第6話【胸腔穿刺】

 エイテ親父から"頼んでいたモノ"を受け取る。

 これで応急処置が出来る……!


「シグ! 火を!」

「わ、分かった!」


 エイテ親父に頼んでおいたモノ……

 まだ試作段階らしく、少し太めの"注射針"をシグの手のひらで燃えている火で炙る。


 今回の応急処置には丁度良い太さだ。

 そして……炙った注射針を僕が普段いつも持ち歩いている消毒用アルコールで殺菌……

 コレだけすれば多分十分な筈だ。


「べ、ベイリス? そんなもの何に使うの!?」

「トレビジスさん! 念の為、アロビ君を抑えておいてください、後この後どんな物を見ても気を取乱さないでください!」

「あぁ、分かった!」


 この注射針を胸膜に垂直に……アルコールで皮膚表面を殺菌した、第ニ肋間鎖骨ろっかんさこつ中線へ刺す……

 それで胸腔穿刺きょうくうせんしが出来る筈だ。


「痛いかも知れないけどごめんね。」


 もしここに局所麻酔薬キシロカインがあったら、使って痛みを取ってやりたいんだが、残念ながら似たようなものは持っていない……


 意を決してアロビ君の第二肋間鎖骨中線へ注射針を垂直に指す。

 …………すると「シュ〜」と、音を立てて脱気ができているのが確認できる。


 そして、耳を近づける。


 うん。無事呼吸が回復したようだ。

 見るからにしてさっきよりも呼吸がらくそう。

 本来はここで胸腔ドレナージ……創傷治療法をするんだが、あいにく道具が無い。

 それに、この世界には回復魔法があるじゃないか……わざわざ傷を増やす必要もないな。


 …………? 回復魔法が無い世界なんてあるのか?

 自分でふと頭に浮かんだ言葉なのに何故か違和感を感じる。

 いや、自分が気づいたこんな事をしてしまっていること自体が自分ですら不思議でならない。



「トレビジスさん、これで治療院までなんとか持つはずです。」

「お父……さ……ん……何だかチクってしたら……息をするのが大分楽になったよ……」


 チクって……もっと痛いはずなのに……凄いな。


 ちょうど応急処置が終わった瞬間、学び舎の教師らしき人物が馬車に乗りながら門の前まで来ている。


「トレビジス学舎長先生! 馬車持ってきました!」

「教頭先生! 生徒達の帰りの見送りをお願いします!」

「学舎長先生、お気を付けてください!」

「トレビジスさん、待ってください! 念の為僕も町の治療院までついて行きます。」

「あぁ! 分かった、ベイリス君、乗ってくれ!」


 アロビ君を乗せ、トレビジスさんと一緒に乗り込む。


 意識はあるが、念の為治療院までちょいちょい脈を確認しながら話し掛けたりしている。

 今のところ容態の悪化は見られないな……


……………………………………………………………………


 何とかアロビ君の容態の悪化もなく馬車は治療院まで着き、中級回復術士三人のおかげで胸膜内で圧迫され縮んだ肺も、折れた肋骨も、何事も無かったかのように戻ったようだ。


 後遺症も無く無事って……やっぱり回復魔法って凄いな。


「ベイリス君、ありがとう……息子を助けてくれて本当にありがとう。」

「いえいえ最近、僕も瀕死の所をロクス兄さんに助けて貰ったのでそんな……」


 トレビジスさんの状況理解力は本当に凄いと思う。

 普通、治療の為とはいえ、自分の子供の胸にこんなモノを刺されるってかなり抵抗がある筈なのに……


 馬車の松明で照らされ、手のひらで輝いている注射針を見ながらそう思う。


 まぁ、今思えばあの時テーピングを教えたのもかなりデカかったのかもな……


「お兄さん、ありがとう!」

「ううん。アロビ君もよく頑張ったね。さっき胸腔穿刺を麻酔無しでやったのに、声一つ上げなかった。それにあんなに高いところから落ちたのに怪我が思ってたよりも軽かったのが不思議だったよ。」


 人によって痛みの感じ方は違うけどアロビ君は、結構痛みに対する神経が鈍いのか、アドレナリンが過剰に分泌されて痛みを感じていなかったのか……

 兎に角、普通とはちょっと違う感じがする。

 あの程度で済んだってやっぱりそういう特殊な物があるのか?


「あっ、けがが軽かったのはたぶんじめんにおちるときにとっさに風の魔法を使ったの。」

「ん゛!?」


 と、咄嗟とっさにそんな発想が出来るって凄いな……

 流石商業の天才の息子。

 商業の世界って結構発想が重要だったりするんだよな。

 風の魔法か……そう言えばロクス兄さんも中級まで使えるんだっけ? 

