嘘つきのお茶会 続々
第二戦の魔王は、タイムアップ時に最も手札が少なかったリュカになった。低級魔族は、一番手札が多かったリーリである。そして、リーリは荒れていた。それこそ初めてオレと出会った日くらい荒れていた。
「だから無効だと言っている!」
「なんでぇ? ちゃんとゲームしたやん」
「してない!」
リーリが荒れているのにはもちろん理由がある。最後にリーリが指摘を受けたあの一瞬のゲーム。あれは、アヤさんがリュカに指摘をされ、そしてそれが見事的中したことで始まった。
指摘が的中した、もしくは外れた場合、その次のカードを、次のプレイヤーが捨てる。しかし、あの一瞬の攻防では、アヤさんが再びゲームを再開したのだ。
「あんなのルール違反だ!」
「けど、一回ゲームが始まったら中断なしってのが嘘つきのお茶会の鉄則やで?」
そうらしい。あの時、アヤさんがゲームを再開したことに誰も抗議しなかった。それどころか、普通にプレイしてしまっていた。つまりこれは正式なプレイとして認められる。リーリは分が悪かった。それでも、諦めきれないようで、
「皆もそう思うだろ? なぁ!?」
オレ、団長、パトリシアにすがるように振り返る。が、三人ともすっと目をそらした。
「っ!? そ、そんな……」
ここでリーリが負けてくれる方が、オレ達にとっては都合が良い。それに、このゲームは中断とやり直しがないのだ。ここでグダグダ言ったところで何にもならない。
「おらリーリ、腹くくれ」
「そうだぞ。お前も戦士なら潔く負けを認めろ」
「わ、私も命令を受けてますし……」
皆でリーリを負けの方向に持っていった。それに、命令を下すのはリュカだ。そこまでタチの悪い命令をしてくるとも思えない。ある意味一番安パイな魔王だと言えた。
「さて、リーリ。覚悟は決まりましたか?」
「ま、待てリュカ! 待って!」
涙目になって首を振るリーリと、楽しそうにニタニタ笑うリュカ。あれ、これガチのやつじゃね?
「リーリは今日から一週間、ふりっふりの超絶可愛いメイド服で過ごしてもらいます!」
「嫌だぁぁぁぁぁぁ!!」
リーリが絶叫する。オレからしてみれば随分と肩透かしの命令だが、彼女にとってみては拷問に等しい命令だったらしい。普段の毅然とした態度はどこへやら、ベッドの上で暴れる。
「そもそもこのお屋敷はおかしいんです! どうして女の子のリーリが執事服で、パティちゃんがメイド服なんですか! クレイジーですよ!」
全くもってその通りだ。性別と服装がめちゃくちゃだ。そりゃ、男装のリーリはかっこいいし、メイド服のパトリシアは可愛い。だが、それが真のあるべき姿かと言えるかどうかは疑問だ。パトリシアは良いとしても、リーリはもう少し女の子らしくすべきだ。
「あ、ほんならうちが持っとるメイド服貸したろか?」
「待て。私がダーリンとの夜のお楽しみ用に持ってきた際どいメイド服がある」
そしてまたいい大人二人が暴走し出した。お楽しみ用って何だお楽しみ用って。オレまで団長の変態趣味に巻き込むな。
「ま、待ってくれ! せめてパトリシアと同じ服に!」
「それは
リーリの精神が死亡した瞬間だった。獣耳は力なく垂れ下がり、顔は土気色だ。見てられないので、リーリに助言する。
「まだあと一戦残ってる。そこで勝てば良いだろ」
「ふぇ?」
ダメだ。全然聞こえてない。虚ろになった瞳はぼけっとして何も見ていなかった。
しかし、そんなリーリは無視して、いや、今が好機と最終戦を始める。ここでリーリに二連敗させるという残酷極まりない作戦だが、これも戦争だ。恋愛と戦争はありとあらゆる作戦が許される、とか、昔の偉い人が言っていた。
