1ー3



 死体運びの大仕事が終わればまた次の大仕事までふた月くらいは時間が空く。

できればそれまでゆっくりと休んでおきたいところだけど、でもその間もぼくには仕事がある。


その間はモルグの死体管理を手伝ったり、父さんの歩鹿の飼育を手伝ったりもする。トロメライは大きな街なのでその間も死者がでる。死体をモルグに運ぶのもぼくの仕事だ。死体が一定数集まれば再び死体運びの大仕事に出発する。大体それがふた月後になる。


 シントの数だけぼくの仕事が増える。これがぼくの普段の生活だ。


だけどトロメライに帰って来た翌日のこの日はローランさんの事が気になり、その普段の仕事を放りだして、もう一度だけローランさんと話をしようと思った。


 ローランさんの自宅の場所は知っている。

トロメライの中心地を一望できる高台に建つお城のようなお屋敷だ。トロメライの街中からどこからでも見えるのでぼくは知っていた。


でもこの日は平日で働く日だったのでローランさんは病院にいるだろうと思ってローランさんの病院に向かった。


 ローランさんの病院には沢山のお医者さんが勤めている。これは珍しい。

普通のお医者さんは街の商店と同じで個人で小さな病院を経営しているけど、このように沢山のお医者さんを一つに集めて大きな病院を開くのは他の街には無いらしい。


聞くところによるとローランさんが初めてこの仕組みを作ったそうだ。

 そんな病院のボスがローランさんだ。だから偉いわけだ。


なぜぼくがここまで詳しいのかというと、よくこの病院に来るからだ。病気をしているからではなくてぼくが死体運びだからだ。


 病院は死体がよくできる場所だから。


「院長はいないよ」

「え?」


顔馴染みのビジテリの看護師に尋ねると、そう簡単に返事をされた。


「昔はちょくちょく顔をだしていたけど、もう数年前から院長は来なくなったよ」

「なんで? 自分の病院じゃないの?」


ぼくはてっきりローランさんはこの病院にいると思っていた。

あの立派な口鬚を手入れしながらふかふかのソファーで踏ん反り返っているローランさんを想像していたのに。残念だ。


「まあ、院長がいなくても医者は沢山いるからね。……ほら娘さんさ、先日亡くなったらしいけど、闘病中は院長自身が自宅で看病していたらから」

「なるほど。じゃあローランさんはお屋敷かな?」

「さあ、どうだろう? 同僚が尋ねるときはいつも留守らしい。どこか出歩いているのかもしれないな。院長は忙しい人だから」


ぼくは顔馴染みのビジテリ看護師にお礼を言ってローランさんの病院を後にした。


 さてどうしたものか、あれこれ動き回れば入れ違いになりかねない。

ぼくは自分の家に戻ろうかと思ったけど、せっかく外に出たしローランさんのお屋敷に向かうことにした。というのも一度間近にお屋敷を見ておきたかったというのもある。


ローランさんのお屋敷は先にも書いたけどトロメライを一望できる高台にある。そこに行くには石畳の坂道を登らなければならない。これがけっこう急な坂道だ。


 ローランさんはぼくの父さんよりも年齢は上に見える。

そんな人がその坂道を登ったり下りたりするのは大変だろうと思った。でもローランさんはお金持ちだから、もしかしたら馬車でも引いているのかもしれない。


そんなことを考えながら坂道を進んでいると、ローランさんのお屋敷が目前に見えてきた。

それと同時に背の高い背広姿の紳士がステッキ片手に不愛想な顔をして歩いているのが見えた。

 それはローランさんだった。

ぼくの予想とは違って歩く方を選んでいるみたいだ。


 ローランさんもぼくに気付いたようでこう言った。


「……来たのか」

「こんにちは、お屋敷に伺うところでした」

「私も君の家に向かうところだった」


そう言ってローランさんは黙った。

それにつられてぼくも黙っていた。

二人して黙っていたけど、ローランさんが先に口を開いた。


「……私の家で話そう。ついて来なさい」


