん? 何だこれは?」


 そんな時、“何か”を感じる。


 なんか嫌な感じを、前方から感じたのだ。


「キャー!」


 直後、遠くから悲鳴が聞こえてきた。

 若い女性……少女の叫び声だ。


「『女の子のいる集団が、“何か”に襲われている』のか、これは?」


 直感的にそう感じた。

 意識を前方に集中しただけ、状況が分かる不思議な感覚。


 前までは、こんなことを感じることはなかった。

 一体どうして感じるようになったのであろうか、オレは?


「でも、今はそれどころじゃない。助けにいかないと!」


 “何か”の反応は邪悪で強力。

 悲鳴の少女が危険なことは明確だ。


 オレは更に意識を集中、駆け足のスピードを上げていく。


 しばらくして目的地の近くに到着。

 いきなり飛び出すと危ないので、まずは木陰から状況を確認する。


「あれは……馬車が襲われているのか?」


 場所は人里離れた街道沿い。

 豪華な馬車の一行が、大きな獣に襲われていた。


「あれは魔獣……“三つ目大熊”か?」


 一行を襲っているのは、熊型の巨大な獣。

 “魔獣”は普通の獣とは違い、魔の悪影響を受けた邪悪な存在。


 その中でも“三つ目大熊”の戦闘能力は、恐ろしいほど高く、性格も凶暴。


 ――――と、屋敷にあった魔獣辞典に、イラスト付きで書かれていた。


「“三つ目大熊”の魔獣か……普通はこんな人里近い街道沿いに、出てこないと書いてあったのに……」


  “三つ目大熊”は深い森の中に生息している。

 もしかしたら何かの悪い前兆なのかもしれない。


「どうしよう……このままじゃ、あの馬車の人たちは……」


 豪華な馬車には剣士の護衛隊がいた。

 今は凶暴な“三つ目大熊”を、必死で追い払おうと戦っている。


「あっ、危ない! このままじゃ、まずいよ!」


 “三つ目大熊”の強烈な突進攻撃で、護衛隊が吹き飛んでいく。

 今の突進で馬車側は、一気に劣勢に陥る。

 このままでは馬車側は全滅してしまう。


「ど、どうしよう……助けたいけど、でも、こんなオレじゃ……」


 腕利きの護衛剣士でも、“三つ目大熊”に致命打を与えられていない状況。


 剣士の才能が皆無なオレが、飛び出していってもおとりにもならない。

 むしと不審者だと思われて、逆効果になってしまう。


「皆の者、大丈夫ですか⁉ 私も戦います!」


 そんな時、少女の声が響く。

 馬車の中から一人の銀髪少女が、飛び出してきたのだ。

 声から、先ほどの悲鳴の主であろう。


 歳はエルザと同じくらいで、凄く可愛い子だ。


 まだ身体も細い少女だが、勇敢にも剣を構える。

 巨大な“三つ目大熊”に、立ち向かうつもりなのだ。


「あんな子でも、頑張っているのに……オレは、無力だ……」


 才能がない自分の不甲斐なさに、思わず唇噛みしめる。

 悔しさのあまり、口から血が滴り落ちる。


「いや、待て……このまま隠れていていいのか……オレよ⁉ オレは何のために一人前の剣士になるんだ⁉」


 両手の握りしめながら、自問自答する。

 言い訳をしている自分に、喝を注入。


「そうだよな……『強くなるために剣士になる』んじゃない……『弱い者を守るために、オレは剣士になる』んだ!」


 答えを引き出し、胸の奥が熱くなる。

 幼い時からずっと抱いてきた想いを、勇気を出して口にする。


「よし、いくぞぉぉおお!」


 覚悟は決まった。

 雄叫びを上げながら、茂みの中から飛び出していく。


『ギャルルル⁉』


 魔獣の視線が、こちらに向けられる。

 対峙して初めて分かる、恐ろしいまでの圧力。


「くっ……でも、オレは退かない!」


 駆けながら自分を鼓舞する。

 同時にフードで頭を被う。

 これで魔獣の恐怖の視線は防げる。


「すみません、この剣、借ります!」


 今のオレは無手。

 倒れていた護衛の剣を、駆けながら拝借する。


 よし、これで少しは戦える体勢だ。


『ガルルルルル!』


 魔獣はオレを敵と認定。

 怒りに身を任せて、巨大で鋭い爪を振り下してくる。


(あれは危険……かすってもオレは死ぬ。集中して、い潜らないと!



