1ー5



 数週間と数日の死体運びが終わって間もないのに、早くも次の大仕事が決まった。


とはいえ伝統的な死体運びは「じゃあ早速明日にでも行ってきますね」とは言えない。およそ数ヶ月の長旅なるのでそれなりの準備が必要だ。


費用に関してはローランさんが全額負担してくれることになった。ただ他の準備に関しては死体運びを知らないローランさんに頼むことが出来ないのでぼくがやった。


ローランさんから他言無用であると拳銃で念を押されたので誰にも気づかれないように密かに準備を進めた。


普通ならば一週間ほどで終わるところを二週間ほどかかってしまった。大変だった。その時のことは書き込むのも面倒なので割愛する。


 伝統的な死体運びは背中に死体を背負うので荷物を持つことが出来ない。

 だから「荷物持ち」と「死体持ち」の二人一組になって行動する。


でもぼくの場合は事情が事情なので、父さんにお願いできる訳もなく、他の死体運びに協力をお願いできないので、一人と一頭の一組で行動するのだ。


伝統を重んじるならこの一人と一頭の組み合わせが本来の死体運びの姿でもある。昔はこの組み合わせが安息地トーブまで連なっていたそうだ。


つまりこれまで食肉になるか塩を舐め取るしか芸が無いと思っていたあの動物が活躍する。


「──イタッ、噛むなよ」


 ぼくは夜明け前に起きて歩鹿の身体に旅の大荷物を括り付けていた。

 歩鹿は身体の倍近くある荷物を積んで不機嫌な顔をしていた。


出発の準備は出来たので寝ている父さんと母さんを起こさないよう静かに歩鹿の手綱を引いた。


 そのつもりだったんだけど父さんにばれた。


「誰だ!」


 父さんは険しい顔をして猟銃を構えていた。泥棒と勘違いしたのだろう。

今にも引き金を引きそうな勢いだったので、ぼくは両手を上げて大きな声を出してぼくがぼくであることを父さんに伝えた。


「ぼ、ぼくだよ、父さん撃たないで」

父さんは銃口を反らしてぼくを見た。


「……ヨダカ、お前何やってんだ?」

父さんも驚いている様子だった。


最初はぼくの行動を不思議に思っていただろうけど、父さんも死体運びなのでぼくの格好を見ればすぐに理解したようだ。


 ぼくは野暮ったいフード付きの真っ黒な外套を羽織って、背中に死体専用の背負子を背負い、ぼくが一番に嫌いな鳥のくちばしみたいな奇抜なマスクを首に掛けている。

ついでにぼくの傍らには山のような大荷物を乗せた歩鹿が不貞腐れていている。


 この時ぼくは伝統的な死体運びの格好をしていた。


「もしかして行くのか?」

「うん。しばらく家を空けると思う」

「まさかローランに脅されたのか?」


確かにある意味そうだけど、ぼくはそのつもりは無かった。


「違うよ、ぼくが決めて行くんだ」


 ぼくは父さんの目を見た。

 父さんもぼくの目を見ていた。

父さんは何か言いたそうにしていたけど、それ以上ぼくに理由を聞かなかった。


「……そうか。銃は持っているか?」

「一応、父さんに貰ったやつ」


ぼくは歩鹿に括り付けた古びた猟銃を指差した。銃弾も少しは用意している。道中なにがあるか分からないので護身用だ。あと猟銃なので狩りにも使う。


「手入れしてないだろう」

「……うん」


ぼくは所々さび付いた猟銃を見た。ぼくは撃ち方を父さんに教えてもらったけど狩りに楽しみを見出せない性格なので貰っておいてこの銃をほとんど使ったことがない。何だか申し訳なかった。


「これを持って行け。弾は同じのを使えるから」


 父さんはそう言って先ほど息子に向けた猟銃をその息子であるぼくに手渡した。


ぼくが前に貰った猟銃よりも手入れが行き届いている。父さんは几帳面な性格なのでこういうところはしっかりしている。大雑把なぼくとは正反対だ。ぼくの大雑把なところは母さん譲りだ。