 ローランさんは来た道を戻りだした。ぼくもその後について歩いた。ローランさんは背が高くて脚が長いので歩くのが速かった。ぼくは遅れないように必死に付いて行った。


お屋敷まで僅かな道のりだけどその間のローランさんは一言も喋らなかった。ぼくもお喋りが得意じゃないので助かった。


 少し歩いてローランさんのお屋敷に着いた。


ローランさんのお屋敷は遠目に見てもデカいけど、近くで見たらもっとデカかった。

さらに扉のデカさにぼくは一番に驚いた。

ドアノブがぼくの胸の高さくらいについている。ぼくの家のドアノブは僕のおへその上の高さにある。いや、ぼくの家と比べるのは申し訳ない気さえする。


ビジテリの中でもお金持ちは沢山いるけど、これほど大きなお屋敷に住む者はいない。シントの中でもこのトロメライでは一、二を争うほどの大きなお屋敷だろう。


そんな事を考えながら動かないでいるぼくを気にしてかローランさんが言った。


「何をしている。入りたまえ」

「は、はい」


 緊張しながらローラン邸に入った。


お屋敷の中はとても薄暗かった。それに人の気配がない。壁には沢山の絵画が飾ってあるけど風景画ばかりでそこにも人がいなかった。


お屋敷の中をローランさんに着いて歩くと、変な模様の絨毯に足が乗ったら埃が舞った。掃除が行き届いてないようだ。

こんな大きなお屋敷に今はローランさんひとりで住んでいるから無理もない。


 そして大きなソファーが並ぶ応接室のような部屋に通された。


「ここで待っていなさい」

「はい」

ローランさんはぼくを残してどこかに行った。


大きなふかふかのソファーに腰かけて、しばらくそわそわしながら待っていたらローランさんが戻ってきた。


 高そうなラベルの酒瓶とグラスを二つ持っていた。


「すまないが、使用人が出払っていてお茶が出せない。酒ならあるが飲むか?」

「いえ、ぼくはお酒が飲めなくて」


ぼくはお酒が苦手だ。ぼくの父さんもあまり飲まない。ただ母さんはすごく飲む。


ビジテリは色んな体質の人がいるけど、シントはお酒に強くて酒好きが多い。でも昼間から飲むことはあまりしない。ローランさんはよほどお酒が好きなのだろう。


「そうか」

ローランさんはそう言って一つのグラスにお酒を注いだ。

黄金色の液体がグラスになみなみに注がれる。


ローランさんはグラスを持ってぼくの向かいのソファーにどしりと座って、ちびりとグラスに口をつけてからこう言った。


「では、いくら欲しい? いくらでも構わんよ」

ローランさんの大きな目がぼくを向いた。


 どうやらローランさんはどうやらぼくが仕事を受けるのだと思っていたようだ。


「あ、いえ、お金の交渉に来たのではなくて、もう一度お話しを詳しく伺おうかと思って。だからその、まだ決めて無くて、だからそれで決めようと思います」


ぼくは慌てて一度に沢山の言葉を喋った。だから疲れた。

ぼくは身体を動かすのは苦でないけど、口を動かすのは苦手だ。


するとローランさんの口鬚がピクリと動いた。

「なに、まだ決めてないのか!」

「え、えっと。……はい」


ローランさんはすごく怖い顔をして怒鳴りだす。

「お前は一体なに様のつもりか! 私を誰だと思っているんだ! これだからお前たちビジテリは!」

「い、いえその……」


いきなり怒られてしまいぼくは驚いて言葉が出なかった。

そんなぼくを見てローランさんは渋った顔をした。


「──いや、失礼した。失言だった。ビジテリを悪く言うつもりはない。忘れてくれ」

「……いえ」


ローランさんはぼくをチラリと見てからグラスを呷った。

一息ついてから口を開く。


「だが話とはなんだ? もう私は話すことなどないぞ。死体がある、伝統的な死体運びをしてほしい。それだけだ」


ローランさんは視線を落としてグラスのお酒をくるくる回す。なみなみに注がれていたグラスの中は半分近くも減っていた。


ひとまずぼくは用意してきた質問を投げかけた。

「トロメライにはぼく以外の死体運びもいますが、声を掛けましたか?」


