第14話【解離性同一性障害】

「………僕の中に居る?」

『あぁ、多分そうだ。原因は分からないんだが君は今、解離性同一性障害………つまり多重人格者なのかも知れない。』

「や、やけにリアルな幻聴だな……」


 幻聴まで聞こえるって……相当不味い病状なのか? 僕は。

 何か丁度良い薬ってあったっけ?


 ………いや、何でも薬に頼りすぎるのは良くないな。

 薬はわば、植物から出る毒を薄めた物とも言えるし……

 使い過ぎは、毒を飲んでいるのと同じだ。

 偶には自然治癒を待つしかないかも……


『俺の声は幻聴じゃないぞ。会話の成り立つ妄想系の幻聴も無いとは言えないかもしれんが、俺の声は幻聴でないと保証する。』

「そ、そう言われても……他の人には聞こえないってな……」

「………………。確かに幻聴と言われても仕方ないか……立場が逆だったら俺もそう思うかもしれない、立場が"替われたら"良いのにな。」


 少し頭の中を整頓していると突然、妙な浮遊感に襲われる。

 そして周りがまるでトンネルをくぐるように真っ黒に染まって行く。


『…………っ!? な、何が起きたんだ!?』


 一面の黒い空間……なのに何故か手足など自分の体はクッキリ見える。

 空(?)には無数の星々。

 そして僕の目の前には大きな窓のような物がある!?


「…………ん? アレ? まさか表に出てる人格立場が本当に俺に替わった……のか?」


 窓には手を開いたり閉じたり腕を上げたりしている光景が映っている。

 一体何が何なのかサッパリ分からない。

 目の前には、さっきまで自分が見ていた消し位が映るよく分かんないものがあるし……

 簡単に言うと突然この黒い空間に閉じ込められたような感覚だ。


『ちょっ! どうなってんだ!?』

「良く分かんないんだが、急に俺が自由に体を動かせるようになった。」

『そして僕は急に体を動かせなくなった。』


 いや、この窓を眺めていることしか出来なくなった……

 視点の変更が出来なくなったと、言った方が正しいのか?


「つまり体の主導権が移ったってことか? ベイリスとやら、これで信じてくれるか?」 

『いや、信じるよ、前にも同じような事を考えたりもしたけどさ…………どうやってもど――』


 そんな時、ドアを誰かがノックする音が聞こえてくる。

 そしてなんとも悪いタイミングで、こう言う時に会ったら一番厄介な人物が訪ねてきたようだ。


「ベイリスー起きてるよねー、午後からリウリ食堂シグの家でこれからの行動について会議するんだけどー」

 

 この声……不味い。メアリだ。

 メアリって勘が尖すぎるから……確実に何か悪い方向に事が進みそうなんだが!

 

『ちょっ、これ本当にどうやって戻るの!?』


 窓の外に出ようと窓を叩いてみたい、通り抜けられないかと思いながら体を窓に当ててみたり色々と試す。

 が、結果どうしても替われない。


「確か、俺は窓に触れて"変わりたい"とかそんなことを言っただけだからな!」

『た、多分それだ!!』

 

 思わず、今外に出てる人格人物は声を出してしまう。

 因みに、後々メアリから聞いた話なんだけど、今の会話は家の外からだと「………………っ!!」って感じに聞こえたそうだ。

 その結果嫌な方向に自体が進んで行く。


「ん? 何かあったのベイリス!? 取り敢えず開けるわよー!!!」


 メアリの声が聞こえると、施錠してあった筈の玄関の鍵が「カチャリ」と音を立てて開場される。

 そして扉が開かれる。


『ちょっ! なんでメアリがウチの鍵を!? 不味い! 早く"替われ"!!』

 

 その瞬間、またトンネルを抜けたみたいになり、今度は風景が前から後ろに元の世界に染まっていく。

 どうやら無事戻れたみたいだ。


「…………? どうしたの? ベイリス。そんな変な体制で固まっちゃってて。」

「い、いや、ナンデモナイヨー」


 メアリが扉を開けた瞬間、反射的に逆の方に逃げるように進んだが一瞬だけ思考が停止してこうなっちゃった……

 

