第5話【緊張性気胸】

 西の農園に向かっていく。

 う〜ん! やっぱり広い! 広すぎる! トレビジス農園!


 どのくらいの大きさがあるんだろう……もう、この段々畑みたいになっている所があるんだがなぁ……

 上から見るとこの山を4分の1は畑になっているような気が……

 下手すりゃ馬車で移動したりする所もあるもんな。


 さて、メアリの話によるとこの辺にトレビジスさんがいる筈だが……

 子供達が不自然に群がっているだけで、トレビジスさんが見つかんないな。

 にしても15歳〜16歳位の学び舎の生徒達があんなに集まってるって、もしかして何かあったのか?

 知り合いの子も居るし、聞いてみりゃ早いな。


「おーい、君達、何かあったのか〜?」

「あっ、ベイリスさん! さっき突然、猪型の魔物が現れて、僕達だけでなんとか魔法を駆使して倒せましたが、学舎長先生か………」


 学舎長先生? あ、トレビジスさんの学び舎での立場か。

 それを理解するのに少し時間が掛かった。


「トレビジスさんに何かあったの!?」


 メアリが食い入るように話に入ってくる。

 すると学び舎の生徒達の壁の後ろからトレビジスさんの声が聞こえる。


「痛ててて……ちょっと逃げ遅れた生徒を庇って手と脚を痛めてしまってね……」


 学び舎の生徒達の壁が二つに割れて、後ろから切り株に腰掛けているトレビジスさんが現れる。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、ありがとうシグ君。折れてはい無いみたいなんだが、この手と足じゃ今日の仕事に支障が……」

「それなら僕達がやっておきますよ。」

「ベイリス君、その気持ちは嬉しいよ。だけど、自分が働かずに他の人にばかり任せっきりなのは嫌なんだ。それだけは避けたいんだよ。」


 …………そう言えばトレビジスさんって一部エイテ親父に似て頑固な所があるんだったな……

 確かいつだか聞いた話によると、トレビジスさんってエイテ親父と従兄弟の関係なんだっけ?


「無理をしたら今後に響くかもしれませんよ。」

「いや、しかし……」


 トレビジスさんの意志は固いみたいだな……

 人にばかりやらせずに自分も同じ立場に立って同じ仕事もする……

 まさに働く人の上に立つ者の鏡って感じがする。

 

「ちょっとトレビジスさん、痛めたところを見せてください。」

「…………? あぁ、別に構わないが、何かあるのかい? ベイリス君。」


 う〜ん……これじゃあ、普通に何もせずに働かせるのは厳しそうだ……

 何か良い方法は――――

 すると、不意に朝の様にまた何かが思い浮かぶ。


 おもむろにいつも持ち歩いているバックから止血用……

 それ以外に使い道が無いと思われていた"包帯"を取り出し、腕と脚にあまり見ない巻き方で巻きつけていく。


「さて巻き終わりました、トレビジスさんちょっと腕と脚を動かしてみて下さい。」

「ん? …………!! あれっ!? 痛みも引いて動かせる様になった!? ベイリス君もしかして君は回復魔法が使えるようになったのかぃ!?」


 トレビジスさんがかなり驚いているのが分かる。


「いやいや、これは回復魔法ではありませんよ。"テーピング"と言うものです。」

「てえぴんぐ?」

「そうです。この様に包帯で関節や筋肉を固定する事で痛めたところら辺を補強する事ができるんです。」


 包帯が思ったよりうまく巻き付いてくれたし、まぁまぁ弾力と伸縮性が高かったから効果は大きいだろうな。


 まさか、テーピングがこの世界に存在して無い筈の未知のモノだった、と知ったのはこれからかなり後のことだった。


 テーピングをしたトレビジスさんは、何事も無かったかのように学び舎の生徒達と作業に戻って行って、僕達もその日は手伝いをして終わろうとしていた。


「いやぁ〜シグ君達が来てくれたおかげで今日はかなり助かったよ。ベイリス君もやっぱり相変わらず作業は早くて丁寧だし……てーぴんぐ……だっけ? コレのおかげでかなり助かったよ、本当にありがとう。」

「いえいえ、こんなに僕達も青果とか貰っちゃっていいんですか?」

「いいの、いいの、また収穫シーズンになったら是非また手伝いに来てね。」

「「「分かりました!!」」」


 僕達は今、報酬を受け取る為にトレビジスさんの学び舎の建物に向かっている。

 最年長者の生徒達が何かあったら何とか対処してくれるだろうけども、念の為の引率も兼ねて受け取り場所をこの建物にしてもらった。

 家として使ってる建物にも金はあって、学び舎の建物にも金があるって何か……凄いな。


 夕暮れ時、学び舎の白い建物がやけに赤く染まっているように見える。

 なんだか分からないけど嫌な色だ。

 何人かの生徒がこちらに気づいて建物のベランダからトレビジスさんに手を降っているな。

 そんだけ周りからの信頼も厚いみたいだ。


「お〜い!!」


 一人の生徒がベランダの柵から身を乗り出して手を降ってきている。

 トレビジスさんも優しく手を振り返して「危ないからあんまり身を乗り出すんじゃ無いぞー!!」……とその子に注意をする。


 確かに危なっかしいな……結構ギリギリを攻めているような感じがするぞ。


 すると男の子は――


「へーきだよ! ほら、柵の上でも立てちゃうんだよー!」


 ――――って! さっ、作の上に登った!?