「いいの?」

「ああ。実はまた新しいのを買ったんだ。母さんには内緒だぞ」


父さんは笑って言った。でも父さんもぼくと同じで狩りに楽しみを見出せない性格なのでそれは嘘だろう。たぶんこれは親心というやつだ。


ぼくは父さんから貰った猟銃をそのまま歩鹿の荷物の隙間に挟み込んだ。


銃弾が装填されていると、父さんから注意を受けたけど、まだ暗いので明るくなってから取り除こうと思った。

まだ約束の時間まで余裕はあるけどのんびりしている場合でもなかったからだ。


 ぼくは父さんに別れを告げた。

 別に今生の別れじゃないのでほどほどに。


「じゃあ、行ってくるよ。母さんによろしく言っておいて」

「ああ、気を付けるんだぞ」


それでぼくは歩鹿を引き連れて土壁のあばら家を後にした。


 目指す先はローランさんのお屋敷だ。

 ぼくは死体運びなので死体を受け取らないといけない。


汽車はまだ動いていないので徒歩で向かった。これからもっと長い距離を歩くのでなんてことはない。

ただ夜明け前にトロメライを出発したかったので少し足早に向かった。


 急いだお蔭か約束の時間よりも早くローランさんのお屋敷に着いた。

お屋敷の明りが点いていないのでまだローランさんは起きていないかと心配になった。


だが例の大きな扉を力いっぱい叩くとむっつりとした不愛想な顔のローランさんが出て来て言葉少なめにこう言った。


「よく来た」

「お待たせしました」

「いや、予定より早い」


 既にローランさんは準備を終えて待っていたようだった。

娘さんの死体は灰色のローブに包まれてソファーに横たわっている。この灰色のローブは宗教的な物なので喪主であるシント側が用意する。


でも本来ならばぼくたち死体運びが死体に着させるのだが、ローランさんはそれを無視して自分でやっていたようだ。


 ぼくは一応死体の状態を確認した。

 ローランさんの防腐処置は完璧だった。


腹部の開口部分は小さくて縫い目がほとんど見えない。さすがお医者さんだ。何なら死体運びのぼくがやるより上手だった。


「あまりじろじろと見てやるな」

「え?」

「……いや、それが君たちの仕事か」

「はあ?」


 ぼくは娘さんの死体をに括り付けた。


この死体専用の背負子は脚のない椅子のような形をしている。ぼくは死体と背中合わせにするようにして担ぐ。娘さんは14歳で亡くなっているのでそれ相応の重量しかない。さらに防腐処置を済ませた死体は中身が減るので見た目よりか軽い。

 だけど自ら動くことない死体は勝手にずれ落ちてしまう。だからこうして背中をぴたりと合わせて背負うとバランスがとりやすいのだ。


 娘さんの死体を担いで玄関まで向かおうとしたらローランさんから包みを渡された。


「報酬だ」

「あ、どうも」


 中を開けばお札の束が入っていた。それに金貨も何枚か入っている。

 確かに報酬は多ければ多いほどいいけど、こんなに貰っては何だか気が重い。


「いいのですか、こんなに?」

「口止め料だ」

「はあ……」


どうやら脅し方が拳銃からお金に変わったらしい。


「分かっているだろうが私の罪と娘の罪は他言無用だ」

「もちろんです」


 ぼくは自信を持って答えた。


自慢だけどぼくは口が堅い。堅いというか喋る相手が死体だけなので心配する必要がない。死体から噂が広がる事は無いからだ。


「私はこれでも顔が広い。ビジテリを嫌うシントのゴロツキ共にも顔がきく」


ローランさんは暗にいつでもぼくを殺せると言いたいようだ。「死体運びが死体を運んで死体になって帰って来た」という古い冗談があるけどぼくはそのつもりはない。


 ぼくもお返しに含みを持たせてこう言った。


「ローランさんも死なないでくださいね」


ローランさんはフンと鼻を鳴らす。ぼくの意図を察してくれたようだ。

「自殺はしない。それは教義に反するからな」


ローランさんはそう言って少しだけ笑った。

 もしかしたらこれはローランさんなりの冗談だったのかもしれない。


最後まで本音は聞けなかったし、ビジテリ嫌いは変わらなそうだけど、ぼくはこの紳士のシントの旦那さんに死んでほしくなかった。


 ぼくの勝手な妄想ではなく、この人はやはりいい人だと思う。


死体運びを終えて戻って来たらもう一度この喋る度にぴょこぴょこ動く口髭を見たかった。どうやって手入れをしているのか聞いてみたい。


「では、行ってきます」

「うむ」


娘さんの死体を担いだぼくとローランさんは玄関まで一緒に向かった。でもお見送りはここまでのようで、ローランさんはお屋敷から一歩も外に出ようとしない。


「……ヨダカ」

「はい?」


少しびっくりしながらぼくはローランさんを見た。久しぶりにローランさんから名前を呼ばれたからだ。


「……いや、なんでもない。早く行け、日が昇るぞ」

「はい。行ってきます」


 何か言いたそうにしていたけどぼくは背を向けた。


そしたらまたローランさんの声が聞こえた気がして振り向いたけど、ローランさんの姿はそこになく既にお屋敷の中に入っていったようだ。


何て言っていたかはっきり分からないけど、ぼくはローランさんが「ありがとう」と言っていたような気がした。



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