嘘つきのお茶会 続


 一度魔王になったプレイヤーには、二つの特権が与えられる。

 一つは、ドラゴンカードの所持。配られた手札に二枚、その最強カードを加えることができる。これだけでも充分有利だ。とは言え、先ほどのゲームでオレはこの状態で三位だったため、必ずしも勝利が確定するわけではない。

 二つ目は、指摘失敗の帳消し権。一度だけ、指摘を失敗した場合でも捨てられたカードを回収しなくて良い。これをどこで使うかでゲームの流れは変わってくる。

 運命の第二戦が始まろうとしていた。ここでプレイヤー達に生まれるのは三つの立場だ。一つは、第一戦のゲームで命令を下されたパトリシア。何としても勝利して命令を無効化したい。二つ目はアヤさん。第一戦目勝利した彼女は、非常に有利にゲームを運べる。彼女のプレイングに他のプレイヤーは翻弄されるだろう。

 そして三つ目が、それ以外のプレイヤーだ。オレ達が目指すのは、アヤさんの二連勝の阻止である。もしここでアヤさんに勝たれると、次の命令期限は一か月となる。先ほどのパトリシアへの命令を鑑みても、かなり厳しい命令、いや、罰が下されるのは明白だ。四人は必勝の構えでゲームに臨む。


「ほなやろか」


 赤の一を持っていたのはアヤさんだった。それだけでプレイヤー達に緊張が走る。この人が最初に、無条件に手札を減らした。後からいくらでも挽回出来るとは言え、それだけで大きなプレッシャーなのだ。

 時計回りになるため、次は団長だ。ノータイムで二を出す。次はリュカ、次はリーリと、順調にカードが捨てられていく。このゲームの特性からして、しょっぱなから番号に適したカードがないこともあるのだが、皆それはないようだ。

 ここで、オレの番が回ってきた。出すべきカードは五。しかし、オレの手札には五がなかった。仕方ないので六を捨てる。しかし、


「嘘や」


 アヤさんの鋭い指摘が光った。くそ。何でそんな簡単に分かるんだよ。オレは何も言うことなく全てのカードを回収する。だが、それらがオレに衝撃を与えた。


「な、に……?」


 オレが回収したカードは、八、十一、六だった。アヤさんの一はちゃんとしていたが、それ以降誰一人として正しいカードを捨てていない。だと言うのに、三人とも何食わぬ顔でゲームをプレイし続けている。さらには、オレに自分たちのプレイングが知られた今もなお平然としている。

 侮っていた。オレはこのゲームを、いや、プレイヤー達を完全に侮っていた。第一戦など、負けさえしなければ良い、例え負けたとしても充分巻き返せる戦いに過ぎない。彼女達は窺っていたのだ。第一戦で誰がどんなプレイングをするか。しかし、オレはそんな事一切頭になく、ただ負けの回避だけのつもりでプレイしていた。出遅れている。明らかに出遅れている。ここから始めるのは、互いをけん制しあい、貶めあい、殺しあう真剣勝負だ。


「リュカちゃんが次魔王になったら、どんな命令する?」


 と、ここでアヤさんがリュカに会話を持ちかけた。全員の視線がリュカに集まる。普段の彼女ならそれだけで照れてしまうはずなのだが、今は違う。一度可愛いらしく口元に手をやった後、笑顔で言った。


「アヤさんはどうしますか?」


 質問を質問で返した! あなたの揺さぶりには乗らないぞ。そんな強い意志が見て取れる。だが、


「そやなぁ、うちがもし勝って、リュカちゃんが負けたら、明日から一年間、リューシちゃんと寝てもらうよ」


『っ!?』


 アヤさん以外の全員が、手札を取り落としそうになるほど肩を震わせた。何と言う、何と言う重い一撃。


「そ、それは。へえ、何と言いますか……」


 自分で言うのも何だが、これはリュカに取って悪魔の囁きだ。だって彼女が負けても損がない。昨晩オレと一緒に寝たいと言っていたのだから丸わかりだ。しかし、ここでリュカは考えるだろう。アヤさんは、本当に真実を言っているのか?