 駆けながら全力で意識を集中。

 “三つ目大熊”の動きに目を凝らす。


 絶対に回避してやる……という強い気持ちを持つ。


「えっ……なんだ、これ?」


 次の瞬間だった。

 奇妙なことが起きる。


「“三つ目大熊”の動きが……ゆっくりになった?」


 先ほどまで素早く、激しかった魔獣の攻撃。

 今はスローモーションのように、止まって見えるのだ。


「も、もしかて、これが走馬灯そうまとう⁉ オレは死んでしまうのか?」


 人は死を直前にして、頭の中の記憶が一斉に湧き上がるという。

 同時に目の前の動きが、ゆっくりと動くことがあるのだ。


 魔獣の攻撃を回避できないことを、オレの本能が直感。

 走馬灯を見せているのであろう。


「くっ……オレは死ぬのが確定か。それでも、オレは諦めない! 一瞬でも、こいつの気を引いてやるんだ!」


 ゆっくりと迫ってくる魔獣の首元に、剣先の標準を合わせる。

 これが本当に走馬灯なら、オレの動きも同レベルに遅いのだろう。


 だから相打ち覚悟で。

 かすり傷でもいい!

 “三つ目大熊”に斬撃を喰らわせてやるんだ。


「いくぞ……っ!」


 気合の声と共に、剣を振り抜こうとする。


 だがオレの剣はピクリとも動かない。


 くそっ……やっぱり走馬灯の中だと、オレもスローモーションのようにしか動けないのか!


 だが、その時だった。


「ん? なんだ、これは?」


 目の前の異変に気が付く。


 シャーン!


 目の前に、光の残光が走る。

 光は“三つ目大熊”の首元を、閃光として走り抜けていく。


 ズシャァーーン!


 少し遅れて音も。

 激しい斬撃音が、響き渡る。


 スパッ!


 そして最後に動きが。

 “三つ目大熊”の首が、ゆっくりと吹き飛んでいく。


「えっ? なっ?」


 何が起きたから理解できない。

 今の光と音は、いったい何だったんだ?


「おっ、と……」


 直後、周囲の時間の流れが戻る。

 走馬灯が終わったようである。


 つまずかない様に、立ち止まる。


「な、なんだ……これは?」


 そして目の前に光景に、オレは言葉を失う。


 巨大な“三つ目大熊”が首を切断されて、倒れていたのだ。


 切断面は鏡のように鋭い。

 今まで見たことがない断面図。


 聖女のエルザでさえ、こんなにも鋭く斬れない。

 いったい何で斬れば、こんなにも鋭い断面図になるんだろう?


 そして、一体誰が、魔獣の首を斬ったのだろうか?


 疑問は尽きない。


「あっ……そうか」


 もしかして護衛の人かもしれない。

 遠距離系の斬撃で、オレのことを助けてくれたのかもしれない。


 確認のために、馬車の方に視線を向ける。


「ば、ば、馬鹿な……あの“三つ目大熊”を、一撃で吹き飛ばした……だと……⁉」


「と、というか……あの頑丈な“三つ目大熊”を、どうやって真っ二つにしたんだ……⁉」


「も、もしかて剣術技……だったのか⁉」


「い、いや……だが剣を振った素ぶりもなかったぞ……⁉」


「な、何者なんだ……あの少年は……まさか、魔族が化けているのか⁉」


 護衛たちの様子はおかしかった。

 全員が目を丸くして、オレのことを見つめてくる。


 かなり怯えた様子で、こちらを警戒していた。


(ん? どうしたんだろう? そして、なんかマズイぞ……これは)


 とにかく怪しげな雰囲気。

 このまま残っていたら、何やら面倒なことになりそう。


 オレの直感がそう告げている。


「ご、ごめんなさい! 失礼します!」


 面倒に巻き込まれる前に、退散することにした。


 危険な魔獣は、何故か死んでしまった。

 オレなんかが、いなくなっても大丈夫だろう。


 むしろ場違いなオレは、一刻も早く退散しないと。


「お、お待ち下さい! “フードの剣士様”!」


 立ち去ろうとした時。

 少女が近づいてくる。

 先ほど馬車の中から出てきた銀髪の子。


 近くで見ると、本当に綺麗で可愛い。

 こんな可愛い女の子は、エルザ以外では見たこともない。


「先を急いでいるんで、すみません!」


 でも今は見惚れて、止まる訳にいかない。

 顔を見られないように、全力で走って逃げ出す。


「お、お待ちください! フードの剣士様ぁあ!」


 遥か後ろから、少女の呼び止める声が聞こえてきた。

 必死で追いかけてくる。


 でも聞こえないふりをして、どんどん先に駆けていく。


 いつの間にか、かなり引き離した。

 もはや馬車の一行はどこにも見えない。


 止まってひと息つく。


「ふう……不思議な事件だったな……ん? あれは、城壁?」


 いつの間にか街を囲う城壁が、遠目に見えていた。


「おお……あれは、間違いない……キタエルだ!」


 こうして変な事件に巻き込まれつつ、オレは目的地“キタエルの街”に無事に到着した。

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