最終戦はリュカ有利で始まる。だが、これで余計難しくなった。リュカかアヤさんが魔王になってしまえば、命令期限は一年となる。一週間でさえ心を壊すような命令を、一年も耐えられるわけがない。彼女達に勝たせると言うことイコール死だ。
となると、勝って欲しいのはリーリかパトリシアだ。この二人が勝てばまず間違いなく自身への命令を取り消す。誰にも命令が与えられないウィンウィンの関係だ。だが、完全に放心状態のリーリにはまともなプレイングは期待出来ないし、パトリシアに魔王になられては今後一週間のオレの楽しみがなくなる。何としてもパトリシアには一週間下着無しで生活して欲しい。
「さてさて、ここらではっきりさせよか。今んとこ命令に全然関係ないのはリューシちゃんだけやで?」
アヤさんとリュカは命令した。リーリとパトリシアは命令された。団長も自身の命令を明言している。オレだけ何も命令に関わっていない。アヤさんはそれを言ってるのだ。
「つまり?」
あえて知らんぷりをした。
「リューシちゃんが魔王になったら、誰にどんな命令する気や?」
黙る。このゲームの最中、ずっと頭の中で考えていた。ここにいるのはオレを除けば全員女性。パトリシアもオレからすれば女性カテゴリーだ。つまり、そこでオレが魔王になることは完全なるご褒美。今日まで生きてきた自分を祝福出来るような夢のような権限を得る。
しかし、だ。パトリシアへの命令、リーリへの命令を考える。二人とも少しだけエッチな命令だ。二人とも嫌がるし。だが、それは女性同士だからこそ許される命令なのだ。同性同士だから悪ふざけで片付けられる。期限も一週間だし、ちょっとした酒の肴程度のものだ。ならオレならどうか。オレがリュカやリーリ、団長やアヤさん、パトリシアに命令を下す。本心としてはエロい命令をしたい。しかしそれが楽しいのは一週間だけだ。そこから先待つのはただひたすら軽蔑されたり嫌われたりするだけの人生となるだろう。
つまり、オレが出来る命令など限られている。となると、
「別に。特にして欲しいこともないし」
こうなる。それにまだ勝ってないし、これまでの戦いを見てもオレが勝つ可能性など低いなんてものじゃない。ゼロだ。今から命令を考えるなど、皮算用も良いところだ。
「ふーん」
アヤさんはつまらなそうにしていた。オレはけっこう頻繁にこの人の期待を裏切る。しかし、リーリを除く他の皆も同じように少し頬を膨らませていた。
「どうしたんだ?」
「何でもありません」
リュカが放り投げるようにカードを捨てた。それに続いて黙々とカードが捨てられていく。誰一人として指摘をしなかった。
ゲームは佳境だった。最初は放心状態でグダグダのプレイングだったリーリが何故か途中から復活し、その多い手札を利用して次々と指摘を的中させて行った。皆三枚から十枚の間を行ったり来たりしながらゲームが進行していく。残りの時間は十分。今回もまた第二戦と同様誰一人上がることなく終了するかと思った矢先だった。リュカの手札が三枚になった。
「ふふん」
リュカは勝ち誇った表情だ。彼女は一度だけドラゴンを使用している。つまり、手持ちのドラゴンはあと一枚となる。だが、このゲームは次に自分が出すカードが分かっているので、少し計算すれば勝つのか負けるのかが予知出来てしまう。リュカもそういう状態なのか。
いや、まだ分からない。あえてそういう表情をすることで、他のプレイヤーを諦めさせる作戦かもしれない。ゲームは最後まで続けなくてはならないのだ。
「六」
「七」
「八、です」
リュカの手札が二枚となった。場に捨てられたカードは八枚。しかし、ここでは誰も動かない。動くなら、次リュカがカードを捨てたタイミングだ。
「三」
「四」
「五」
「六」