 このゲーム、勝つ事は難しいが、負けることは簡単だ。ただひたすら指摘をするか、番号にそぐわないカードを出し続ければ良い。つまり、リュカは負けることが出来る。だが、もしアヤさんが嘘を言っていたら? 本当は全く別の命令の可能性だってある。むしろアヤさんはそれを簡単にしかねない。リュカは悩む。考える。

 そして、周りの連中も同様だ。団長やパトリシアも、おそらくオレと一緒に寝ることに抵抗がない。むしろそれを望んでいるだろう。ならば、自分達も負ければ、同じ命令を受けるのではないか? だがそれも嘘かもしれない。負けて良いのかいけないのか。

 唯一違うのはリーリだ。リュカとオレの婚約関係を嫌う彼女は、是が非でもアヤさんの命令は阻止したいはずだ。従って、リュカを負けさせることはあり得ない。今後リュカにプレイングで手心を加えるだろう。

 アヤさんの一言で、一瞬にして場が狂わされた。誰もが動揺し、焦り、惑う。自分にとって何が一番得か、損かを探る。そしてその中間点も。アヤさんの一人勝ちを防ぐと言うプレイヤー間の協力は、一瞬にして崩壊した。


「私が勝ったら、負けた者には恥ずかしい服を着せるぞ」


 ここで次の一手を打ってきたのは団長だ。手札からカードを捨てながら、自身の命令を宣言する。


「そりゃええなぁ。団長ちゃん、嘘」


「……」


 団長はカードを回収した。つまり、自分が捨てたカードへの関心をそらすためのフェイクだったのだ。団長め、騎士団長のくせになかなか姑息な手を使ってくる。

 だが、驚異的なのはアヤさんだ。オレ達他の四人は団長の言葉に反応してカードへの注意を怠ったというのに、アヤさんだけはそんな小細工に惑わされることもなく指摘した。

 当然と言うか、予想通りと言うか、やはりアヤさんは一枚も二枚も上手だ。ただ個人でこの人に挑みかかっても勝ち目がない。そこで再び生まれたのは協力関係だ。オレ、リュカ、リーリ、団長、パトリシア。誰一人目配せすらしなかったが、打倒アヤさんの体制が再び出来上がった。


「七」


「八です」


「九」


「十」


 淡々とカードが捨てられていく。既に三十枚近くのカードが捨てられていると言うのに、誰も指摘をしない。ここまで場のカードが増えてしまうと、リスクが高過ぎて指摘がし辛くなっているのだ。


「十三」


「一」


「嘘やわぁ」


 しかしここで、アヤさんが指摘した。一を捨てたのはリュカ。その手がゆっくりとカードをめくる。その数字は、


「一、ですよ」


「おや」


 ゲームが動いた。それも、こんな意外な形で。これでアヤさんの手札は一気に三十枚を超える。流石にこれでは負けは濃厚だ。指摘帳消し権を使うだろう。まぁ、アヤさんの魔王特権を一つ減らせただけでもリュカのファインプレーだ。だが、アヤさんは思いもよらない行動を取った。


「失敗したわぁ。こんなにもカード増えてしもて」


『なにっ!?』


 指摘帳消し権を使わないだと? 心理戦と言うことで誰しもがポーカーフェイスを保っていたが、それが消し去られた。アヤさんは場のカードを拾い、ゆっくりと並びを整える。しかし、彼女の手は羽なので、あまりに手札が多すぎて持ち切れない。どうするのかと見ていたら、さらにおかしな行動に出た。

 手札をベッドに置いたのだ。七並べをするかのように丁寧に一枚ずつ並べていく。それだけならまだ分かる。しかし、その並べ方が異常だった。並べた全てのカードを表に向けているのだ。これでは、アヤさんがどんなカードを持っているのかバレバレだ。


「あ、アヤさん、見えてますよ……?」


「え? いややわぁリューシちゃん。早よ言うてや」


 アヤさんは胸元のボタンを一つとめた。


「いや! そうじゃなくて!」


 ボタンは開けといてくれよ!


