死体運びの少年

著者。

1ー1



 数週間と数日の合わせて結構な大仕事が終わって、ぼくはトロメライに戻る汽車に揺られていた。


疲れていたこともあるし、窓から入るぽかぽかのお日様の光が気持ちよくて眠たくなった。だから目を閉じたらすんなり寝てた。


 確かこの時に夢を見ていた気がする。

たぶん子供の頃の夢だった。友達と遊んでいる夢だと思うけど詳しくは覚えていない。そもそもぼくに友達はいただろうか。

それと背中がむず痒かった。でも身体を動かすのも面倒だったので我慢した。


「ヨダカ、着いたぞ!」


誰だか分かんないけどぼくを呼ぶ声が聞こえて、もう少し寝ておきたかったけどぼくは起きた。堅い座席で寝てたせいか身体のあちこち痛かった。


 でも代わりに背中の違和感は無くなっていた。


 気づいた時には汽車はトロメライ駅に到着していた。

車窓から外を覗くと蒸気と黒煙に包まれる駅のホームでは煤まみれの男たちが忙しなく働いていた。重たい瞼をそのままに、ぼくは慌てて汽車を降りた。


ぼくが乗って帰って来たこの汽車は死体運び専用の機関車で到着場所も死体運び専用の4番ホームだ。

1~3番ホームは一般乗客のホームで4番ホームだけは別の区画に分けられている。ぼくが乗って来たのは死体を運ぶ汽車なので普通の乗客と同じホームに入ると嫌がられるから別のホームに入れられる。


 ここトロメライはぼくの生まれた街だ。

この街も昔と比べてだいぶ発展した。昔よりも背の高い建物が多く建つようになった。ぼくが住む家はまだ土壁のあばら家だけど。


ただこの街は中央の都市から一番に離れている街だけどそこに負けないくらい立派な街だ。聞くところによるとトロメライは他の地域と違って岩塩が沢山取れるらしい。沢山とれるから使いきれなくて余った分は売っている。それで街も大きくなった。


そして何より食事が美味しい。鹿肉を使った燻しパイが最高に美味しい。

トロメライの燻しパイは世界一だ。


駅の近くのお店に寄りたくもなったけど、母さんが作る鹿肉の燻しパイも恋しいので、車両の後片付けとモルグ(※死体安置所)の整備は他の『』たちに任せてすぐに帰り支度を整えた。


 だけど呼び止められた。


「待ちたまえ、少年」

「はい?」


早く帰りたかったんだけど、ぼくが進もうとしたその先にすごく背の高い立派な口髭を蓄えた背広姿の紳士の『』の旦那さんが立っていた。むすっとした顔をしている。




。:+* ゚ ゜゚ *+:。:+* ゚ ゜゚ *+:。:+* ゚ ゜゚ *+:。:+* ゚ ゜゚ *+:。


 さて、急ですがここでは不足しがちな説明の補足を入れておきます。

 ヨダカが生きるこの世界では大きく分けて二つの人間が存在します。

 それが『』と『』です。

 まず『ビジテリ』とは、を語る前にやっぱり『シント』を説明します。

 シントとはこの世界のほとんどの住民が入信する宗教の信者たちを指します。それに対してビジテリとは信仰心のない者たち、異教徒、無宗教者を指します。

 かつてはシントから奴隷のような酷い扱いを受けていたビジテリですが、法律が整備された現在は対等の立場になっています。


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その紳士のシントの旦那さんがぼくを見て話しかけた。

「少年は『死体運び』か?」

「ええ、そうです」


ぼくはそう答えたけど、ぼくたち死体運びは見るからに変な格好をしているので、わざわざ聞かなくても分かるだろうに、と思った。


それも死体運びは伝統的に野暮ったいフード付きの真っ黒な外套を羽織っている。それにぼくはその時一番に目を引くはずの鳥のくちばしみたいな奇妙な形の魔除けのマスクを首にかけていた。このマスクも古くから死体運びが着けているものだ。


 どの街の死体運びも大体みんな同じ格好をしている。

ぼくが小さい頃は父さんの仕事着だしカッコいいと思っていたけど、自分が着るようになった今は、奇抜で恥ずかしいな、としか思わない。


それはそうと、その紳士のシントの旦那さんはぼくの名前を知っているので驚いた。

「名は、ヨダカ、だな?」

「はい。ぼくがヨダカです」

「私を知っているか?」


 もちろんぼくもこの人を知っている。知らない人はこの街にはいないだろう。

 その紳士のシントの旦那さんは「ジョルジュ・バーユ・ローランさん」だった。


ジョルジュ・バーユ・ローランさんはお医者さんで大きな病院のボスだ。

それに信仰心の厚い敬虔な信者でトロメライのシントたちからも尊敬を集めている。


 彼はこの街に住んでいる人間なら誰もが知っている大物のシントだ。


ただぼくたちビジテリからはとても嫌われている。というのもジョルジュ・バーユ・ローランさんはビジテリ使いが荒いからだ。それに彼もぼくたちビジテリを嫌っているらしい。


