1ー2
トロメライの中心地から外れたところにビジテリたちの居住地がある。
ぼくの家もそこにある。
ぼくの家は父さんと母さんとぼくの三人暮らしだ。
ぼくが小さいときには爺さんと婆さんとひい爺さんとひい婆さんもいたけど、今はもうない。四人とも長い眠りについた。
ちなみにぼくらの葬儀はシントたちのそれと比べてすごく簡素だ。
遺体は死んだ一週間後に燃やす。
残った遺灰はその日に大地に撒く。
爺さんと婆さんとひい爺さんとひい婆さんも同様に葬儀を行った。ぼくの爺さんも婆さんもひい爺さんもひい婆さんもぼくの家の近くで眠っている。
あまり考えたくないけど、いずれは、ぼくの父さんも母さんも、そしてぼくも、同じように眠っていく。
そしてぼくに子供ができたらその彼か彼女がこれを引き継いでいくのだ。でもそれはまだ先のことだろう。ぼくにはまだその子供をつくる相手がいない。
シントもぼくたちと同じにしてくれたら仕事が楽なのにと思ったけど、そうなると家業が無くなってしまうので困ったものだ。
ぼくたちビジテリとシントは持ちつ持たれつの関係だ。
今回の仕事は数週間と数日のとても長い時間が掛かったので久しぶりの土壁のあばら家が見えたときにはなんだか嬉しかった。
煙突からもくもくと煙が吹き出ている。
風に乗って香辛料の香りもした。
事前に帰りを知らせていたので母さんがぼくの好物の鹿肉の燻しパイを作ってくれているのだろう。
お腹をぐうぐう鳴らしながら自宅へ足を向けると庭先で父さんが『
父さんはぼくに気付いて顔を上げた。
「ヨダカ、戻ったか」
「ただいま、父さん」
父さんは大荷物を持つぼくを見た。
「今回はえらく時間が掛かったな」
「うん。他の街に去年の分が残っていたからね」
隣の隣の隣街では死体運びたちが賃金を上げてもらおうと、最近話題のストライキを決行したようで仕事が滞っていた。
それはすぐに終わったみたいだけど皺寄せが今になって出て来たので今回の仕事が長引いた。
「そうか、相変わらずハズマンの連中は自分たちのことしか考えないな……」
そう言って父さんは
ぼくの家は代々死体運びの家系なので父さんも死体運びだった。
でも父さんは数年前に足を悪くしてから死体運びは半分引退している。今はモルグの管理と母さんの実家の家業だった
。:+* ゚ ゜゚ *+:。:+* ゚ ゜゚ *+:。:+* ゚ ゜゚ *+:。:+* ゚ ゜゚ *+:。
また中途半端なタイミングですが、いつも通り不足しがちな説明の補足をします。
ヨダカの父が格闘していた『
家畜としてはとても優秀で死体運びのビジテリの生活を古くから支えてきました。歩鹿とは死体運びの歴史を語る上では欠かせない生き物なのです。
゚ *+ :。:+* ゚ ゜゚ * + :。:+* ゚ ゜゚ * + :。:+* ゚ ゜゚ * + :。:+* ゚
「何してるの、父さん?」
「今この間抜けの角を切っていた。言う事聞かなくて困る。──イタッ、また噛んだ」
「
「確かに馬鹿だ、物覚えが悪い。──イタッ」
「お腹でも空いているんじゃないの? 鹿肉の燻しパイでもあげようか。──イタッ」
「それよりもコイツ潰してパイにしてしまおう。──イタッ」
ちゃんと調教した
仕事をしているときは真面目に働くけどぼくたち人間が気を抜いたら噛むから困ったものだ。
「ところでヨダカ、ローランさんがお前のところに来なかったか?」
「え、なんで知っているの?」
「俺のところにも来た」
どうやらローランさんは父さんのところにも足を運んだようだ。父さんも半分引退したとはいえ、まだ一応は死体運びだ。
「まあ俺は足がこれだから断ったが」
そう言って父さんは自分の膝を擦った。日常生活にはそこまで支障はないけど、死体を長時間担いだり汽車に揺られたりするのはキツイらしい。
「お前はどうするつもりだ?」
「ぼくは……」
ぼくはこの時悩んでいた。
断る理由もないけど、やる理由もない。
正直どちらでもいい。
だけど、どうしようか。
ぼくは父さんの意見を聞きたくなった。
「父さんならどうする? 脚が動くならやる?」
父さんはぼくの質問にすぐ答えた。
「それでも断るな」
「なんで?」
「俺はローランさんが好きではない。シントには良いヤツが沢山いるが、ローランさんはシントでも嫌なヤツだ。もう俺たちビジテリはシントと対等な立場なのにローランさんは俺たちビジテリを見下している。そんな人の仕事はできない」
「なるほど」
確かにローランさんの態度には鼻持ちならないところがある。そんな人から仕事を受けてもお互い楽しく仕事は出来ないだろう。
ただ父さんはぼくを見てこう付け加えた。
「だが、決めるのはお前だ。ローランさんは金持ちだから報酬もすごいだろう。それに死体があるのだから必ず誰かがしないといけない。死体運びは俺たちの仕事だからな」
「そう言われたら余計に悩むよ」
ぼくの言葉に何故か父さんは笑っていた。
そして気づいていないようだけど
「まあ今日はゆっくり休め。母さんが燻しパイを作っているぞ」
「うん。そうする。お腹が空いたよ」
ぼくはそう言って荷物を持って家の入口に向かった。
そしたら母さんが出て来た。
「あら、誰かと思ったら。──おかえりなさい、ヨダカ」
「ただいま、母さん」
母さんから香辛料の香りがした。燻しパイを仕込んでいる最中だったのだろう。
家の中からも漂う香辛料の匂いに誘われてぼくは家の中に入ろうとした。
「こら、塩を撒いていないでしょう!」
「別にいいよ。めんどくさい」
ぼくは母さんに止められたけど、お腹がペコペコだったのでそんな状況ではなかった。
「いいからここで待ってなさい」
母さんはそう言ってどたどた足を鳴らして台所へ向かっていった。
ローランさんを追い払ったカマネコさんとトラネコの時もそうだけど、ぼくらビジテリは事あるごとに塩を撒く謎の風習がある。塩は内陸部に位置する地域には大変高価らしいけど、トロメライは岩塩が売るほど沢山取れるから比較的安価だ。だから無駄遣いしたいのだと思う。
戻って来た母さんは山盛りの粉末にした岩塩が入った四角い桝を手にしてた。そこから岩塩を思い切り掴み取りぼく目掛けて叩き付けるように投げつけた。痛かった。
「死体運びの後は塩を撒くのが習わしでしょう。さあ、ご飯にしましょう」
「……うん」
全身岩塩まみれになったぼくはその場に立ち尽くしていた。そしたら
今夜は沢山の鹿肉の燻しパイを食べようと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます