3-1



 安息地トーブまでの長い道のりのあいだには大きな街がいくつもあるけど、ぼくたち死体運びはそこに立ち入ることは出来ない。


それは何故かというと、ぼくたち死体運びは死体を運ぶのが仕事だから。

要するに他所から来た穢れた死体を街に入れるのはシントたちが嫌うからだ。


 とはいえ、トロメライから安息地トーブまでの道のりとても長い旅路になるので流石に補給が必要だ。それにずっと野宿だと身体が持たない。だけど死体運びは他所の街に立ち入ることができない。これは困ったものだ。


でも実は死体運びが立ち入ることが許される街がある。

それはシントの教えとは関わりのない人たちが住む街。


 無宗教、他宗教の人間。つまりビジテリの街である。


 トロメライを出てからまだ数日しか経っていないけど、ぼくらは近場のビジテリの街、「フレムダン」を目指す事にした。


 死体運びの鉄則は、焦らない、急がない、面倒なことはしない。この三つだ。

 ちなみにこれは、ぼくが最近になって考えた鉄則だ。


 これを守っていれば危険な目に会わない。

 それを破ってしまったから初日にあんな目に会ったのだ。

 だから今は、「急がば回れ」フレムダンで一休みしておくべきだ。


「フレムダン。聞いたことはあるけど、どんな街なのかしら? ヨダカは行ったことがあるのでしょう? 教えてくださいな」


 背中の少女はそう言った。


普通ならばなんてことない彼女の質問だけど、ぼくは何故だかドキリと胸が鳴る。


「いや、うん、まあ、ええ、まあ……」

「なにかしら、その煮え切らない変な返事は? いいえ、というよりも、そもそも返事になっていないわよ。ヨダカはもとからそんな変な喋り方をしていたかしら? 何だかであった時と比べて随分と態度がオカシイわよ」


 この時ぼくはいつもと変わらないつもりだった。

 オカシイのはむしろ彼女のほうだ。


だって彼女は死体なのに動くし、よく喋る。それに何よりぼくに変なことを言う。


──好きだとか、どうだとか。


それにぼくは困ってしまって変な態度を取ってしまうのだ。

いやそうなると、確かにオカシイのは、ぼくのほうじゃないか。

これまで死体ばかりを相手にしていたので、どうも人との関わりが苦手だ。自分がいまどんな状態なのかイマイチ分からない。いや、そういえば彼女も死体か。


 とにかく今は死体運びの仕事中だ。冷静でいないといけない。


ぼくは気を取り直して平静に振る舞う。

「フレムダンは小さな街だよ。特に面白いところはない」

「あら、そう? ビジテリたちの交易拠点として栄えた街と聞いたことがあるわ、それが面白くないとは思えないわ、きっと素敵な街なのよ。フレムダン、フレムダン。言葉の響きも素敵な気がする。──ああ、待ち遠しいわ」


 背中の彼女はそう言った。


 なんだ知っているじゃないか、とぼくは思った。

彼女の言う通りフレムダンはビジテリの行商人の中継拠点として栄えた街。

ただし、ビジテリしかいない街なので面白みに欠けるとぼくは思う。

それでもこれまで出歩くことが無かったであろう彼女にしては楽しみなのだろう。

ただ待ち遠しいところ申し訳ないけどそんなすぐに着くところでもない。

 何せ伝統的な死体運びは徒歩で移動するからだ。


「フレムダンまでは半日くらいかかるよ。今からだともう遅いから、どこかに泊ることにするよ」

「あら残念。野宿かしら? 」

「いや、屋根のあるところにするよ」


 伝統的な死体運びの街道には、それに沿うように鉄道が引かれてある。

 そしてその道中に蒸気機関の水の補給地点がある。


かつてより、そこには伝統的な死体運びや旅人たちの休憩場所である「道小屋ピュッテ」があるので、今晩の宿はそこにすることにしていた。


「屋根のあるところ? 民家に泊めてもらうのかしら?」

「いや、違うよ。無人の小屋だよ」


すると背中から意味深な言葉が聞こえた。

「……なるほど。つまりは閉ざされた誰もいない空間に連れていくつもりね」

「ど、どういうこと?」


不穏な空気を背中に感じた。勘弁してほしい。


「そんな所に連れて行って何をしようとしているのかしら? いえ、言わなくても分かっているわ! またヨダカにわたしの身体を弄ろうとしているのね。死んだ身とはいっても、あれは気分のいいものではないわ。ヨダカも好きよね。お年頃だからかしら?」