「それじゃあカードが丸わかりですよ!?」


「ん? 良えやん別に。減るもんでもないし。それにこんなようけあったら見せてもかまんやろ」


「そ、そうですか?」


 確かに、それだけ手札枚数ならほぼ全ての番号のカードを所持しているだろう。しばらく指摘されることもないし、アヤさん自分の手札を見て他のプレイヤーに指摘をしていけば良い。

 しかしだ。普通そんな事するか? 戦いの場で手の内を見せるなど武器を全て捨てて全裸になるようなものだ。つまりアヤさんは今全裸だと言うことになる。アヤさんの全裸。考えただけで鼻血が出そうだ!


「い、良いですか? 続けますよ」


 アヤさん以外の全員が動揺したまま、プレイが再開された。













「嘘」


「嘘や」


「はい嘘」


 状況は一言。アヤさんの無双状態だった。六回連続の指摘成功。誰一人として上がることなく地味なプレイが続いている。

 アヤさんのプレイの何が上手いって、指摘のタイミングだ。誰かの手札が少なくなった所に指摘をする。おかげでで手札を三枚以下にしたプレイヤーが一人もいない。彼女自身は手札の多さを利用して順当にカードを捨てていくし、他のプレイヤーには満遍なく指摘をしていくために、それぞれが少しずつ手札を増やしていく。

 そしてとうとう、アヤさんの手札が五枚。他のプレイヤーが皆十枚前後と言う状況になった。しかも、アヤさんは一度もドラゴンカードを使用していない。つまり手札は実質三枚。ゲームの残り時間はあと二分。このままだとアヤさんの二連勝が確定する。だが、誰も指摘が出来ない。当然だ。アヤさん以外の全員の手札はほぼ同数。ここで指摘を失敗すれば一気に手札が増えて、タイムリミットを迎えてしまう。誰も上がりの者がいない場合、タイムリミット時に最も手札が少ない者が魔王、多い者が低級魔族となる。そんな冒険は犯せない。しかも、全員の手札枚数が十枚前後なのも嫌らしい。予測が難しいのだ。手札の少ないアヤさんに指摘にすれば良いと思うかもしれないが、彼女にはドラゴンカードが二枚もある。誰も動けないまま時間だけが過ぎていく。しかしここで、


「嘘です!」


 リュカが動いた。彼女の手札枚数は六枚。場にあるカードは七枚。


「良えんやな?」


「誰かが勝負しないといけないのです」


 リュカが指摘した相手はアヤさんだった。彼女の手札は四枚。つまり、二分の一の確率でドラゴンカードだ。だが、ここを逃せばアヤさんの勝ちが決定する。リュカの捨て身の指摘だった。やだ男前! 惚れてしまいそうだ!


「ふふ」


「さぁ、めくって下さい!」


 アヤさんがゆっくりとカードをめくる。ドラゴンか、そうでないか。例えそうでないとしても、順番に適したカードの可能性もある。アヤさんが出すべきカードは六。全員が固唾を飲んでカードを見つめる。アヤさんの羽根がはらりと落ちた。


「五、だ……」


 アヤさんがめくったカードの数字は五。ドラゴンでも、六でもない。


『いよっしゃああ!!』


 歓喜が爆発した。天高く拳を振り上げるリュカに皆して抱きつく。残り時間はあと一分足らず。これならアヤさんに勝てる!


「はい七やで」


「八」


「九」


「う、そ、や」


 しかし、アヤさんが何食わぬ顔でゲームを再開したので、皆大人しく座り直す。そして、九を出したリーリがアヤさんに指摘を受けた。


「そ……んな。バカな、バカな……!」


「ざぁんねんやったねぇ」


 アヤさんの手札は十四枚。そして、リーリのカードは、十六枚になってしまっていた。

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