洞窟での闘い
サタニキアについては多少分かってきた。だが、現状を打開してくれるような決定的な情報はない。どちらにせよまず会うことが難しいと言う点も変わらない。リーリの命のタイムリミットはあと二日。そして、あの尋常ではない苦しみようを見ても、先に体力をやられてしまうことも考えられた。少しでも早くシミズ草を届ける必要がある。
「なぁ、その群生地ってのにこっそり入り込むことは出来ないのか?」
結論として出てきたのはこの案だ。少々の危険は度外視する。サタニキアの部下も、薬草をちょっと採られたくらいで戦争をしようとは思わないだろうし、それに話せば分かってくれるかもしれない。しかし、
「ムリだね」
「……ムリよ。群生地はサタニキアの城の地下。深く入った所にあるの。城への侵入は避けられないし、そうなれば確実に戦争よ」
「んがー! なんでこう上手くいかないかな!」
あれもダメこれもダメ。思いついた端から却下されてしまう。お手上げだ、なんて言える状況ではないが、ここまで来ると魔王のルシアル側頼みにならざるを得ない。
「……話を戻すようで悪いけど、本当に火毒蜂なの? 何か別の病気か毒じゃないかしら」
「細かい判断は出来ないけど、高熱でうなされてて、汗が凄く流れて血を吐いてる。患部は本人のものじゃないみたいに赤黒く腫れてるんだ」
「火毒蜂の症状と一致するね。まあ絶対にアスモディアラ領にいないってことはないし、よほど運がわるかったのかな」
あいつの苦労人スキルが限界まで振り切った結果か。幸薄いにもほどがあるぞ。もう軽く二桁を超えるコップを空にしたアキニタが顎に手をやる。その代金はオレが支払うのかと聞いたら、当たり前のようにうんと言われてしまった。もう良いけどさ、遠慮って言葉を知らないのかよ。
「さてマダム・ギラ。そろそろ良いんじゃない?」
「……そうね。今から行けば大丈夫だと思うわ」
二人が目配せしながら、オレがついていけない会話を始めた。
「……本当に連れて行くつもり?」
「まあ、一応恩人だしね」
「何の話だ」
ギラの青白い顔には、信じられないと言う色が浮かんでいる。
「……分かった」
そして、キセルをカウンターに置くと、奥に入って行った。かと思うと、オレ達座席側に出てきて、つかつかとオレの隣、五つある座席の中央の椅子を、床から引っこ抜いた。すると、
「え?」
オレ達が入ってきた扉のすぐそばの床が、ゆっくりと動き出した。そこには人一人が通れるだけの穴が開き、中は下へと続く階段になっている。暗くてその奥は全く見えないが、かなり深い所まで続いていることだけは分かった。
「……ここから、シミズ草の群生地まで行けるわ」
「っ! ほ、本当か!?」
「……本当よ」
驚いてギラの両肩を掴んだ。あまりに強く掴み過ぎて、右肩がぼとりと外れて落ちた。全然慣れないその状況には顔が引き攣るが、オレのせいなのでピクピク動く右腕を拾った。ギラは少し迷惑そうに腕を取り付ける。
「……時間はかかるけどね。洞窟の中は低級魔族の巣になってるわ」
「それなら大丈夫だ!」
闇のような階段を降りて行こうとすると、オレの前にアキニタが立った。試すようにオレの目を見てくる。
「低級って言っても化け物ばかりだよ。半端な人間や覚悟ならすぐ死ぬね」
「仲間の命がかかってんだ。もう覚悟は決まってる」
見上げてくるアキニタの黒目を睨んだ。右腕に力を込める。
「そう言う顔も出来るんだ。なら大丈夫そうだね」
「良いからどいてくれよ」
やっと繋がった希望なんだ。今すぐにでも走り出したい。
「僕もついていくよ」
しかし、アキニタがそんな事を言い出した。それには素直に眉が動く。
「いや、こう言っちゃなんだが邪魔……」
「洞窟内は迷路だよ。道を知ってる僕は絶対必要だ」
