勇者、外出する


 リュカは一度大きく深呼吸をすると、意を決したような表情でゴミだめの中へ突入していく。


「まず窓を開けましょう」


 牧村が魔法を解いて氷が無くなった窓を、リュカが勢い良く開く。明るい陽光が差し込んできて、その眩しさに一瞬目がくらんだ。太陽のおかげで、やっとこの部屋の全容が分かってきた。部屋の四隅にはゴミ袋がうず高く積まれている。


「これはもう手遅れですね。この部屋の物全部捨てた方が早いです」


 リュカの判断は早かった。その至極真っ当な意見にしかし、牧村が抗議の声を上げる。いや、もしくは悲鳴か。


「ま、待つでござる! ここには二度と手に入らないようなお宝が……」


「整理整頓の出来ない宝など、宝ではありません」


 言い訳を許さぬ断言で、容赦なく斬り捨てた。だが正論だ。本当に大切ならもっとマシな扱いをする。オレもリュカと並んで、床のゴミを部屋の外に放り投げていく。お菓子の袋、ペットボトル、カップラーメンのカップ、なんか良く分からんゴミに、玩具、フィギュア、漫画、文庫本、パソコンは二台見つけた。どれもこれも日本の物ばかりだ。


「あ、ああ、待って、待って……」


 牧村が顔を青くして棒立ちになっているが、構わず作業を続ける。ピザの食べ残しが出てきた時には、流石に牧村の人格を疑った。謎の植物の温床になっていて、非常に危険な匂いを発している。鼻と口を抑えてゴミと一緒にする。


「これは、リーリの応援が欲しいですね」


「あいつなら発狂しそうだな」


 リーリは執事という職業柄、とても綺麗好きだ。こんな状況は絶対許せないだろう。

 そうして、掃除と言うよりひたすら部屋の物を廊下に出すだけの作業を始めて一時間ほどが経過した。ひとまず目につくゴミはほぼ全て処理し終わった。細かい汚れなんかはまだまだ残っているが、そこまで手をつけていたら日付が変わるわ、


「う、うわ……酷い……」


「酷いのはお前だ。どう言う衛生観念してんだ」


 パソコンやケータイを含む電子機器の全てをゴミとしてまとめられた牧村は、絶望に両手を床についていた。その目には涙がたまっている。


「で、リュカ。このゴミ山どうするんだ?」


 廊下はゴミで埋まっていて、ギリギリ一人が通れるだけのスペースしかない。それが十メートルほど続いている。


「ゴミを回収してくれるお仕事の方がいるはずです。この量だとそこそこの金額を取られてしまうでしょうが、仕方ないですね」


 なるほど。そう言う業者さんみたいなのがいるのか。安心した。ここまで多種多様なゴミは素人には処理し切れない。


「ほら、牧村見ろ。これがお前の二年間だ。今日できっちりお別れしろ。これからはもっとちゃんとした人生を送るんだ」


 未だ俯く牧村の肩を叩いて、顔を上げさせる。その目にしっかりとゴミ山を見せつけた。そして、次に少しだけマシになった部屋も見せる。


「ここから、お前の人生は再スタートするんだ」


 オレの宣言に何故か牧村は、深く深くため息をつきやがった。









「さて、牧村。掃除もひと段落ついたことだし、どうだ。オレ達と町の見物に行かないか?」


 まだ牧村は自分の物を捨てられたショックに呆然としていたが、背後から声をかける。今なら頭の中真っ白になっていて、訳も分からずついてくるかと思ったのだ。更生の道は始まったばかりだが、少々ブーストをかけて行っても良いだろう。


「え、どうしようかな……。別に行きたい所もないし」


 だが、牧村はまだ乗り気ではないようだ。目を不安げに動かし、下ばかり見つめている。丸くなった背中はやけに小さく見えた。


「ご一緒しませんか? その、服とか買いに行くのはどうでしょう」


 リュカも牧村を誘ってくれた。そして良いことも言った。牧村の持ち物はタンスの中まで真っさらになっている。今後の生活を見越して日用品の購入は早期実行すべきだろう。


「ほら、それに、ここにわたくしの着替えもありますから……」


 そして言外に牧村の服をディスっている。だが、その気遣いに怒るほど牧村も器が小さくない。一度自分の服に目をやって、それからコクンと頷いた。二人とも体格は同じくらいだし、サイズは問題ないと思えた。オレがずっとここにいたら牧村が着替えられないので、扉の外で待つことにする。


「じゃ、オレは外のゴミの処理をギルドの人にお願いしてくるから」


 外に一歩出てみると、最早腐乱したゴミ山が再び目に入ってきて、頭が痛くなってくる。なんか目も沁みてきた。変な粒子とかが飛んでそうだ。

 ギルドの一階に降りると、すぐそこにさっきの女の子がいた。他の冒険者達はオレに注目している。おそらく上でバタバタやっていたせいだ。


「あの」


「何ですか」


 露骨に嫌な顔をされた。でもオレはくじけない。


「上で、勇者の部屋を掃除してたんだけど、ゴミが凄いんだ。引き取ってくれる所を紹介してくれないか?」


「え? あ、ああ。分かりました。今すぐですか?」


「早い方が良いな。変な菌が繁殖してもマズイし……」


 それから女の子は、二階に上がって一度ゴミ山に悲鳴を上げた後、手早く引き取り業者に連絡してくれた。しばらく時間がかかるかと思っていたが、業者は五分もせずにやってきた。男が二人、小さな目の荷車を押していた。あれでは到底搭載し切れないだろう。案の定二人は二階に上がると引きつった苦笑いで頭をかいた。