 普通の魔法なら気づいたら自然と使えてるんだけれど、回復魔法は資質が重要で、さらに特殊な力の廻し方をするらしいんだよな。


 資質の無い人がその廻し方をやってみても回復魔法は使えないし、資質のある人はその廻し方を学ばないと回復魔法は使えるようにならない。


 本当に魔法って不思議だな。


「そう言えばベイリス君、さっきの対処方法は何処で知ったんだぃ?」

「あっ……そ、それは……何で知っていたのか僕自身にも分からなくて――……」


 ………あれ? 確かにもう一回良く考え直せばそうだ。

 何で僕はあの時にあんな事ができたんだろう?

 あの時はとにかく夢中で、自然と知らない単語、知らない筈の対処方法がどんどん頭の中に浮かんできた。

 ほんとに僕は一体でどうしちゃったんだ?


「ふふっ、誰にでも秘密はあるもんだよ、今のは聞いた私が悪かった。もう真っ暗だからベイリス君の家まで送っていくよ。」


 トレビジスさんは、商業家の勘で何かを感じ取ったみたい……


「あ、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて……」


 馬車に乗っている間にも何故、自分にあんな事が出来たのか考えてみたものの、結局自分自身の事なのに自分でも分からず終いになった。

 唯一しっくりくる答えが、あの記憶は自分のモノでは無い……

 僕に"なる前"の何者かの……前世の記憶……

 それだけが、何故だか薄っすらと分かる。

 恐らく原因は三日間死の淵を彷徨ったアレとしか思えない。


 う〜ん……なんか面倒臭いしこの事について考えるのは一先ひとまず置いておくか。

 他にも何か、ボンヤリ覚えているような気もするが……

 まぁ、別に困っているわけではないし良いか。


 あ、家が見えてきた。


「アロビ君、怪我には気を付けてね、お大事に〜」

「お兄さん、今日はありがとう!」

「ベイリス君、今日は本当にありがとうね。」

「ではまた何かあったら呼んでください。」


 そして僕は馬車から降りる。


 トレビジスさんの乗った馬車が出ていくのを見送ってから家の中に入ろうとすると、扉の横に何かの入った箱があるのに気づく。


「ん? なんだこの箱? 暗くて全然気づかなかった。」


 取り敢えず箱を持って家の中に入る。

 明かりを付けて箱の中を見てみると………


「あっ、コレ野菜だ。この紙は―――」


『ベイリスへ

 ベイリス!! 急にトレビジスさんについて行っちゃったからあの後凄く心配したのよ!!

 取り敢えず貰った野菜はシグと私で運んでおいたけど、一緒に報酬で貰ったお金を入れとくのは流石に少し危ないと思ったから私が預かってるわ。

 返して欲しかったら明日、シグに頼んでた毎年のアレの採取手伝ってあげるから、あの後アロビ君が大丈夫だったか?

 後その他色々教えてね!!!

 あ、明日の集合は何時もの時間で何時もの場所で―――って殆ど今日と同じでヨロシクッ!

             メアリより』


「………やっぱり説明か、上手い言い逃れの仕方とか考えないとな……」


 風呂に家の裏にある井戸から汲んできた水を張る。


 身体強化のお陰で一度にいっぱい水を運んでもそんなに疲れない……

 だけどこう言うのが面倒に感じる。

 メアリみたいに水の魔法が使えればこういう時楽そうなのにな。


 そして、外に出て火を付け、水を温める。


「さて、風呂が沸くまで夕飯でも作って食べるか。」


 今日は採れたての新鮮な青野菜があるし取り敢えず―――……

 ……一番手が掛からなくて素材の味を生かせるサラダにでもするか。

 後はポタージュとか作って主食は麦飯で良いか。


 かまどに火を付け、小さい鍋二つを乗せ、片方に水を入れ、洗って皮を剥いた芋を入れて湯を沸かす。

 もう片方に麦飯を入れ、軽く研ぎ水を張り替えて炊きあがるまで蓋を締めて当分放置。

 湯を沸かしている内に洗ったキャベツ、トマト、レタスを切って簡単に盛り付ければサラダの完成。


 次に輪切りにして4等分にしたダイコンをお湯の中に投入。


 さて、と……


「ふぁ〜あ……眠っ――……ってアレ? 何で僕、中央都市で衝動買いしちゃったこの調味料……えーっと"味噌"だっけ? コレ溶かしてんだ?」


 長期間保存できるって何となく買っちゃったやつ……

 しかも結構入れちゃった……う〜ん作り直すのも面倒くさいし、野菜が勿体ないし……

 しょうがない。この得体の知れない調味料の溶けた、得体の知れない汁物でも飲んでみるか。

 不味かったら不味かっただ。

 そんなに大量に作った訳じゃないしこの位の量、我慢すれば飲み干せない量ではないだろう。

 …………にしても気づいたらこんな事してたって……かなり疲れてるんだな、僕。


 取り敢えず出来上がったサラダ、麦飯、謎汁を器に盛り付けてテーブルに運ぶ。


 そしてそれ等を食べ進めて行って謎汁を飲んだ所である事を知る。



「あっ、やっぱり謎汁味噌汁って美味しい…………」

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