3-2


 トロメライ周辺はごつごつした岩山などがあって起伏が多い土地になるけど、そこからさらに数日歩いたら、背の低い草が生えた草原地帯になって平坦な大地が続く。


 ただ伝統的な死体運びは死体を背負って徒歩で進むのでそれなりに時間が掛かる。


 それに普段はもっと重い大人の死体を運ぶことが多いので、その算段で道のりにかかる時間を計算していたからぼくの予定では道小屋ピュッテに到着するまでにもっと時間が掛かるものだと思っていた。


 だけどやはり想像していたよりも早く道小屋ピュッテ到着した。

 この時は昼を少し過ぎたくらいでまだ充分に空は明るい。


 この分だと頑張ればフレムダンに日暮れまでには行けそうだったけど、ぼくが最近になって考えた死体運びの鉄則は、焦らない、急がない、面倒なことはしない。この三つになるので、この日はやはり道小屋ピュッテに泊ることにした。下手なことはしないで自分の鉄則に従ったのだ。


 ぼくらがこの日に泊る道小屋ピュッテは、大きさもまちまちのその辺りに転がっていそうな適当な石を簡単に積み上げただけの小さな小屋だ。

 特に鍵も掛けていないので、誰でも気軽に泊ることができる。

 その代わり小屋の中は本当に何もなくてただ雨風凌ぐだけの屋根と壁が上と横にあるだけ。


 まあ、野宿をするよりか随分とマシなので、ここらを行きかう行商人や旅人や、それこそ死体運びたちはこの道小屋ピュッテに泊るのだ。


 ただ昔と比べると、道小屋ピュッテを利用する人は減っているらしい。


 それもそのはず、鉄道がしっかり整備されているこの現代に半分野宿に近いこの道小屋ピュッテをわざわざ利用する必要はないからだ。

 汽車に乗ってしまえば日が暮れる前に次の街に到着できるから。


「誰かいるわね」

「……うん」


 ただ無人と思っていた道小屋ピュッテには人の気配があった。


「どうしようか?」

ぼくは背中の彼女に尋ねた。


 背中の死体が普通の死体なら別に気にすることはないけれど、この死体の少女はよく喋るので、あまり他人に知られたくはない。


「一晩くらいなら黙っているは我慢できるわ。これでも数年間も父に内緒にしていたくらいよ。ただ最終的な判断はヨダカが決めてくださらない? 死人にこの世のことを決定させようとするのは良くないわよ」


 ごもっともだ。

 死体運びはぼくの仕事なので死体運びの道中の責任はぼくにある。


ひとまずこの時は、道小屋ピュッテの主が何者かによってその判断が変わってくるので、ぼくは今にも壊れそうな薄い木の板で出来た扉を壊すくらいに思いっきり叩いた。


「すみません。どなたかいますか? ここに泊ろうと思っているのですが」


するとその扉越しから男の声が返ってきた。


「ここはもう一杯だ、他所を当たってくれ」


 返事は帰って来たけど扉は開かない。

扉の取っ手に手を掛けてみたけど、つっかえをしているのか、やはり扉は開けなかった。


 扉越しの男は「ここはもう一杯」だと言っているけど、その気配から察するに恐らく道小屋ピュッテの中は一人しかいないだろう。


 いくらこの小屋が小さいといっても、一人、二人は泊る場所はあるはずだ。


 ぼくはこの扉越しの男にすこし腹が立った。

 恐らくこの声の主は嘘を吐いてこの小屋を独占するつもりだろう。


ただ腹は立ったけど面倒事は御免なので、ここは諦めて野宿でもしようかな、と思っていたら、背中の少女が動き出した。


「他所とは何処を指して言っているのかしら? 何処に泊るところがあると思っているの? いえ、そもそも顔を見せずにそう言われても納得できないわ! 一体あなたは何様のつもりかしら! いいから早く出てきなさい!」


 黙っていると言っていたはずの彼女は声を荒げてそう言った。

 何より背中の少女がぼくよりもご立腹のようだった。


扉越しの男は慌てて返事をした。

「い、忙しいんだ、早くどこかへ行ってくれ」


「忙しい? この小屋は貴方のお家なのかしら? いいえ、違うはずよ! ここは旅人たちの共有する場所のはずだわ! お家の中でのんびりしているのがそれほど忙しいなら遠方からわざわざ歩いて来たこちらは何と言うべきなのかしら! ハッキリ言うわ、忙しいのはこちらのほうよ!」


 黙っていると言っていた彼女はぼくを差し置いて道小屋ピュッテの主と交渉を続けている。一方ぼくはいつも通り黙っていた。


「そっちの素性が分からない。どうせ物取りだろう!」

「こんな辺鄙なところで盗みを働くお間抜けさんなんているわけないでしょう! 変な妄想を働かせていないで、そちらが顔を見せなさい! こちらの素性を知りたいなら自ら扉を開ければ問題は解決するわ!」


 死体の少女は自分が死体なのにも関わらず、この世のことに積極的に介入しているように思えた。彼女は気にせず怒鳴り続けている。


 扉越しの男は何か考えているようで少しのあいだ黙っていた。


ややあって、声の調子を落として問いかけて来た。

「……そっちは何人だ?」


 それにぼくは答えず、背中の彼女が続けて応えた。


「一人よ。厳密に言えば、一人と一頭と一体よ」

「は? どういう意味だ。声が二つ聞こえた気がしたが」

扉越しの男は更に困った様子だった。

「いいえ、一人よ。他は気にする必要はないわ」

「……ますます意味が分からない」

「説明が面倒だわ、あなたが見てみたらいいじゃないの」


 すると今にも壊れそうな扉が、これまた壊れそうな嫌な音を立てて開いた。

 そこには背の高い細身の男が立っていた。


男はぼくらの姿を見て驚いた様子でこう言った。

「あ、死体運び!」


 ぼくはこの時伝統的な死体運びの格好をしている。

背中に死体は背負っているし、傍らには大荷物を乗せた歩鹿がいるし、ぼくは黒いフード付きの外套を羽織って、魔除けの鳥のくちばしみたいなマスクを首に掛けている。その格好を見れば誰もが死体運びだと分かるだろう。


「……死体運び?」

そしてぼくも道小屋ピュッテから出て来たその男の格好を見て同じことを思った。


 というのも、その男も黒いフード付きの外套を羽織って、魔除けの鳥のくちばしみたいなマスクを顔に付けていて、死体や歩鹿の姿は見えないけれど、その男はぼくと同じく死体運びのように見えたからだ。



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