「んー? 本当かしら? 一瞬ベイリスの瞳の色が普段は青色なのに黒色に見えた気がするんだけど……」

「ははは、気の所為じゃない? とゆうかなんでメアリがウチの鍵を?」


 こう言うときは話をうまく逸した方がいいな。うん。

 探られる前に、うまく探られたくない情報に目を向けさせない事がこういう時に重要だってこの前シグに教わった。


「あ、それはさっきベイリスのおじいちゃんに会ってね、『最近無くしていたと思っていた鍵が見つかったから一本返しに行くんじゃ』って言ってて、丁度良かったから預かって来ちゃった。」

 

 メアリがその鍵を右の手の平に乗せて差し出すように僕に見せてくる。

 

 …………。

 あ〜〜そう言えば中央都市ドタアクトルに行く前に師匠、鍵一本なくしたって言ってたからお父さんが使っていた鍵を一本貸したんだった……

 メアリは幼馴染だから信用されてるんだったな。


『君も色々と大変なんだな。』

(うるさい。)

『あ、強く思えば声に出さなくても伝えられるのか……その気になれば考えてる事も読めるみたいだが。』

(ちょっ、今話しかけないで……)


 この僕のもう一つの人格(?)と少し話していると次はメアリが話しかけてくる。


「…………? 急に黙り込んじゃってどうしたの? ベイリス……もしかして勝手に入っちゃったの起こってるの?」

「あ、い、いや。ちょっと考え事をしていて……取り敢えず午後いつもの時間にリウリ食堂だね、分かった。」

「うん。じゃあ、鍵はここに置いておくわよ。」


 メアリが右手に持っていた鍵を「コトン」とテーブルの上に置く。 


「あ、ありがとう。」

「ベイリスまた後でね〜」

「また後で〜…………」


 メアリが玄関から出ていき、扉がゆっくり「パタン」と閉まって行く。


「…………ふぅ〜〜なんとかしのいだ」

『お疲れ様。さて、1つ試したい事があるんだ。"替わって"』 


 また一瞬にして周りが暗闇に変わる。


『ちょっ! 勝手に!』

「ふむ。コレは実に面白いな、実際に解離性同一性障害多重人格の患者はこんな事が出来るなんて聞いた事が無かったんだが……まぁいい。"替わって"」 


『…………。おいおい、ぼくの体の主導権変わんないじゃん!』

「………俺の予想が正しければ……ベイリス君。中から替われと言ってみてくれないかい?」

『そんな事、言われなくとも……』


 窓に触れて「"替われ"!」と言うと、景色が見慣れた物に戻る。


『………やっぱりそうか、中は交代権を、外は主導権を握っているらしい。』 

「そうなのか? えーっと………呼び方はもう一人の僕って言えばいいのかな?」

『ああ、まだ名乗ってなかったな。寺林てらばやし まさる、医者だ。』

「テラバヤシ? 変わった名前だね。」

『………まぁ、好きに読んでくれて構わない。』


 声の感じからして、僕よりも少し年上って感じがするな……

 テラバヤシ…………寺バヤシ……何か発音が少し難しいような気がする。

 馴れない感じだけど、確か夢の中で聞いた名前……ハギノだっけ?

 これも同じ感じで発音しづらいな。

 

「ところでしたのでイシャって?」

『病気を治療する人だが?』

「つまり回復術士?」


 僕がそう言うと、少し謎のが開いてからテラバヤシが話し始める。


『………ザックリ記憶を読ませて貰ったが、医者は魔法何か使わずに重症者を助ける人だ。』 

「…………? 魔法を使わずに人を助けることなんて……」

『君はもう、胸腔穿刺……魔法を使わずに緊張性気胸を応急処置だが助けた事があっただろう。』


 ん? そんな事…………あ。確かにあった―――ってあ゛ー!! 


