3-4


 ぼくはカラスウリさんが寝静まった頃合いを見計らって、道小屋ピュッテを後にした。


 まだ日は昇っていなくて辺りは真っ暗だったけど、夜目の効く死体の彼女を頼って夜道を進んだ。歩鹿のカイロも何故か彼女にだけ懐いているので問題なく着いて来てくれた。


 目的地は変わらずフレムダン。明け方には到着する予定だ。


 到着したら一日をそこで使い、後日また死体運びを再開する。

ちなみにカラスウリさんは絵画の仕上げにもうしばらく時間が掛かると言っていたので、フレムダンで鉢合わせすることはないだろう。もし仮にフレムダンで出会ってしまえば、それはとても居心地は悪いけど、「やはり穢れが心配で悪いから黙って出て行った」とかなんとか言ってしまえば言い訳が立つ。これで上手くいくだろうと思っていた。


 ただ予定が狂ってしまったことがある。


 それは夜目がきくからと彼女に頼り切ってしまって変な方角に進んでしまったのだ。結局それで大幅に時間を使ってしまいフレムダンに到着したのはお昼前ごろになった。


一応彼女も謝っていたけど、これはぼくが悪い。死体運びはぼくなのに死体の彼女に頼ってしまったからだ。


少し背中でしょんぼりしているのが伝わった。


だけどフレムダンに着いた途端に彼女は死体なのに脇目も振らず喋りだした。

「ここがフレムダン! 色んな人がいるわ! なによ、やっぱり面白そうな街じゃないの!」

「……静かにしてよ」


 流石に死体が喋っては不味いのでぼくは止めておいた。


「大丈夫よ、こんなにも人が沢山いるから気にする必要はないわ」

「死体運びの格好は結構目立つんだよ」


 トロメライでもそうだけど、死体を背負っている死体運びは結構目立つ。その服装もそうだけど、やはり死体を背負っていたら気にしてしまうのは当然だ。


「……そうね、気を付けるわ」

そう言って彼女は喋るのを止めた。


 ただ時折背中でもぞもぞと動くのを感じた。

 黙っているけど内心そわそわしているのだろう。


 トロメライのビジテリはぼくたち死体運びとかのシントの生活に関わるようなビジテリたちの家系が多いので、同じ顔をしたビジテリが多い。でもここフレムダンは行商人とかの色んなところから集まったビジテリが多いのでそれぞれ違った顔をしているし、服装だってそれぞれ違う。


 ぼくは普段の鉄道を使った死体運びでもこの街に寄る事が多いのであまり珍しいと思わないけど、やはり背中の彼女にしては珍しくて面白いのだろう。


ぼくは時折背中でもぞもぞしている彼女の様子が何だかおかしくて、そして嬉しかった。


「まずは宿を探すよ」

ぼくはそう呟いた。


彼女は周囲に悟られない様にするためか僕の背中に顔を伏せて言った。

「もう少し見て回りたいわ」


「……分かった、いいよ。遠回りして歩こう」


 昔に父さんと伝統的な死体運びを行ったときに使った宿が今も残っているか、その場所に向かおうとしたけど、彼女がそう言うのでぼくは時間を掛けてゆっくり進んだ。


 もっと普段もこのようにしおらしくしてくれたらいいのに。

 そんなことを考えていた。──その時だった。


「あっ! ヨダカくん!」

「げ、カラスウリさん……」


 鉢合わせすることはまずないだろうと思っていたカラスウリさんが何故かその場にいた。


 彼の顔を見た時のぼくは心底がっかりしたものだ。一方彼は逆にうれしそうだ。


「いやあ、びっくりしたよ、起きた時にはいなくなっていたからさ。でもちょうど汽車が走っていたから無理に乗せてもらって慌てて追いかけてきたよ。もう、黙って出て行くなんて酷いじゃないか。フレムダンを一緒に観光しようと約束してくれただろう?」

「約束はしてないですよ」

「では、約束どおり早速フレムダンを案内して差し上げよう! さあ、ついて来たまえ」


 ぼくの言葉を無視するようにそう言ってカラスウリさんはぼくに背を向けて腕を振りながら軽快に進みだした。この隙に逃げ出してしまおうかと考えが過ぎったけど、流石にそれをしてもまたすぐに追いかけてきそうなので止めておいた。


 代わりにぼくは背中の彼女にだけに聞こえるような声でこうつぶやいた。


「なんだか彼を嫌いになりそうだ」


 すると彼女もぼくに聞こえるような声でこう返してきた。


「わたしは既に彼のことが嫌いだわ」



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死体運びの少年 著者。 @chosha

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