再び王城へ


「リュカ、さっきはありがとな」


 先を行く牧村に聞こえないよう、リュカに小声で耳打ちする。


「おかげで助かった」


「い、いえ、お役に立てたなら何よりです」


「ああ。良かったら、これからも牧村を助けてやってくれ」


「はい。もちろんです」


 ギクシャクとぎこちなく歩く牧村の背中を、二人で見つめる。オレ一人ではあまり力になれなくても、リュカとならきっと助けになれるはずだ。そんなどこか安心感にも似た確信を持って進む。しかし、何故か横から視線を感じた。振り向くと、リュカがバッとオレから顔をそらす。


「どうした?」


「あっ! いえ……」


 モジモジと手のひらを合わせて指を動かしている。何か問題でも起きたのか。一瞬そんな不安が頭をかすめた。だが、リュカは下を向いたまま何も言わない。そして、さらにオレとは反対方向に目をやって、一言呟く。


「その、もう……手を繋いではくれませんか?」


 寂しさと恥ずかしさ。そして一ミリの期待を込めた声だった。オレはその言葉に瞬間目を丸くして、苦笑いで頭をかく。


「あー、いや。牧村もいるし、ちょっとな……」


「そうですか……」


 オレの答えは何とも情けないものだったが、リュカは駄々をこねることもなく聞き入れてくれた。だが、どこか寂しそうなその表情に、オレの胸が痛くなる。


「ほら、牧村待ってる。行こう」


 そして結局、同じ情け無い言葉しか口に出来ない。こんな時こそリュカは怒っても良いと思うが、


「はい。では行きましょうか」


 リュカは笑う。さっきまでの会話が存在しなかったかのような、何の翳りも見せない明るい笑顔だ。この娘は、オレのワガママや情けなさを、いつも微笑みで包み込んでしまう。それが必ずしも良い方向に向かうだけではない事は、頭の悪いオレにも理解出来る。


「あ、あの……」


 そんな事に頭を巡らせていると、先に行っていた牧村が、しゅんとした表情で戻ってきた。


「ごめん、迷った……」


「そうか。でも大丈夫。読めてたから気にするな」


「エドガーさま、フォローになっていませんよ」


 オレの冷ややかな対応に、牧村がうっと顔を引きつらせる。そんな顔をされても、こいつが長い間引きこもっていた事を考えると、地理を把握していないことくらい容易く想像出来る。悔しそうに歯ぎしりする牧村の隣に並んで、右手の道を指差す。


「王城はあっち。少し行けばでかい道に出る。そこからならほぼ一本道だから、お前が案内してくれ」


「そ、それは案内と言うのでござるか?」


「リュカは道なんか知らない。オレじゃなくてリュカを案内してやってくれ」


 ととっとオレの直ぐそばまでやってきたリュカの頭を撫でる。コツンと角が手に当たった。


「こ、心得た。リュカ殿、こちらでござる」


「はい。お願いしますね」


「うむ。この辺りは治安が悪い。我が輩から離れぬように」


「嘘をつくな」


 出来もしないのに良い格好をしようとし過ぎだ。オタクのプライドがイマイチわからん。だが、リュカが自然と伸ばした手を、牧村も握った。年頃の可愛らしい女の子二人が仲良くしているのは目の保養に良い。同性の友達が出来れば牧村も少しは安心するはずだ。我ながらいやらしい打算だが、そう言う積み重ねこそ大事だと思っている。

 それから王城に着くまでは、牧村の障害になるような事態は起きなかった。すれ違う人達は誰一人として彼女を勇者だとは気づかない。まあずっと引きこもっていたのだ。名前だけならともかく、面は全く知られていない。何人かの男がリュカと牧村に声を掛けてきたが、オレが全員追っ払った。騎士気取りの振る舞いだが、目を瞑って欲しい。この短い間だけだが、牧村が普通の女の子として過ごせる時間なんだ。下らない事に煩わせたくない。それはまた、魔王の娘であるリュカにとっても同じことだった。そんな似たような状況の二人が仲良くなるのは、至極当然のことに思える。二人して人混みに目を回し、屈強な冒険者の筋肉に目を奪われ、店先の甘い物に目を輝かせた。


