3-3


「それにしても君は人が悪いなあ、死体運びなら最初からそう言ってくれよ。それに何だい? 少女の声色を真似て、僕を油断させようと思ったのかな? それにしても上手だなあ、まんまと騙されたよ。それも死体運びの技なのかな?」


 扉越しにいた男は扉越しにいた時と打って変わって饒舌に喋り続けた。 


「まあ、はい」


 ぼくは相変わらず言葉少なめに適当に返事しておいた。


「こんな場所に死体を背負った死体運びがいるということは、トロメライの死体運びかな?」

「ええ、そうです」

「それにしても珍しい、伝統的な死体運びをする死体運びは今どき少ないからね。それに歩鹿を連れて歩くなんて、古い死体運びの姿そのものじゃないか。ところで君はなんて名前なのかな?」

「ヨダカです」

「……ヨダカ、ヨダカ、いい名前だ。ビジテリたちの名前は独特で、何より響きがいいよね。おっと、失礼。僕の名を名乗っていなかった。僕はカラスウリだよ。普段はフレムダンに住んでいる」

「……へえ」


 カラスウリと名乗ったこの男の言葉にぼくは驚いた。

フレムダンはビジテリの街なので、シントの死体を運ぶ仕事をする死体運びがいるのは珍しいからだ。


 ただこれ以上は会話を弾ませるつもりもないし、それは面倒なことなのでぼくは当たり障りのないことを言っておいた。


「……ちょうどぼくもフレムダンに向かうところでした」


「おや、それは奇遇だな。ではフレムダンまで僕が案内してあげよう。いや、フレムダンの中も僕が案内してあげよう。隅から隅まで案内してあげよう。僕は生まれも育ちもフレムダンだからね。フレムダンの全てを僕は知っているよ。そうだ、僕の家に泊るといい。宿代も浮くし、食事もごちそうしようではないか、うん。それがいい!」


 このカラスウリさんはぼくの背中にいる少女に負けず劣らずによく喋る男だ。

ただ、そのよく喋る口から出た提案はとても受け入れ難い提案だ。とにかくとてつもなく嫌だった。フレムダンに向かうなんて言うんじゃなかったと後悔した。


 ぼくはカラスウリさんの提案に「では、お願いします」と口が裂けても言いたくなかったので、強引に話を逸らした。


「ここで、何をしていたのですか?」


 道小屋ピュッテの中は恐らく彼の物であろう荷物で散乱していた。


 一番に目を引いたのは画架に置かれてあるキャンバス画だった。

そこには草原に横たわる裸の婦人が描かれている。その婦人の表情がどことなく無機質な印象を覚える作品だけど、芸術を理解できないぼくにでも充分に凄いと思う出来栄えだ。


カラスウリさんもそれを察してこう言った。

「ああ、これかい? 僕は絵描きだからね、絵を描いていたんだ。ああ、それに彫刻もするよ、でも基本は絵画が専門かなあ」


カラスウリさんの言葉にぼくは疑問を覚えた。

「絵描き?」


 先にも書いたとおり、この時カラスウリさんは死体運びの格好をしている。

 だけど彼は絵描きと名乗っていた。


「そうだよ、絵描きだよ。これでも絵と彫刻だけで生計を建てられるくらいには、それなりに有名なんだよ」

「では、その格好は?」


ぼくの指摘にカラスウリさんは慌てた様子で答えた。

「ん、ああ、そうか! これは失礼したね。これは死体運びの格好を真似ているだけで、僕は死体運びではないんだよ。ほら、何なら僕はビジテリじゃなくてシントさ」


 カラスウリさんはくちばしの形をした魔除けのマスクを取り外した。

そこにはシント特有の顔立ちがあった。


てっきりぼくと同じくビジテリだと思っていたので、シントの顔が出て来た時にはそれは相当驚いた。


「わあ、びっくり。じゃあ、カラスウリって名前も?」


 カラスウリさんの名前はビジテリ特有の名前で、本来シントはぼくらビジテリとは違った名前をつける。例えば、ジョルジュ・バーユ・ローランだとか、ネリ・ノスカイヤ・ローランだとか、面倒なことに三つも名前があるのだ。



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 意外とヨダカに隙がないので書き込む時間がありませんでした。

随分と久しぶりになってしまいましたが、ここで不足しがちな説明の補足をします。


 ヨダカはビジテリの名前が三つあって面倒だと言いますが、この三つの名前はそれぞれに意味があってとても大切な名前なのです。


 わたし、「ネリ・ノスカイヤ・ローラン」の名前で説明しましょう。


 まず、「ネリ」ですが、これは肉体の固有名詞になります。

 一般的な個人名と変わりありません。家族はもちろん仲の良い友人などの間ではこの部分の名前で呼ばれます。自己紹介でもこの名前を名乗ります。


 次に「ノスカイヤ」ですが、これは魂の固有名詞になります。

 これも個人名になるのですが、一般的にこの部分の名前を名乗ることも呼ばれることもありません。ただ、ごく稀にこの名前を呼ばれるときがあります。それは、相手が本当に怒っている時とか軽蔑するときとかにこの部分の名前を呼び捨てにします。わたしも何度か父に「こら! ノスカイヤ!」と叱られたものです。