 だからビジテリのぼくからしたら彼は怒らせてはいけないシントの一人だ。


「はい。もちろんです。ジョルジュ・バーユ・ローランさん」

「うむ。ローランでいい」

「はい。ローラン」


ぼくがそう言うと立派な口髭がぴくりと動いた。


「ローラン、さん! だ」

「はい。ローラン、さん!」


このローランさんは喋るたびに口髭がぴょこぴょこ動くから面白い。

このあといくらかグチグチと小言を言われたけど、何て言ってたか覚えてない。


「──いやもういい。本題に移ろう。君に頼みがあるのだ」

「はい。なんでしょう?」

「先日、私の娘の魂が浮かばれた」

 ローランさんはそう言った。


 彼らシントが言う「魂が浮かばれた」とは、つまり「死んだ」ということだ。


ローランさんの娘さんはローランさんと同じくらいこのトロメライで有名な存在だ。生まれつき足が悪くて歩けなかったらしいけど、美しくて賢くて若くしてハクシゴー(※博士号、それも上級の)だと評判らしい。年齢はぼくの少し上程度だと聞く。


ぼくはこれまで一度も会ったことはないけど、ただ足以外にも身体を悪くしたことを知っていた。数年前から病気で家から出られない状態だとか、それがとうとうお亡くなりになられたようだ。


ぼくは彼らシントの礼儀に倣って称賛を贈った。

「……それは、おめでとうございます」

「世辞はいい。そこで君に葬儀を頼みたい」 


ぼくに頼み事と言えば葬儀、つまり死体運びしかないけど、死体運びをわざわざぼくに頼む必要はない。ビジテリの組合に頼んでもらえれば手の空いた死体運びが出動するのだ。


でもローランさんは組合を通さずにぼくに頼んでいるのは、ぼく「個人」に死体運びをお願いしたいからだ。


「もしかして、ぼく個人に、ですか?」

「そうだ。昨今の簡易的な葬儀ではなく、君に伝統的な葬儀をお願いしたい」

そう言われてぼくはとても困った。


 伝統的な葬儀、それは古いやり方の死体運びだ。


そもそも死体運びとは、死体に触れることが許されないシントに代わってぼくらビジテリの死体運びが彼らシントの墓地、彼らの言葉で「安息地トーブ」まで死体を運ぶことを指す。


 今は鉄道があるので専用列車に死体を一度に沢山詰め込んでその安息地トーブまで走らせる。このトロメライは安息地トーブまで一番遠いところにあるけど、通常なら一週間程度で到着する。道中の死体の管理もぼくらの仕事だ。これがローランさんの言う「簡易的な葬儀」になる。


 一方「伝統的な死体運び」はというと、ぼくも昔に父さんに強引に連れられてやったことがある。それは今でも覚えているけど、とても過酷で大変だ。


古いやり方の死体運びは、死体を担いで安息地トーブまで延々と歩き続けなければならない。

野宿もするし、山越えもするし、川越えだってする。それに死体は生もので自然に晒されながら管理するのはとても大変だ。


鉄道を使った死体運びは今回みたいに長くても数週間で終わるけど、伝統的な死体運びはその倍以上は掛かる。費用に関してはその何十倍もだ。


もちろんその苦労に見合う報酬は貰える。ローランさんみたいにお金持ちなら問題なく支払えるだろう。


ただぼくはそんなにお金に困っていない。無いに越したことはないけど、今の収入で充分間に合っている。それに今はトロメライに帰って来たばかりで次の仕事を考えたくない。何より母さんの作る燻しパイが待っている。