「ほら、あれが城の正門。でかいだろ」


「本当ですね……。ルシアルさまの傀儡城より大きいです」


「まあ、ざっとこんなものでござる」


 三人で城門を見上げる。もちろんこの門は城壁も兼ねているので、実際の城にたどり着くまでは更に二つの門を潜らなくてはならない。その全てに衛兵が槍を持って待機している。そびえ立つ城門の中央には、華を象った王家の紋章が刻まれていた。


「……飽きたでござる」


「分からんでもないが、もうちょっと辛抱しろよ」


 見学を始めて二分も経たずに牧村がボソッと零した。確かに、オレ達一般人にとってはただのでかい門と言うだけで、魅力はほぼない。建築とか好きな奴には堪らないのだろうが、あいにくその手の知識はないし。一瞬パッと見ておおってなって、あとはひたすら退屈なだけだ。しかしリュカはオレ達とは違い、食い入るように門を凝視している。そして一言。


「飽きました」


「おい」


 お前もか。この分だと他のどの建築物を見ても似たような感想しか得られないな。普通に買い物とかに時間を使った方が良い気がする。だが、リュカが行きたがっていた場所は他にもあるので、そちらも回ろうと提案する。


「じゃあ、大神殿行くか」


「む、大神殿でござるか? あそこ、ここより何もないでござるよ?」


「え、じゃあどうしようかな」


 リュカの興味が急速に失われていく。多分この娘は京都とか旅行してもあんまり楽しくないタイプだ。観光なんて無理してする事ではない。それならもっと楽しそうな場所に行くべきだと言おうとしたその時、


「あれ、エドガー君じゃん」


「え?」


 名前を呼ばれた。声のした方に目を向けると、そこには綺麗な銀色の馬にまたがったアーノンがいた。いなないて前脚を上げる馬をどうどうと鎮めている。


「おお。これはラッキー。今から捜しに行こうとしてたんだよ」


「捜しに? オレを?」


 アーノンが馬から飛び降りる。短い金髪も、ヘラヘラと笑う口元も以前のままだ。


「うん。今王城に黎明の騎士団の団長が帰ってきててさ。その人が君に会いたがってるんだ。嫌だろうけど登城してくれないかな」


「断ったら?」


「暁と黎明総出で君の討伐作戦かな」


 拒否権がないことは分かった。前々から薄々気がついていたが、この国はかなり強引なところがある。武力行使に躊躇がない。


「あ、あの、エドガーさま。このお方は……?」


 オレとアーノンが談笑していると、リュカがおずおず入ってきた。


「あ、この人はアーノン。暁の騎士団の団員。いわば団長の部下だ」


「そ、それは……。心中お察しします」


「ありがとう。言い返せないや。ん、んん?」


 ぺこりと頭を下げたリュカに、アーノンが何か気づいた。その瞳はリュカの帽子に注がれている。その顎に手を当てて、ずいっと前のめりになる。そんなアーノンに、リュカは一歩下がって目を泳がせる。


「あ、あの。何でしょうか?」


「いや、ふーん。そうかそうか。ごめんね。ジロジロ見ちゃって。まあ僕から言える事はないや」


 もしかしたらリュカが魔族だと気づいたかな。その後もアーノンは意味ありげな視線を一度だけオレによこした。そしてその目は、今度は牧村に向かう。


「それに、こちらのお嬢さんは? 言っとくけど、この国は一夫多妻制じゃないからね」


「大きなお世話だ。それとこいつは……」


「我が輩は牧村薫。勇者でござる」


 ばんと言い切った。この短い間でいったいどういう心境の変化があったのか、腰に手をあて胸すら張って、堂々とした振る舞いだ。


「そうか。なら、勇者さんも一緒にね」


 しかしアーノンの反応は非常にあっさりしていた。むしろ冷たいと言い換えた方が良いかもしれない。これには牧村も唖然としてしまっている。アーノンはそんな牧村に構うことなくさっさと先を歩いて行ってしまっている。


「つ、冷たいでござる」


「二年も引きこもってたんだ。多少の冷遇は我慢しろって事かな」


 自分で言ってみてひどく納得出来た。いくら勇者で、一度町の危機を救っているとは言え、それ以外はひたすら自堕落に過ごしてきたのだ。一般人はともかく、常に最前線で戦ってきた騎士からしたら疎ましい存在であってもおかしくはない。


「何してるの? 置いてっちゃうよ」


 立ち止まっているオレ達を、先行くアーノンが手を振って呼ぶ。その声につられて、オレ達の足も動き出した。そんなつもりは一切なかったが、また急な話の流れで王城に召喚されることになってしまった。

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