「う……」
「……本当に気に入ってるのね」
ぼそりとギラがこぼしたが、オレは上手く聞き取れなかった。こんな事を言われてしまえば考えてる時間なんてない。こいつを守りつつ、洞窟を進んでいくだけだ。
「了解した。オレから離れんなよ」
「うん。ちゃんと守ってね」
アキニタは、ポケット一杯に詰め込んだ干し肉の一つを歯で噛みちぎった。とりあえず度胸はあるみたいだ。この子供は、ふっと自分の右手の人差し指に息を吹きかけると、そこにオレンジ色の炎を灯してみせた。これを頼りに進めと言うことか。
そして、オレは礼を言わなければならない女性を振り返る。
「マダム・ギラ。ありがとう。本当に恩に着る」
「……恩に着る必要はないわ。そんな事よりさっさとお代の金貨二枚をよこしなさい」
「……はい」
「……まいど」
何と無く寂しい気持ちで金貨を手渡す。ギラはそれをチャリチャリと手で弄びながら、カウンターに置いたキセルを掴み、また煙を吸う。
「……行ってらっしゃい」
「ああ」
「ついてきて」
先に階段を降り始めたアキニタの小さな背中を追う。一段降りると、肌に冷気が刺さる。風が吹いてきているようだ。それには獣臭さも混じっていて、鼻が曲がりそうになるのを堪えた。
「絶対助けてやるぞ」
あいつの顔を思い出して、指を鳴らした。
奇声を上げながら飛びかかってくる巨大なトカゲのような生物を、
「これは……いくらなんでも多過ぎないか?」
洞窟を進み始めてから三十分も経っていないが、すでに倒した魔族は百を超えた。
「だから言ったでしょ。低級魔族の巣だって」
オレについてくるアキニタは、彼の背後から襲いかかってきた一つ目のウニのようや魔族の棘を掴むと、一息で飲み干した。ウニの方が彼の身体の二倍程の大きさだったのだが、もうこいつには常識は通用しないと早い段階で割り切ったので流す。ゴリゴリとウニを噛み砕きながら、針を全て吐き出した。その内一本を杖がわりにする。
「次の分かれ道は右だよ」
「はいよ」
通せんぼしてくる壁のような魔族を
「なあ、なんでお前らはこんな抜け道知ってたんだ?」
「城から続いてる逃走用の道だよ。かなり昔に作られたせいで、誰も知らないんだ」
オレ達の声はよく反響する。洞窟の壁には、二人の影が巨大な怪物のように映し出されていた。アキニタの話ではオレの聞きたい内容は分からなかったが、まあ、もう何でも良いや。それに、まだ質問はある。
「あと、こんなの知ってるんだったら何ですぐ教えてくれなかったんだよ」
「一つは、低級魔族の大人しい時間帯を待つため。二つはシミズ草の群生地の見回りがいなくなるころを見計らったんだ」
「見回りなのにいなくなるのか」
「今日は宴会だからね。お兄さん運が良いよ」
そうなのか。だとしたら少しでもリーリに分けてやりたい。ところどころ水たまりになっている地面を踏みしめながら進む。この辺りは魔族はいないようで、途端に静かになる。顔や腕についた血を振り払った。後ろからオレに行き先を教えてくれるアキニタは、襲ってくる魔族を片っ端から食いまくっている。今も横手から顔を出した腕が六本ある魔族の首に飛びついてポキンと折ると、頭から吸い込むように食い尽くした。始めはこいつを守りながらの道だと思っていたが、蓋を開けてみればこいつめちゃくちゃ強い。嬉しい誤算だったが、どんな魔族でも絶対食べるので少々グロテスクだ。
「それにしてもお兄さん強いね。これなら大物に会っても大丈夫かな」
「おいおい、こいつら小物なのかよ」
どいつも昔闘ったキマイラくらいの強さがあった。軽く一撃必殺で倒しているように見えるかもしれないが、実際はかなり神経張り詰めてやってる。その時、
「お。きたきた」
