第12話【神水晶】

 どんな事でも思い出させる事が出来る……か。

 どういう感じなんだろう?


「へ〜、面白そうですね。じゃあ……気になるんでお願いします。」

「はい! 承りました!」


 イザナさんは食料の入った袋を大事そうにリュックにしまう。

 そしてリュックの中から三つ脚の付いた何かを置く台座のような物を取り出し、テーブルに置く。

 その台座の上に今度は透き通った玉を取り出して乗せた。


 その玉はよく見ると、薄っすらとだけど、青・赤・緑・黃・橙、そして透き通った白色の光を発しているように見える。


「その綺麗な玉は一体?」

「神水晶の玉です。」

「神水晶の玉?」


 何だろう? ソレ?

 にしてもこんな綺麗な光を放つ物があるんだ………


「コレはとある場所にある神山の神水が長い時間を掛けて変化した物なんです。」

「………とにかく、貴重なモノみたいですね。」

「ええ、ではそろそろ始めていきたいと思います。」


 そう言うとイザナさんは水晶玉の上に両手をかざして、魔力……の力を込めている流れが見える。


 僕は何時からか、物心が付いたときには既に自分以外は感じ取れない……

 人が魔法を使う時の魔力の流れを目を凝らせば見る事が出来るようになっていた。



 だからこそ分かる。



 今、イザナさんが使っているモノは魔力とは何処か違う……

 何というか温かい感じの流れ……

 今までに感じた事の無い未知の力の流れ……

 強いて言うと、回復術の力の流れの様な何かをイザナさんは水晶玉に込めている。


 気づけば思わず見入ってしまっていた。


「さて、準備ができました。ベイリスさん、手を………」


 イザナさんが片手を水晶玉に翳しながら、もう片方の手を差し伸べて来る。

 差し出された手に僕はそっと自分の手を重ねた。


 その瞬間、神水晶の六色の光が一気に強まり、思わず目を瞑る。

 目を瞑ってもまだ少し眩しい。


「わっ! 眩しっ……!」

「…………。ベイリスさん……今日は短い時間でしたが色々と有難うございました。」


 目を瞑った状態でイザナさんの声が聞こえる。


「実は僕は、出会って少しでも関わりを持ってしまった人の記憶から、僕、イザナの事を忘れて貰わないといけないんです……」

「……………っ!? そ、それってまさか記憶を消すと言う事ですか!?」


 目を開けてちゃんと面と向かって話がしたいが、このまばゆい光の中では無理そうだ。

 なぜか分からないけどこんなこんな強い光の中なのに、失明はしなさそうだと感じる


「そうなんです……でも安心してください、僕の事を忘れるだけですから。」


 少し寂しげな声でイザナさんはそう言う。


「ですが、ちゃんとさっき言ったお礼はさせて頂きます。では……」

「…………っ、待ってくだ―――――」


 そして眩い光に包まれた状態でその後は何が起こったのかは分からない。

 今思えばアレは―――――だったのかも知れない……と思える。


……………………………………………………



 鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 気付けばもう朝だ。

 ただ、いつもと起きた場所が違う。


「ん………もう朝が………ってアレ?」


 ここは居間だな。

 どうやら僕はテーブルに突っ伏した状態で寝落ちをしてしまっていたらしい。

 何でこんなところで寝落ちしちゃったんだろう? 調合してた訳でもないのに……


「ん―――。あ〜、なんか背骨せぼねが痛いな……」


 両手を組んで腕を上げて思いっきり、伸びをする。

 そして頭をくと何かを忘れてしまっているかの様な、妙な違和感を感じた。


 ………。何というか……

 凄い感情移入をしていた夢を見ていた気がするのに、内容が思い出せなかった時の朝のような……

 忘れたくない事を忘れてしまっている様な……


「また何か不思議な世界の夢でも見ていたのかな…………?」


 まだ自分でも半分寝ぼけている感じがしたので、タオルを首にかけ、外に出てすぐ近くの井戸で水を汲んで顔を洗う。


 冷たい朝の井戸水で顔を洗うと何かが引き締まった感じがする。

 首にかけたタオルで濡れた顔を拭いていると、中年の女性の声が聞こえた。


「あらーベイリス君。相変わらず朝が早いわね〜」


 振り返ると、大体僕の家から50メートルほど先にある唯一の隣の家……

 に住んでいるルダウおばさんが、井戸水を組むための木製のバケツを二つ持って立っていた。


「あ、ルダウおばさん。おはようございます。」

「おはようね。にしても見ないうちにまた少し背が伸びた?」

「あははっ、気の所為じゃ無いですかね〜?」


 背が伸びたって言われても自分では気づきづらいんだよなぁ〜

 ほんとに少しずつ身長って伸びるんだし。

 言われたりしてやっと何となく気付けるぐらいだよな。


「いやぁ〜、やっぱり少し伸びたと思うよぉ〜……あっ! そうそう、ベイリス君、夜の不思議な光は見た?」

「不思議な光? 何かあったんですか?」

「昨晩に丁度ベイリス君の家の方角にある星か何かが凄い輝きを放っていてねぇ〜。」


 そんな事があったのか……

 ちょっと気になる。

 ルダウおばさんの家からでも見えるなら僕の家からはもっと見えそう。


「森に邪魔されなかったらもっとよく見えたかも知れないんだけど綺麗だったわぁ」


 ルダウおばさんは昨日見た光の綺麗さを思い出しながらうっとりしているみたいだ。


 そう言えばルダウおばさんって最近はあまり書いてないんだけど一応画家なんだったっけな? 確か抽象画の……

 だから感性が独特らしい。


「へー、そんな事があったんですか……多分その頃には僕は寝落ちしてしまったらしくて……」

「そうだったのねぇ〜」

「あ、良ければ水を家まで運びましょうか?」

「あら、じゃあ……お願いしちゃおうかしら?」

「頼まれました。」


 井戸から水を汲んでバケツを持ってルダウおばさん歩いて行く。


『………なんだ? コレは……一体……? 俺は確か―――………っ!?』


 突然男の声が聞こえた気がした。

 振り返ったりして周りをキョロキョロ見回すが、誰も居ない。

 こんな朝早くの田舎いなか道を歩いているのは僕とルダウおばさんだけだ。


「どうかしたのかぃ?」

「ルダウおばさん、今なんか聞こえませんでしたか?」

「いやぁ? なにか聞こえたの?」

「…………。気の所為……っぽかったです。」


 今、「これは一体?」みたいな事を言った男の声が聞こえたような……

 まぁ、気にしなくていいか。


 最近あった事などをルダウおばさんに話しながら歩いて行く。

 すると何時の間にかルダウおばさんの家まで着いていた。


「ありがとうねぇ〜ベイリス君。」

「どういたしまして。」


 バケツをルダウおばさんの家に運んで、自分の家に戻っていく。


『………やっと一人になったか……』


 家の中に入ると突然さっきの男の声が聞こえた。


「……………っ!! だ、誰だ! 誰かいるのか!?」


 バッと後ろを振り向くが誰も居ない。

 何となく聞こえた声は自分のかなり近くから聞こえた気がしたのでその場をを見回す。

 が、やっぱり誰も居ない。

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