勇者は女の子


 こいつの今日の反応を見る限り、そこまで脱ニートの決意が出来ていた訳ではないだろう。だが、それでもオレは最大限サポートするつもりだ。


「分かってる。嫌で嫌で堪らないけど、約束しちゃったからね」


「ほう」


 しかしなかなか素直に首を縦に振ってくれたことに驚く。もっと抵抗されるかと思っていた。ちなみにその場合はこいつの首根っこ引っ掴んででも扉の外に引きずり出すつもりだった。


「じゃあ手始めに、オレが今連れてる娘と一緒に町を回ってもらう」


「う、うん……」


 牧村がごくりと唾を飲み込む。オレ達にとっては何でもない事だが、長らく一人で引きこもっていたこいつには、それだけでも大きな負担なのだ。


「あの、連れてる子ってのは男? 女?」


「女の子だ。あとで驚かないように言っておくが、魔王アスモディアラの娘だ」


「魔王の娘? 何でそんな子が人間界に?」


 当然の疑問だ。


「ああ、何か人間界の町に興味があるんだと」


「ふむ」


 オレの雑な説明に完全に納得した訳ではないみたいだが、それでも事情は飲み込んでくれたようだ。話はついた。そこでもう一度牧村の格好を上から下まで眺める。


「早速行くぞ。着替えろよ」


「え、それは何故でござる?」


 すると、牧村はキョトンとして首を傾げた。そうか。こいつはずっと自室の中いたから、自分の今の姿が世間からどう見えるか分かっていないのだな。


「お前な。そんな足やら腕やら露出した格好で外に出るつもりか? それこそ痴女だぞ」


「だ、誰が痴女か! でも了承した。着替えるでござる」


「おう」


 立ち上がった牧村を見つめる。しかし、一向に棚を引き出そうとしない。何故かオレをずっと睨んできている。


「いやさ……女の子の着替えに興味があるのは分かるでござる。だが、もう少しそれを隠す事を勧める」


「あ、そうか。お前一応女子か」


 ついさっきまでそれでドギマギしていたのに、もうすっかり忘れていた。だってこいつほっとくとすぐござる口調になるから、いちいち女子扱い出来ないのだ。しかし、


「な、何たる言い草!! 女子力五十三万の我が輩に対して失礼極まりないでござる!!」


「フリーザ様はゴミ屋敷に住んでねぇよ」


「ならばそこでとくと見るが良い! 我が輩の超絶プリティな私服姿を!!」


「はいはい。どうでも良いから早くしてくれ」


 付き合うのも面倒くさくなってきて、片手をひらひらさせて後ろを向いた。振り向く途中で牧村が頬を膨らませているのが見えたが、これは牧村が悪い。こんなゴミ溜めの女の子がいてたまるか。しばらくして背後でゴソゴソしているのが聞こえてきて、そして、その音がやんだ。


「もう良いか?」


「良いっちゃ良い。ダメっちゃダメ……」


「どっちだよ」


 とりあえず振り返る。するとそこには、悲しげな表情で佇む牧村が、拳をわなわな震わせて、心の底から悔しそうにしていた。


「お前……」


 牧村は、水色のミニスカートを履いていた。綺麗な脚が強調されていて、確かに女の子らしい。ニーソックスもよく似合っている。しかし、上の服が酷かった。それは、胸元にラブとプリントされた灰色のパーカー。ミニスカートとの組み合わせもちぐはぐだし、そもそものパーカーがダサ過ぎる。


「ふ、不覚でござる……。もう四、五年は服など買っていなかった事を忘れていたでござる」


「にしたって、もうちょっと無かったのか」


 これならさっきまでの部屋着の方が何倍もマシだ。溜息が溢れ出してきて止まらない。オレもオシャレにそこまで気を使うタイプではないが、流石に今の牧村と並んで歩きたくない。何より、今日もフリルをあしらった可愛らしい黄色いワンピースを着ているリュカと並ばせるのは残酷過ぎる。


「……オレがタンスの服、見て良いか?」


「……どうぞ」


 牧村はがっくりきていて顔も上げない。その肩をそっと叩いて、タンスの一番上の段に手をかけた。しかしその時、


「あ! やっぱダメ!」


 突然牧村がオレに掴みかかってきた。


「うお!?」


 背後から服の首元を引っ張られて、膝がかくんと崩れる。そのまま後ろ向きに倒れた。後頭部を強打し、目に星が飛ぶ。そして牧村も必死だったようで、足をゴミに引っ掛けて一緒に倒れこむ。


「あ、あのう。大丈夫ですか? 頻繁に聞こえてきた叫び声がパタリと止んだんですが……」


 そして、またこの絶妙なタイミングでリュカが部屋に入ってきた。おそらく扉の外で何度も牧村の嬌声を聞いていたが、オレの言いつけを守って大人しく待っていたのだ。しかし、その声が聞こえなくなってきて不安に思ったのだろう。とうとう我慢出来なくなって、様子を見に来たのだ。そんな心配をよそに、オレと牧村は、


「う……」


「あ、あの……」


 超至近距離で見つめ合っていた。仰向けに倒れたオレの顔の左右に牧村が両手をつき、何とか顔と顔が触れ合うのを阻止している。しかし、お互いの鼻とおでこがぶつかりそうだ。