「これ、本当に一部屋から出たのかい」


「はい。そこそこ広い部屋でしたから」


「だからってこれは……。結構代金もらうけど、良いか?」


「もちろん。引き取ってくれるだけで御の字です」


 それだけ話すと、二人は肩を回して作業に取り掛かった。さて、女の子二人もそろそろ準備が出来ただろう。良く聞こえるように大きめにノックする。


「もう良いか? 入るぞ」


 ゆっくり扉を開ける。リュカの見立ての服に着替えた訳だし、牧村も少しは見れるようになっているだろう。そんな軽い気持ちで目を上げたものだから、一瞬我が目を疑ってしまった。


「あ、エドガーさま! どうですか、私的にはかなり仕上がっていると思います!」


「ど、どうかな……」


 お腹の辺りで組んだ両手の指モジモジさせながら、牧村がこっちを上目遣いでうかがっていた。

 牧村は、フリルのついたチェックのスカートに、膝までの黒いストッキング。スカートが膝上までなので、綺麗な脚が少しだけ見えていて、どこか可愛らしい。上は白の涼しげなサマーニット。そしてその上に黒と茶の毛糸で編まれたポンチョをかぶっている。少し大人しめの装いだが、牧村の肌が白いので凄く清楚な雰囲気だ。頭には銀色の花飾りもつけていて、それが良く似合っている。かなり女の子らしい姿になっていた。


「いや、見違えた。良いじゃないか」


「あ、ありがと。なんかまだ恥ずかしいけど」


「大丈夫大丈夫。胸張っていけ。可愛いぞ」


「うん……」


 おそらくオシャレしたことなど久しぶりのことなのだろう。少し慣れていない様子で目を伏せているが、それもすぐ元の調子に戻るはずだ。何と言ったって良く似合っている。良い所のお嬢様みたいだ。


「では行きましょうか! きっと楽しいですよ!」


 リュカが牧村の手を取って先を行く。牧村はまだ足取りおぼつかないが、その手に引っ張られるまま、扉の外へと一歩足を踏み出した。その後ろ姿を、目を細めて見てしまう。これから牧村の世界が少しでもより良いものになることを願って、オレも二人の後を追った。

 オレ達三人が階下に降りると、また冒険者達の視線が一斉にこっちに集まった。それど同時にざわめきが広がる。全員が、一瞬で気づいた。オレとリュカの間で小さくなっている女の子が一体誰なのかを。


「おい、あの子」


「あ、ああ。勇者様だ」


「勇者様……」


 少し、まずった。この、全身を舐めるような視線は不味い。牧村みたいな引きこもりには、かなりキツイ状況だ。こいつらは他人からの注目や干渉に対する許容量が少ない。他人の視線を極端に怖がるのだ。更に言えば、今やっと自分の殻を破って踏み出した直後だ。ここでまた嫌な思いをすれば、また元に戻ってしまう。怯えるように身体を一歩引いた牧村の小さな手が、オレの服の裾を掴んだ。


「私はまず王城が見たいです! お二人はどうですか!?」


 その時、リュカの明るい声がオレと牧村の耳に響いた。その朱と蒼の瞳が、すがるようにオレを見つめている。リュカの左手は、牧村の震える右手を固く握っていた。オレも、リュカの考えを遅ればせながら感じ取る。


「そ、そうだな! オレも王城が良い! さっそく行こうか!」


 牧村の背中を押す。すると、一度だけ頷いた牧村が、オレ達に先立ってその脚を一歩前に踏み出した。


「行くでござる」


 三人で胸を張って、黒猫亭を出た。冒険者達の視線は、最後まで牧村の背中に引っ付いていたが、それに構うことはせず、木の扉を閉めることで断ち切った。


「ふぅ。少しドキドキしましたね」


「ああ、でも牧村。頑張ったじゃないか」


「ふ、ふん。我が輩が少し本気を出せばこんなものでござるよ」


「強がり言いやがって」


 だが、これで牧村も楽になったはずだ。こいつを勇者とわかる人間も、一度黒猫亭を出てしまえば少ないだろうし、人目が無ければリラックスして行動できる。すると、牧村がオレ達より前に出た。


「この町は我が輩の方が長いでござる。案内するからついてくるが良い」


「震えてるぞ。ちょっと落ち着けよ」


 オレがそう言っても、牧村は止まることなくズンズン進んでいく。こいつもこいつなりに自分を変えようと頑張っているのか。ならばオレもそれを全力でサポートしてやろう。まだまだぎこちない足取りで歩く牧村の背中を、少しだけ嬉しい気持ちで追いかける。こいつのために、サインを手に入れて本当に良かった。


「あ……」


 そう言えば、あのサインどこに行ったかな。片っ端からゴミ山に投げ込んでいたから、もしかしたらがあるかもしれない。嫌な予感をひしひしと感じながら、リュカと並んで牧村のあとに続いた。

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