「もしかしてあの時の記憶はテラバヤシの!?」

『…………? あ。あぁ、多分そうだ。この世界では通用するか分からないが、もっと様々な病から人々を助ける方法はある。』

 


………………………………………………………………………………



 こうしてある日、突然現れた僕のもう一つの人格、テラバヤシ マサルの出現は後に世界を――――



……………………………………………………


「ふぅ……メアリが突然訪ねてきて何とか凌いだのはいいんだけど無駄に疲れてきた……」


 待ち合わせまで少し時間があるしベットに横になって休もうかな。


 自分の部屋に向かい、部屋に入りベットの横たわる。

 そして深く目を瞑った。


「………………。あれ? ここってさっきのあの窓のある謎空間?」


 目を瞑ったつもりが気づくとさっきの暗闇の世界(取り敢えず以後、精神界と読んでおく)が広がっている。


 だが、さっきまで居なかった人が精神界ここに居た。


 見た目は僕よりも十……歳ぐらいは離れていて、大体二十七〜八歳ぐらいの容姿で、白衣を着ている男性が窓の近くに居る。


 向こうも僕に気づいたようだ。


『もしかして……君がベイリス……か?』

『そう言うあんたはまさかテラバヤシ?』

『…………驚いたな。まさかこうして面と向かって話せるなんて。』


 テラバヤシは腕を組みながら僕にそう言ってくる。

 どうやら深く目を瞑ると精神界に入り込めてテラバヤシと面と向かって話せるようだ。


 それから少しテラバヤシと雑談をする事にした。

 大体十分くらいは話していたかな?


『…………で、これからどうするんですか、テラバヤシさん。』

『うーん、俺はこの世界に医術を広めたいと思って入るんだが、回復魔法なんて便利なモンがある世界には需要が低いかもな……』

『確かにわざわざ体を切るわけだし、下手したらあの方法じゃ失敗する事も……』


 何時だか治療院で見たテラバヤシの記憶の中でもオペって言うモノがあったっけ?


 かなり長い時間が掛かるらしいし、一人では到底出来無さそうな物だったのを良く覚えている。


『そもそも医学についてこの世界の人が理解するにはかなりの時間が掛かる筈だ。』



 テラバヤシの世界には回復魔法どころか魔法そのものを使える人は居なく、医術と言うモノで人々を治療してきたらしい。

 でもこの世界には回復魔法があるから、医学などは全く生まれなかったらしい。


『じゃあ、どうするんですか?』

『………俺は、必要になるまで腕を磨いていたいな。』

『確かに備えあれば憂いなしって言いますけど……』


 まぁ、技術はあればある分だけいいか。

 この前のアロビ君みたいに、治療院まで持たないかもしれない人もいるみたいだし。


 そんなこんなでテラバヤシと話していると、もう待ち合わせの時間に近づいて来たので準備を始める。

 取り敢えず窓に触れると精神界から出ることが出来、そしてそのまま食堂のある広場まで歩いて行った。



……………………………………………………


 店に着くと席にシグとメアリが座って待っていた。

 何やら話をしているのが見える。

 どうやらたった今、話が終わったみたいだ。

 そこに丁度良く僕が到着する。


「おっ、噂をしていれば……来たかベイリス。今日は珍しくメアリの方が早かったぞ。」

「いや〜ちょっと色々とあってね。家を出るのに時間が掛かっちゃった。」


 主に新しい同居人人格と、今後の事について精神界で話していただけだけど……


「ところでシグとメアリは今、何の話をしていたの?」

「丁度ベイリスの話をしていたんだよ。」

「へー、どんな?」

「いや、な。どんな話かって言うと――――」


…………僕が店に着く約10分前…………



「メアリ、そんなソワソワしててベイリスと何かあったのか?」

「べべべッ、別に何も無いわよっ!」

「ふーん。じゃあメアリ、お前は何でそんな気不味そうな雰囲気出してるんだ?」


 シグがそう言うとメアリはうつむいて黙り込んだらしい。

 今、話を聞いて思ったんだけど……

 シグはよく夜に酔っ払いの愚痴の聞き役とかする事があるから、こういう時にある意味天才的な一面が出るんだよな……


「………何かあったんだな、メアリ。話してみろよ、少しはラクになるぜ。」


 僕は、椅子に座りながら話を聞いていると、これもシグが地味に人気な理由なのかも知れないと思った。


 そしてメアリは気不味そうにしていた理由を語ろうと重い口を開いた。


「………………。じ、実は――――――」

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