リュカが六を捨てた。ここだ。動くならここしかない。もしここで指摘して的中すれば良し。リュカの手札が増えるだけだ。しかも、的中しなくても良い。このゲームではドラゴンは魔王しか使えない。つまり、ここで指摘して外しても、カードを回収することであることが分かる。リュカが持つ最後の一枚がドラゴンが否か。ドラゴンなら詰みだ。リュカが二連勝を飾る。しかし、ドラゴンをここで出してきていたならば、リュカの最後の一枚はドラゴンでないことになる。そうなれば勝ちの目がまだある。
とは言え、もうここまで来たらリュカが二連勝するのは想定内だ。それはそれで良い。ただ、最後の悪あがきをするかどうかなのだ。
そして、誰もそれをしようとしない。リュカの次であるリーリは、誰かが動くのを待って、カードを捨てない。場のカードは十一枚。ここでの失敗は怖すぎる。そして、それは単なる悪あがきに過ぎないのなら、誰も動かないだろう。
「嘘だ!」
だが、オレは動いた。ここで枚数が増えても巻き返せると踏んだ。リュカだけが突出していて、他の皆は似たような手札数なのだ。ならば、ここで手札を増やすことでゲームを有利に回すことも策略のうち。当たっても良い。当たらなくても良い。そういうつもりで、指摘をした。そして、
「残念、でしたね」
リュカがめくったのは、数字の六だった。これで、リュカの最後の手札がドラゴンであることが決定。彼女の勝利が確定した。そして、オレの手札が一気に十五枚を超えた。
残る五人は大体五枚から十枚程度の手札数だ。オレは十六枚。残り時間は七分だが、人数が減ったことにより一周する時間は一分もない。その間にオレがカードを捨て続け、誰かが一度指摘されればそれだけで逆転が成り立つ。まだまだゲームは分からない。オレはむしろ有利な立場にあると言えた。
魔王がリュカに決定した今、オレ達五人が考えるのは当然低級魔族の回避だ。二連勝を飾った彼女の命令期限は一年。とんでもなく長い期間言いなりになることになる。リーリへの命令を見ても、リュカがそこまで安パイではないことが分かった。
だが、この緊迫した状況で二人、鼻歌を歌っている者達がいた。アヤさんと団長だ。
「どうして、鼻歌?」
カードを捨てながら、オレが問う。不気味で仕方ない。
「いやだって、もう魔王はリュカちゃんやしな。うちは魔王目指しとったからちょっと残念やけど、まあもうゲーム終わったみたいなもんよ」
「私も同じだ」
命令が、怖くないのか? オレとリーリ、パトリシアが信じられないといった表情で二人を見つめる。
「だってリュカちゃんみたいなお子様が考えてくる命令なんかたかがしれとるもん」
「私達大人にはな」
余裕しゃくしゃくだ。二人のそんな言い分に、リュカがむっとして言い返す。
「ならお二人には、キツい命令でも良いんですね?」
「例えば?」
「た、例えば……。今日からお風呂入らないとか!」
キツい。それはキツい。大して綺麗好きでもない男のオレでも三日も風呂に入らなければ身体が痒くなる。それだと言うのに、女性である二人がそんな命令を下されれば、まさしく地獄だろう。リーリとパトリシアも震え上がっている。しかし、
「やっぱな。うちは雲に潜って水滴で身体洗えるし」
「私は風呂には入らないが、水浴びをしたり濡れタオルで身体を拭いたりすれば良い」
なんたる卑怯。命令の網目を潜るつもりだ。先ほどのリュカの命令では、それらは規制されていない。下手をすれば、風呂に入っているのではない、浸かっているのだ。とか言い出しそうな勢いだ。
「ず、ズルいですよ!」
「そうだそうだ!」
「はい、上がり」
「私もだ」
オレ達四人が一瞬固まった。確かに、二人の手には、一枚もカードが残っていなかった。
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