「あ、あの、エドガーさま……」


 これは死んだと思った。団長との件、アヤさんとの件を思い返して見ても、リュカの態度は少しずつ過激になってきている。確かリュカに預けたバックの中には、果物ナイフが入っていたはず。最悪を想像して手足の先から冷えていく。だが、それでも牧村の瞳から目を離すことも出来ない。そしてリュカは、非常に言いにくそうにこう言った。


「だ、男性同士でそう言うのは……ちょっと……」


「ブハッ!!」


 全力で吹き出してしまった。笑っちゃダメだと分かっていたが、表情筋が引きつってヒクヒクしている。


「ちょ、ちょっと!! 男同士ってどう言うことさ!?」


 牧村がダン、と床を叩いて起き上がる。その頬を染める赤は怒りか羞恥か。どのみちオレは笑いが止められなくて、腹を抑えて身体をくの字に折る。


「え? いや、だって……あれぇ?」


 この部屋は暗い。テレビやパソコンの明かりが青白く光ってはいるが、それでも少し距離が開くと、顔の細部までは良く見えない。また、牧村はショートカットだし、今着ている服はダサいパーカーだ。リュカはおそらくオレ達の顔の近さに目が行って、スカートは見えなかったのだろう。


「僕は! 女の子! 牧村薫! ほら見てこの可愛いスカート!」


 牧村が胸に手をやり、スカートをひらひらさせながら、大股でリュカに詰め寄っていく。オレはそんな状況を横目に、まだヒクヒクしていた。


「いやぁ、フハ! まき、むら! そのパーカーじゃ……アハハ!」


「そこ! 笑い過ぎ! 凍らせるぞ!」


 強力な氷結魔法がオレの足を凍らせていく。流石に命の危機を感じて、笑いを引っ込める。


「いやぁ、すまんすまん。クリティカルヒットくらったわ……。リュカ、紹介する。この変な服着てる、痛! 女の子が勇者だ」


 紹介の途中で尻に回し蹴りを食らった。そんなオレ達を戸惑うように見るリュカは、まだ状況を把握しきっていないようで、少しオロオロしている。


「よろしく。ボクは女の子の勇者。牧村薫」


 女の子の部分を強調する。牧村はブスッとしていて、明らかに機嫌が悪い。


「え、えっと、わたくし、リュカ・アスモディアラです。あの、本当に女の子何ですか? あ、でも良く見るとお肌とっても綺麗……」


 確かに、リュカの言う通り、不摂生の権化のような生活をしているくせに、牧村は肌艶麗しく、黒髪も瑞々しい。お肌のお手入れに腐心している世界中の女性から一発パンチもらっても文句は言えな……


「グフッ!?」


 しかし、次の瞬間みぞおちに突然衝撃を感じて、一瞬呼吸が止まる。今度は別の理由で身体が折れる。


「ちょっとエドガーさま!! そこに正座して下さい!!」


 それは、リュカの怒りのパンチだった。


「お、女の子相手にあんな至近距離で! もう! 本当にちょっと目を離すと浮気ばかり! 首輪をつけますよ!?」


 何か良く分からんが、リュカが激怒している事だけは伝わってきた。まだ呼吸すら整っていなかったが、抵抗する事なく黙って正座する。


「そもそも! 私は勇者様が女の子だなんて一度も聞いていませんよ!」


 あれ、そうだったかな。そこまで重要な情報ではないと思っていたから、自然と教えることなく来てしまった。やっと鳩尾の痛みが和らいできた。


「そ、それに女の子のためにあんなに必死になってサインを手に入れようとするなんて……。どう言う関係ですか!」


 リュカが両の拳を振り回して声を上げる。また変な誤解を受けてしまった。


「あの、我が輩はどうしたら……」


 状況についていけない牧村が遠巻きにオレ達を見ている。


「ちょっと待ってろ。癇癪起こしてるだけだから」


「癇癪って何ですか!?」


 いかん、口が滑った。これはボロを出さないように短期決戦で行くしかないと判断する。


「ほら、この部屋を見てみろ。こいつはここで外出することなく、人と会うこともなくずっと暮らしてるんだぞ。心配にもなるだろ」


「え、あ。うわ……」


 リュカもオレに言われて初めてこの部屋の惨状に気づいたようだ。ドン引きの表情で一歩後退する。


「な? この部屋の主がそこのクソダサニートだ。オレが手を貸したくなる気持ちも理解出来るだろ?」


「誰がクソダサか。次言ったらしばく」


 牧村が額に青筋を立てながら腕を組む。ニートは否定しない辺り、自己分析がしっかりしている。


「あの、マチルダさん……」


「違うでござる。我が輩はそんなアムロの憧れの女性士官みたいな名前ではない。牧村でござる」


 古い。とにかく古い。


「この部屋を掃除させて下さい。お願いします」


 リュカが深々と頭を下げた。それが逆に必死さを伝えてくる。


「それは構わんが、我が輩が言うのも何だが、ここはカオスフィールドでござるよ?」


「だからこそです! ほらエドガーさま、何をそんな所で座っているのです。手伝って下さいませ」


「納得いかねぇ」


 座らせたのはお前だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る