「な、何が言いたいの?」

「覚えていないとは言わせないわ。昨日、抵抗できないわたしを無理やり押し倒して、好き放題に身体を撫でまわしてきたじゃないの? 変な液体を塗りたくってご満悦だったじゃない。どういう趣向なのかしら? 紳士の変わった趣味はわたしに理解出来ないわ。良かったわね、わたしが死人で。もの言えぬ死体に好き放題。死体運びは紳士にとっては魅力的なお仕事だわ」


 ぼくもそれなりにこの仕事に誇りを持っている。

 それなのにそれなのに彼女の言い方はなんとも軽蔑したような口ぶりじゃないか。


 ただそれでもぼくは強く言い返す気になれなかった。


 彼女の言う通り昨日ぼくは彼女の身体を弄った。

弄ったとしてしまうと卑猥な感じであるけど、そうでない。これには言い分がある。


 そもそも彼女は死体であって、ぼくは死体を運び管理する死体運びだ。彼女の身体を弄ったのは死体の管理メンテナンスの一環で、この前、森に入った際に触れないように気を付けていたけど、念のために雑菌が繁殖しないように防腐剤を塗布しておいたのだ。


 ただぼくも喋る死体相手の死体の管理は初めてのことだったし、それに彼女とは何だかぎこちない感じになってしまったので、無駄に身体に力が入っていたことは否めない。それが彼女は嫌だったのだろう。


死体の管理メンテナンスは死体運びの立派な仕事だよ……」


 だからぼくは弱気で彼女に言い返しておいた。


 死体運びは死体を背負って歩くので、この時も彼女を背中に背負って歩いていた。

 何となく顔を合わせて話す事ができないのでこの時ばかりは彼女が背中にいることが幸いに思った。


「冗談よ、それくらい分かっているわ。でも気分のいいものではないのは確かよ。だから急にするのは止めて頂戴な。死体のわたしにもそれなりに心の準備が必要だから。まあ、死体に心があるのかは今のところ謎だけど、とにかく、事前に伝えて欲しいのよ。──で、するの? しないの? いえ、質問の内容を間違えたわ。やりたいんでしょう? そうなんでしょう?」


 その質問の仕方はとても失礼だ。

ぼくが彼女の身体に触りたくて堪らないみたいじゃないか。確かに彼女は普通の死体とは違うけど、ただぼくは死体に欲情するような人間ではない。


「やらないよ」

一先ず否定をしておいた。


 でもこの先必ず死体の管理メンテナンスをしないといけない。

その時、どう切り出せばいいのだろう。何て言えば彼女は嫌がることは無いのだろうか。というか喋る死体って何でこんなにも面倒なんだ。


「いま、ヨダカが何て考えているか、当てて見せましょうか?」

「いや、いいよ」


拒んでいるぼくを無視して彼女は続けた。

「ずばり、今スケベなことを考えていたわね!」

「ち、ちがうよ!」

「ほら、当てられて焦ったわ。別にいいのよ、わたしは死体だから遠慮はいらないわ、でも今後ヨダカにいい人が出来た際にはそうはいかないわ、そんなスケベなことを考えていると嫌われてしまうわよ。教訓として罰を与えておいた方がいいわね。さあ、カイロ、お仕置きをしておきなさい」


 いつの間に手懐けたのか、彼女の指示で歩鹿のカイロはぼくに目掛けて駆け寄ってきた。


「イタッ!」


 そのせいでぼくのふくらはぎには歩鹿の歯型が残ることになった。



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