「もちろんだ。だが私が求めているのは古い死体運びだ。鉄道を使った死体運びは求めていない。あれは、あれだけはダメだ……」


ローランさんはグラスのお酒を今度はぐびりと飲んでため息をついた。


「この街には死体運びは沢山いるが君の家のように代々続く死体運びは少ない」


この街の死体運びは即席の死体運びが大半を占める。

昔は伝統的な死体運びは沢山いたけど、今はぼくの家と他は数えるほどしかいない。


「君の父親にも会ったが脚が悪くて無理だと言う。他の死体運びも高齢で長距離の移動ができないと言った」


 そこでぼくに白羽の矢が立ったのだ。

たしかにこの街では伝統的な死体運びの家の若者はぼくぐらいしかいないだろう。

でも死体を三体も担いで平気な顔をしている高齢の死体運びの爺さんをぼくは知っている。

しかもその爺さんは汽車が嫌いだからと言って、徒歩で隣街まで出かけるくらいだ。


ちなみにその爺さんは何しに行くのかというと、わざわざ隣街の歓楽街に女を買いに出向いているのだ。

それくらいの体力が有り余っている。


実は古い死体運びほど若者顔負けの体力がある。若い頃に過酷な伝統的の死体運びをこなしていたから老いてもなおそれ相応の体力があるのだろう。


 つまり古い死体運びはローランさんに嘘を吐いている。


「そもそも彼らはやる気がない。私を相手にする気がないのだろう」


ローランさんは手元のお酒を見ながら笑っていた。

ただこれは楽しくて笑っている訳では無いだろう。


「私は君たちビジテリに嫌われているからな」

「そんなことは──」


 ぼくはそう言うけど、──そんなことはあった。


死体運びの連中もそうだけど、大半のビジテリの大人たちは影でローランさんの悪口を沢山言っている。ぼくはそれを何度も耳にしていた。


「いやいい。知っている。それに私もビジテリが嫌いだ」

ローランさんはそう言ってからグラスのお酒を飲み干してしまう。


 そしてぼくに向き合ってこう言った。


「何故だと思う?」

「え? ええっと……」


そう言われてもぼくは困るけど一応は考えた。


確かにビジテリ嫌いで有名なローランさんだけど、なんでビジテリが嫌いなのか考えたことがない。


でも思えばローランさんの病院でもビジテリは働いている。彼らはビジテリ使いが荒いと愚痴を垂れているが、それでも働いているから割のいい仕事なのだろう。


 ではなぜローランさんはビジテリ嫌いなのだろう。


暫く考え込んでいたらローランさんの血走った赤い瞳がぼくを見た。お酒の飲み過ぎだ。


 そしてぼくより先にローランさんが答えを言う。


「それはお前たちが死肉を漁る穢れた害獣共だからだ」


難しい言葉を使うけど、思っていたより答えは単純で、そして酷かった。


「だから私はお前たちビジテリが嫌いなのだよ」

「…………」


ローランさんがビジテリを生理的に受け付けないのは分かった。


 でも何故、ローランさんお病院ではビジテリたちが働いているのか、色々聞きたいことがあったけど、ぼくはそれを聞くことはなかった。


 というのもぼくはローランさんに釘付けになって身体が動かなくなっていたからだ。


ローランさんの手には先ほどまで持っていたグラスが無くなっていた。そしていつの間にかその手には回転式の大きな拳銃が握られていた。


「大声を出しても誰も助けに来ないぞ。この屋敷には生きている人間は私と君しかいないからな」


ローランさんは銃口をぼくに向けた。

とても怖かった。


 実はこの時ぼくは面白い発見をした。

ぼくも父さんから猟銃を貰っている。でもローランさんが持っている拳銃はぼくの猟銃よりも不気味で怖い。


何故そう思うかというと、たぶん猟銃は獣を殺すもので、ローランさんが持っている拳銃は人を殺すものだからだ。


ローランさんは拳銃をぼくに向けたまま立ち上がった。

「着いて来い。娘に会わせる」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る