 いや、正確に言うと長い柵と柵を繋ぐ中間地点みたいなところで、十五センチはしっかり固められているところだ。


「ちょっ! 君! 危ないから早く降りな!!」

「早まるな!! 危険だぞ!! どっかのメアリさんみたいに!!」

「ちょっ! シグ! そんなこと言ってる場合!?」


 不味いな……あれは落ちたらかなり不味い高さだぞ。


「お兄さん達の言う通り早く降りなさい!!」

「えーーこっからもっと凄いことが出来るのに〜〜」

「「「「いいから早く!!」」」」

「はいはい、お兄さん達もそんなに怒らないでよ〜〜」


 やんちゃな男の子が柵から降りようとした瞬間……突然、突風が吹き向けた。


――――――――――――――――――――


 今思えば朝からの嫌な予感は恐らくこの事をさしていたのだろうか……


 この時は簡単な応急処置をしたつもりが……

 まさか自分の人生を大きく揺るがす分岐点の一つだったとは、このときの僕は知らなかった。


 今でも鮮明に、その時の瞬間はまるで時が遅くなったかの様に感じたのをよく覚えている。


――――――――――――――――――――


 目の前には、風に煽られて二階という高さから男の娘が落ちる瞬間――――…………


「「「「……………――――!!!」」」」



 その場にいた全員が一瞬固まった。

 その場にいた全員が声の無い悲鳴を上げる。

 その場にいた全員が一瞬で大変な事が起こったと瞬時に理解する。


 男の子が二階の高さから落ち、「ぐえっ…………!!」っと言う声を上げる。


 そして反射的にその場にいた全員が駆け出す。


「誰か! すぐに馬車の手配を!!」


 トレビジスさんの大きな声を聞いて、学び舎の中にいた複数の教師が事態に気づいたようだ。

 すぐに何人かが馬車を取りに行く。


 そして落ちたこの子は何処かで見覚えがある……


「ベイリス! この子ってロクス兄さんの弟のアロビ君じゃないの!?」

「やっぱりそうか……という事は――」


 トレビジスさんの二人の息子のうちのもう一人か。


「あ……あれ……? ……おかし……いな…いつも……こんなこと……ないの…に……うぐっ!!」

「喋るんじゃ無い! 今とても危険な状態なんだぞ!」


 トレビジスさんは普段こんな声を出さない。

 かなり焦っているのが分かる。


「トレビジスさん、スイマセン、ちょっとどいて下さい。」

「あっ…あぁ、ベイリス君! もしかしてこういう時のてーぴんぐみたいな対処方法を知っているのかい!?」

「出来るだけ、応急処置をしてみます。」


 アロビ君は息をするたびに「ゼェゼェ」言っていて、偶に咳も出ている。

 ……嫌な予感が……


 顔を少し上に向けさせて"触診"で喉仏が片側によってしまっているのが確認できる。 

 そして、頸静脈けいじょうみゃくが少し通常よりも腫れてしまう、"怒張"も見られる……

 どうやら嫌な予感は当たってしまったらしい。


「これは……緊張性気胸で間違いはないだろう。」


 不味いな……だとしたら……


「きんちょうせいききょう!? ベイリス君、なんだいそれは!?」

「恐らくアロビ君はうつ伏せの状態で地面に付いてしまった為、"胸部打撲"によって"肋骨ろっこつ"を骨折してしまい、それが要因となって肺に傷が生じて、肺と"胸膜"と言う物の間に空気が入ってしまってます!」

「???? ベイリス君、聞き慣れない単語が幾つか出てきたが、どういうことなんだぃ? アロビの呼吸も段々と苦しそうになっているみたいなんだ!!」


 しまった、半分パニック状態にこの説明は難しすぎたか………!


「気胸というものは胸膜というものが肺から漏れ出た空気によって、風船のように膨らんでいってしまい、それにより圧力が高まって心臓やもう一方の肺が圧迫されていってしまっています。」

「??? ベイリス、アロビ君は助けられるの!?」


 メアリが心配そうにそう言ってくる


「既にアロビ君の片方の肺の呼吸音は小さくなってきていて、脈も弱まって来ている……これでは急いでも治療院まで持つかどうか……」

「な、なんだって!? じゃあどうすれば……!」


 本来は直ぐに"胸腔穿刺きょうくうせんし"を行うんだが、今は使えそうな道具が何一つない……

 短刀を使うか? いや、流石にこの短刀では無理があるかも知れない。

 どうすればアロビ君を救えるんだ!!


 何か、何か無いか…………!!

 アロビ君を救えるすべは……!!


 そんな時、エイテ親父が朝に僕が頼んできたモノを作って持ってきてくれたのは……

 今思うとかなり大きな分岐点だったのであろう。


「べぇイぃリぃスぅ!! ようやく見つけたぜ、頼まれたモンが出来上がったんだ! 最高傑作だぜ!! ぜぇ……ぜぇ……」


 後ろを振り向くと走り回って僕を探して、肩から息をしているエイテ親父が立っている。


「何だって!? エイテ親父!

丁度ソレが必要だったんだ!!」


 エイテ親父から""頼んでいたモノ"を受け取る。


 これで道は開けた…………!

 応急処置が行える!!

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