 つまり断る理由もないけど、わざわざやる理由もない。

 でもこの時はどちらかと言えば断りたかった。


「次の定期便ではだめですか? 」

「むろんダメだ」

「費用があるならば専用の単独車両もありますよ」

「それも断る。そもそも私はこの簡易的な葬儀が気に食わない。伝統に背くこのやり方はすぐにでも廃止にしてほしいくらいだ」


それはぼくに言われても困る。

この簡易的な死体運びのやり方はシント側が決めたことだ。


「ぼくも今戻って来たばかりです。それに他の死体運びもいますよ?」

死体運びは結構高収入なので数は多い。お金目当てで働くビジテリが多いので高額の報酬を出すならすぐに運び手は見つかるだろう。


「ダメだ。君でないといけない」

「何故です?」

「君の家は代々死体運びだろう」

「はい」

「では、伝統的な様式にも詳しい」

「はい。一通りは教えてもらっています」

「ならば死体運びの秘術も知っていよう」

「はい。もちろんです」


死体運びの秘術とは死体の鮮度を保つための秘密の技術だ。

死体運びの家に代々伝わる秘術なので収入目当ての即席死体運びは知らない。


「ではやはり君だ。明日私の家に来たまえ」

「困ります」


勝手に話を進められても困った。


「金なら心配するな。言い値で出そう」

「そう言う訳では……」

「君は死体運びだろう」

「そうです」

「ならば働け。職務を全うしろ。死体運びが死体を運ばなくてどうする」

そう言われてもぼくはやはり困った。


 すぐには答えが出せないので保留にしてほしい。

 ぼくはローランさんに何て言い訳をしようか考えていた。


「おうおうおう! 黙って聞いてりゃ、いい気になりやがって!」

「そうでい、てやんでい、バカヤロめい!」


もちろんこれをぼくは言ってない。ぼくは死体相手の仕事が長いせいか口数が少なく、ぼそぼそと喋る癖がある。だからこのように声を張り上げることがない。

これはぼくとローランさんが立っているその後ろの汽車から聞こえた声だ。


振り返ると、煤だらけの髭面の大男と、煤だらけのチビが死体運び専用機関車の機関室から出て来た。この二人はぼくの仕事仲間のビジテリ親子だ。


 操縦士で大男の「カマネコさん」と、その助手であり娘の「トラネコ」だった。


どうでもいいけどぼくは数年前までトラネコが男だと思っていた。女と知った時は驚いたし、何故か悔しかった。思えば確かに可愛らしい顔をしているじゃないか、これが男の子の筈がない。

一方カマネコさんは見たまんま髭面の大男で間違いないはずだ。これが女だったらぼくはもう立ち直れない。


二人の親子はぼくを見てこう言った。

「邪魔すんぜ、ヨダカ」

「さがってな、ヨダカ」


カマネコさんとトラネコはローランさんの前に出てローランさんを二人して睨みつける。トラネコはチビだけどカマネコさんは大男だ。でもローランさんの方がそんなカマネコさんよりも背は高い。それでもカマネコさんが大きく見えるのは横にデカいからだろう。


「ローランの旦那さんよう」

「なんだね?」


 ローランさんは表情一つ変えない。

ぼくならカマネコさんに睨まれたらすぐに逃げ出したくなるのに。


「あんたはまだ俺たちビジテリを奴隷だと勘違いしてねえか?」


凄むカマネコさんにローランさんはこう言った。


「もちろん奴隷だとは思っていない。勘違いをしているのは君たちだろう。私は彼とビジネスの話をしていたのだ。私が雇い主、彼が労働者。まあ交渉は難航しているが」


人を小馬鹿にした言い方をするローランさんの態度にカマネコさんの眉毛が吊り上がった。トラネコも一緒にカンカンだった。


「だったら交渉決裂だ。ヨダカは嫌がっているだろう!」

「あたしゃ我慢の限界だよ!」


 カマネコさんの額の血管がはち切れそうに膨れている。

 それとトラネコはスコップ片手に今にも暴れ出しそうだ。

 ローランさんはそんな二人を黙ってじいいと見ている。

 ぼくは何もすることなくじっと待っている。




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 また急ですが、不足しがちな説明の補足をここでします。

 何故ローラン氏はここまで死体運び(葬儀)をヨダカに強要するのか、自分でしたらいいじゃないか、と思うかもしれませんが、ローラン氏にはそれが出来ないのです。

 というのもシントたちの教義には死体に触れてはいけないと教えがあるのです。彼らの教えの本質は魂にあります。人間は魂が主体であり、魂が抜けた肉体は不浄の物として扱われます。この汚らわしい物体に触ると『穢れ』が生じるとされ触れることを禁じているのです。

 ただそのままにしているのも不衛生なので、そこでその教義には関係のない異教徒や無宗教者つまりビジテリたちが活躍するのです。彼らビジテリたちはシントの汚れ仕事を一挙に引き受けています。


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しばらく黙っていたがローランさんはこう言った。

「ふん。ここではおちおち話もできない。──また来る」


 そう言って4番ホームを後にした。


去り際に言った言葉はぼくに向けてのことだろう。

また来られてもどう返事をしたらよいだろうか。


「一昨日来やがれってんだバカヤロめい!」

「塩まけ、塩っ!」

 二人の親子は捨て台詞を吐いた。


その後ぼくは二人にお礼を言ってから4番ホームに併設されている沐浴室で身を清めて2番ホームに向かい汽車に乗って家路についた。


 母さんが作る鹿肉の燻しパイが待っている。




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