 最後に「ローラン」ですが、これはどの魂に連なるかを指し示す名称になります。

一般的な家名と同じです。わたしの家系は古いので「ローラン家」と言えばシントの間ではかなり知られた存在になります。ちょっとした自慢です。


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だからカラスウリという名前は恐らく偽名だろうと思った。


「まあ、そうだね。僕は本名のつもりで使っているけど、シントとしての名前は他にあるよ。ほら僕はシントだけどビジテリの街に生まれ育ったからね。子供のころに散々ビジテリたちから揶揄われたからこの名前で通すことにしたんだ。だから気にせずカラスウリと呼んでくれたまえ」


 カラスウリさんはそう言った。

カラスウリさんとは逆になるけど、ぼくの周りもシントが多かったので何となくその気持ちは分かる。でも分からないことがある。それはカラスウリさんのその格好だ。


「何で死体運びの真似なんてしているんですか?」


 ぼくの質問にカラスウリさんは待ってましたと言わんばかりに目を見開いて応えた。


「ほら、死体運びって近寄り難い雰囲気があるじゃないか、いや、決して悪い意味で言っているつもりはないんだ、何と言うか、この格好が厳かな雰囲気というか、黒一色で背中に死体を背負って、とても不気味というか、でもそこに美しさを僕は感じる。まあ、それはそうとして、先に道小屋ピュッテに死体運びが泊っていたら、普通なら他の旅人は一緒にそこに泊ろうとは思わないだろう? 死体と一緒に一晩過ごすのは嫌だからね。そのためだよ。そうそう、僕の絵の題材がここらの草原地帯でね、それで──」


 ぼくも人のことは言えないけど、このカラスウリさんの興が乗った時の話し方はちぐはぐしていて、理解が難しい。


 彼が言いたいことを要約する。

カラスウリさんはここらの草原地帯の風景を気に入って絵の題材にしている。この道小屋ピュッテはアトリエとして利用しているらしく、邪魔をされたくないので死体運びの格好をして他の旅人を追い返していたようだ。


 悪人ではないようだけど、共有の場所である道小屋ピュッテを好き勝手に使うとは迷惑な人に変わりない。


 ただ、彼がシントだとしたら話が変わってくる。

ぼくたち死体運びは死体を背負っているあいだは極力シントたちと関わりを持たないようにしている。シントは死体を穢れた物としているから、死体を背負う死体運びがシントに近づいてしまうのは、シントの言葉を借りるなら「穢れて」しまうからだ。

これはぼくら死体運びの業務上の注意事項である。


という理由があるので、ぼくは心置きなくこの場を立ち去ろうとした。

「では、ぼくはこの辺で、さようなら」

「おっと、ここに泊らないのかい?」

「はい。ぼくはこれですから」


 背中の彼女を指してぼくは言った。

彼女は目を閉じて、怖いほどに黙ったまま死んだふりを続けている。「死んだふり」というか、彼女は死体だから「自然体でいる」と言ったほうがいいだろう。

とにかく、それでカラスウリさんは諦めると思っていた。


「ああ、死体の事だね。気にしなくていいよ。僕はシントとして生まれたけど育ちはビジテリだからね。教えに関してはそんなに忠実じゃないから穢れがどうとか信じていないよ。それに、そんな美しい娘さんの死体なら一晩限りじゃなくて毎日でも一緒に過ごしたいほどだよ。美しい死体と共に過ごす、死体運びって本当に素晴らしい仕事だね。おっと、嫌味を言っているつもりはないよ」

「いえ、気にしてないです。でも、さようなら」

 ぼくは改めてこの場を後にしようとした。

 すかさずカラスウリさんは口を挟む。

「僕は昔から死体運びに興味があってね、いやフレムダンはビジテリの街だからシントの死体が出来なくて死体運びが滅多に来ないんだ。だから死体運びが珍しくてね。死体運びについて色々と教えて欲しいなあ」


 カラスウリさんの目がキラキラと光っているように見えた。


 何だか逃げられそうにないなと、ぼくは思った。

 彼の圧力に圧倒されて立ち尽くしていると、背中の彼女はぼくにだけ聞こえるような声でこう言った。


「わたし、彼のこと苦手だわ」


 正直にここに述べると、ぼくもそれに同感だった。

 その後、お喋りが苦手なぼくはカラスウリさんに死体運びのことを色々と語ることになる。


 それは夜中まで続くのだった。ぼくはとても嫌だった。



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