広いドーム状の場所に出た。アキニタが自分の指の炎を吹き消す。ここは、洞窟の中だと言うのに明るいのだ。壁や床が淡く光っている。青、白、赤、黄色。柔らかなその光は様々な色合いが混ざり合い、不思議で幻想的な光景となっていた。天然のプラネタリウムだ。
だが、それだけに目を捕らわれている暇はなかった。
「なるほど。強そうだ」
その空間の中央に、一体の魔族が座っていた。胡座をかき、腕を組んで座っている。体格はオレとそう変わらないが、腕が四本あり、その全てが逞しい。そして、そいつは全身を紫色に輝く鎧で守護されていた。鉄兜の奥の瞳が同色に光り、オレを睨む。
「ぐ……ご……」
二本の右腕は剣と槍を。左腕は盾と斧を構え、ゆっくりと立ち上がる。
「呪い騎士だね。今までの雑魚とは比べ物にならないくらい強いから」
「手伝ってくれないのか」
「あいつ、食べるところほとんど無いんだ」
さいですか。右腕を鳴らしながら近づいていく。騎士は動かない。そして、オレが次の一歩を踏み出したタイミングで、剣を正眼に、槍を上段に、斧を振りかぶるようにして構えた。奴から飛びかかってくるようなことはしない。オレが間合いに入ってくるのをじっと待っている。
あと五歩。三歩。一歩。次の瞬間、
「せいっ!」
剣と斧の振り下ろし、遅れて槍のだめ押し。それを全てかわしたオレが、騎士の背後を取り、
「なっ!?」
しかし、完全に虚をついたはずの攻撃をかわされた。そのまま槍を突き出してくる。左肘と膝で挟んで叩き折る。そして右脚で腹を蹴りつけた。地面を削りながら騎士が背後に下がっていく。
「ふん」
もう必要ないとばかりに投げつけてきた槍の柄を、こちらも折った槍の穂先で叩き落とす。確かに強いが、攻撃も充分かわせるし、持っている武器自体が大したものじゃない。右腕を構える。次の撃ち合いで決める。すると、騎士は何故か元いた位置にまで戻っていった。
その時、騎士が視界から消えた。
「え?」
影が左目の隅に映った。そこからヤマ勘で身体をひねって
「舐めんな!」
左脚の靴底で剣の持ち手を蹴り飛ばした。騎士の左手にそのまま乗って右脚で顔面を蹴り上げる。勢いを殺すことなく空中で一回転。
「ね? 強いでしょ?」
「強いってか、強くなってないか!?」
体育座りで青白い石をばりぼり食ってるアキニタが面白そうに言う。石でも食うのかこいつは。
「そいつ、ほっとくと永遠に強くなり続けるから」
「めんどくせぇな」
騎士の攻撃で口の中を深く切った。オレが吐き出した血が青白い石に降りかかる。こちらもハナから時間をかけるつもりはない。フリとかではなく、次こそ決める。
騎士はやはり追撃をしてこない。ずっとこの空間の中心を守るように立ち続ける。数合打ち合って理解した。こいつの強さの要因は、あの位置にある。
「ほんじゃまあ、行きます、か!!」
騎士が中心から離れた。仰向けに倒れたそこに馬乗りになって
「よく気づいたね」
すると、力無い拍手とともに、アキニタが声をかけてきた。ポケットから消えた干し肉の代わりに、色とりどりに光る石が大量に詰められている。
「呪い騎士はこの場所にある輝石から力を得ていたんだ。その鍵はここの中心に立つこと。初見で見抜ける人は少ない」
「オレが一回殴り飛ばした時、こいつはわざわざ中心に戻ったんだ。その後も絶対に動こうとしなかった。それでピンときたよ」
「優秀だね」
石を歯で食い荒らしながら言われても困る。その表情も食事に夢中で全然心がこもってないし、そしてこの後もこう言うのがあと二、三体いるのだそうだ。負けるつもりはないが、時間がかかってしまうのがとにかく心配だった。今、リーリはどうしているのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます