嘘つきのお茶会
「嘘つきのお茶会」とは、このカードその物の名前と、このカードでプレイ出来るあるゲームの名前のことを指すらしい。
「赤、青、白、黒の絵札がそれぞれ十三枚あります」
要はトランプである。
「嘘つきのお茶会は、プレイヤーにカードを配り、一から順番にカードを捨てていくゲームです。一の次は二、二の次は三、と言う要領です」
そして、最大数の十三になるとまた一に戻る。
「自分の順番の時に該当されたカードを持っていない場合でも、必ず何か捨てなくてはなりません。それが見逃されたらそれで良し。ただし」
「それが嘘やと思た他のプレイヤーは、『嘘つき』って言う。その指摘が合えば、カードを捨てたもんが場に溜まっているカードを全部を手札に戻される。逆に、指摘が合わんと指摘したプレイヤーが全部戻されるっちゅうゲームや。カードがなくなった者が勝ち」
全く同じルールのゲームをオレは知っている。しかし、ここからが魔界流だ。
「一番最初に勝った者は魔王、最後まで残った者は低級魔族となる。魔王は低級魔族に何でも一つ、命令を行える。拒否権はない」
「なるほど」
ダウトと王様ゲームと大富豪がごっちゃになっているんだな。
「そして、その命令の期限は一週間、一年、一生と三段階あります。一回魔王になったプレイヤーの命令は一週間。二回魔王になったプレイヤーの命令は一カ月。そして、三回魔王になったプレイヤーの命令の期限は一生です」
「……どんな命令でも?」
「どんな命令でも」
「ちなみに、ある酒場でこのゲームが行われた際、三回魔王になった者が下した命令は、敗者がそれから毎日その酒場で裸踊りを披露すると言うものだった。その者は心身を壊して死亡した」
その内容に震えが起きた。何と言う危ないゲームだ。しかも、それを、今のこのメンバーでやろうと言うのだ。
オレ、リュカ、リーリ、団長、アヤさん、パトリシア。六人全員がゴクリと生唾を飲み込む。
「リスクがでかい分、報酬も大きい。このゲームで貴族になった元奴隷もおるんよ」
このゲームは、この世界における最大の度胸試しであり、賭け事であり、人生の大逆転チャンスなのだ。
「一度ゲームをしたメンバーではもう二度とゲームは出来ません。行うためには、最初のゲームの二倍のプレイヤーが必要になります」
ここにいるのは六人。つまり、またゲームをするためには十二人が必要だと言うことだ。しかし、それではメンバーが多すぎてゲームにならないため、実質オレ達の一生のうちの最初で最期のゲームだ。
オレははっきり言って、このゲームはプレイしたくない。リスクが高過ぎる。その割にオレが命令したいことなどもない。あるっちゃあるのだが、それを言えばおそらく一生幻滅されてオレの人生が詰む。ハイリスクノーリターンというやつだ。さらに、
「ほなやろか」
「ふふ。腕がなる。私はこのゲーム初めてなのだ」
ここには、アヤさんと団長がいる。二人とも言わずもがな、かなり危険な命令をしてくるだろう。
しかし、この中の誰一人としてゲームを辞退する、もしくはプレイを辞めさせる者がいない。皆目を爛々とさせてシャッフルされるカードを見つめている。いや、ちょっと待て!
「アヤさん!」
「ん? なん?」
カードをシャッフルしているのはアヤさんだ。
「あなた、イカサマしてないでしょうね? いやしてますね!」
「もう、リューシちゃん。うちは魔族でハーピー族で皆の頼れるお姉さんやで? そんなんもちろんするに決まっとるやろ?」
「やっぱり!」
いけしゃあしゃあと! 気がついてよかった。アヤさんからカードを奪い取ると、裏向きにしたままベットにばらまいた。それを皆でごちゃ混ぜにする。ゲーム会場はオレの部屋。広いベットの上に皆して座っている。
しばらくそうして、最期に皆が順番に好きなカードを一枚ずつ取っていった。だいたい八枚から九枚のカードをそれぞれ持つ。このゲームを上手く回すには少し持ち札が少ない。
自分のカードを確認する。だいたい満遍なく数字が割り振られている中、二枚のカードが目に入った。
それは、全てのカードに数字が書かれている中で、唯一それを持たないカード。神々しいレッドドラゴンのイラストの描かれたカードだった。言われなくても分かる。これはジョーカーだ。しかも二枚。完全に有利な手札だ。
「では始めましょう。最初は、赤の一を持っている方からです」
「私だ」
団長が静かにカードを捨てた。この場の全員が、期待感と緊張感のないまぜになった表情で手札を構える。人生を賭けた一戦が、今始まった。
「七」
「八」
「九」
「じゅ……」
「嘘や」
パトリシアが出そうとしたカードを、アヤさんが止めた。震えるパトリシアがめくったそれは、十などではなく四だった。
「う、うう……」
「はい、パティちゃん回収です」
このゲームは、手札が少なくなるほどカードを捨てにくくなる。今パトリシアは残り手札三枚のところだったのだが、アヤさんの指摘で二十枚以上回収した。トップだった彼女は途端にビリになる。
「十一」
「十二」
「十三」
「一」
「二」
「はい嘘」
リーリが悔しげにカードを回収した。またもやアヤさんの指摘だ。ゲームが始まって約十分。彼女はすでに五つの指摘を的中させている。
このゲームは、その性質から魔法や種族的特技の使用を禁止されている。イカサマが出来ないのだ。それだと言うのに、アヤさんは次々と指摘を当てる。彼女の手札が多いわけではない。それが動物的直感なのか女の勘なのかは分からないが、とにかく強い。そして、とうとう、
「六」
「七」
「八。はい上がり」
アヤさんが手札を捨て切った。プレイヤー達に衝撃が走る。絶対に勝たせてはいけない人を魔王にしてしまった。オレも恐怖で手札がこぼれ落ちそうになる。
「さてさて、誰がうちの命令聞いてくれるんかな?」
楽しそうにベッドの上でゴロゴロするアヤさん。その顔は従順な子羊を今か今かと待ち焦がれていた。
「えっと、九」
「十だ」
「十一」
「嘘です」
オレが出したカードを、パトリシアが指摘した。確かに、オレは十一を持っていなかった。彼女の今の手札の多さからも、互いの持ち札が予測出来る。しかし、
「悪いな」
オレがめくったのは、ドラゴンのカード。トランプにおける最強カードだ。
「う、うう……。うう」
またパトリシアの手札が増える。しかも、彼女はドラゴンのカードを回収出来ない。このカードは、最初に手にした者のみの特権なのだそうだ。オレに残るドラゴンカードはあと一枚。文字通りこれが切り札となる。
「三」
「四。上がりです」
アヤさんに続いてリュカが上がった。以前リュカはカードゲームは得意だと言ってたな。これはほとんど運のゲームだが、運も実力のうちという奴だ。確かに手堅く二位を取った。
「上がりだ」
そして、リュカに続いてオレも上がった。最期は数の回り方を計算した結果ドラゴンを使う必要もなく上がることが出来た。最初の持ち札が強かった割には平凡な成績だが、負けさえしなければ良い。
「七」
「八」
「九。私も上がりだな」
リーリが安心したように息を吐いてカードを捨て切った。残るは団長とパトリシアのみ。お互いの手札は多い。しばらくは淡々と数を捨てていくだけのゲームと化す。
「六……」
「嘘だ」
互いの手札が三枚になったタイミングだった。団長の鋭い指摘が飛ぶ。もちろん大逆転は可能だが、ここから一気に手札が増えることは避けたいはず。パトリシアがめくったカードは、
「やはりな」
九だった。どうやって見抜いたのかは分からないが、これでパトリシアの手札が一気に増える。そして、これにより団長の勝利、パトリシアの低級魔族が確定した。このゲームは、人数が少なくなると極めて上がりにくくなる。よって、時間制になっているのだ。その残り時間は約十秒。ここからパトリシアが巻き返すことは物理的にあり得ない。
「い、いや……いやぁ……」
パトリシアが持っていた手札全てをぶち撒け、ベッドから逃げ出す。が、それをリーリと団長が捕まえた。
「許せ、パトリシア」
「逃げたらダメだ」
このゲームは逃げたところで命令から逃れられたりしない。だが、それでも逃げ出さずにはいられなかったのだろう。だって、今から命令を下すのはアヤさんなのだから。
団長に羽交い締めにされたパトリシアは、そのひらひらのスカートがめくれることも忘れて暴れる。オレはそれを見てドキドキしていたのだが、後ろのリュカがそっと、
「エドガーさま?」
耳元で囁いてきたので我慢した。
「まあ、うちとパティちゃんの仲やし、そんなキツイんはやらんよ」
「ほ、本当ですか!?」
アヤさんが心底楽しそうにニコニコ笑う。
「明日から一週間、下着つけたらあかんよ」
「え?」
「やから。下着つけたらダメ」
パトリシアはこの世の終わりみたいな表情で固まった。そこに、
「ちょっと待ってアヤさん!」
堪らずオレは叫んだ。
「パトリシアはスカートですよ!? それは流石に……」
「え、エドガー様……」
オレの抗議のようなものにパトリシアの顔がパアッと明るくなる。オレを心から信じている目だ。
「流石にそれは最高過ぎやしませんかっ!!」
「さっすがリューシちゃん、このヘタレむっつりめ!」
アヤさんと全力のハイタッチ。ばちん、という音が部屋に轟く。もう今からワクワクが止まらない。
「そ、そんな……」
「……」
「……」
盛り上がるオレとアヤさんをよそに、リュカとリーリはドン引きしていた。見たくないものを見てしまったかのような苦しげな視線は、全てオレに注がれている。
明日からの公開羞恥プレイの絶望から抜け出せないでいるパトリシアを置いて、第二戦がスタートしようとしている。
このゲームは、三戦マッチだ。例え一度低級魔族になったとしても、魔王に成り上がることが出来れば、命令権を犠牲にして、自身に下された命令を無効化出来る。ただ、いやらしいのが三戦マッチであることだ。最後は必ず、誰か一人が命令を受ける仕組みになっている。
カードがまたベッドに広げられ、繰られていく。繰ること事態は適当で良いはずなのに、誰一人として言葉を発することなく真剣な面持ちを崩すこともなかった。
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