無限槍のクロード


 リュカも牧村も、王城の中を終始興味深そうにきょろきょろと見回していた。特に牧村は、ゲームの世界から切り出してきたような光景に大喜びで、興奮した様子であちこちを探索する。おかげで大して長くもない道のりを随分時間をかけて歩くことになってしまった。そして、


「お、早かったではないか」


「門の所で会ったんだ。ラッキーだったよ」


 まず最初にオレ達が通されたのは、団長の執務室だった。陽光降り注ぐ大窓をバックに、団長が机に向かって書類仕事に従事している。ちなみにオレ達三人は例の眼鏡を装着している。おそらく、と言うか確実に団長が全裸だと思ったからだ。


「勇者殿も壮健なようで何よりだ。どうだ、外に出てみて、何か思ったことなどあるか?」


「いや、特にないでござる」


「ま、それならそれで構わんさ。では早速だが、君たち三人には国王様と謁見してもらうぞ」


「またか」


 そうなるだろうとは予想していたが、正直憂鬱にならざるを得ない。絶対ろくなことにならないからだ。


「リュカはどうするんだよ。何て紹介するんだ」


「任せる。その辺で買ってきた町娘とでも言えば良いさ」


「良くありません!」


 またとんでもない事をさらっと言う。そんな事をすれば、オレの信用はガタ落ち、リュカの本当の素性と相まって、話がめちゃくちゃにこじれてしまう。だが、かと言ってこれはかなり難しい問題だ。リュカを魔王の娘として紹介するか否か。もし紹介するのであれば、その場で攻撃される可能性があるし、紹介しなければ国王相手に嘘をついた事になる。今後の展開によっては面倒ごとのタネになる。そうなると、


「町娘もありだな……」


「ないです!」


 リュカはどうしても嫌なようだ。すると、


「任せよ。もしもの時は我が輩も力を貸すでござるよ」


「そうか。それは助かるな」


 牧村が頼もしい事を言ってくれた。彼女が手を貸してくれるのなら、リュカと三人で逃亡する事が出来る。


「よし。ならば謁見の間に向かうぞ。クロードもそこで待っている」


 団長が立ち上がって、下着やズボンを履いていく。最後に掛けてあった上着を羽織った。眼鏡をかけているオレ達には、服の上から下着をつけていく奇妙な光景が見える。


「あぁ、そうそう。クロードは槍の名手だが、少々荒っぽい。奇襲に気をつけておけ」


「謁見の間に行くのにどうして奇襲に気をつけなきゃいけないんだよ。おかしいだろ」


 何故最も秩序正しい空間であるはずの場所が無法地帯みたいになってるんだ。この国もたいがいおかしい。その後、アーノンは別件の仕事があると言って退室して行った。オレ達三人は団長のあとに続いて謁見の間に向かう。


「リュカ、観光は楽しめたか?」


 歩きながら団長が他愛ない話を振る。


「はい。ですが思っていたほど感動しなかったです」


「まあ、子供が行って楽しめる場所を挙げてはいなかったからな」


「じゃあ、リュカと牧村が楽しめそうな場所はあるか?」


 子供、と言う単語にリュカが不満そうにしていたので、慌てて話をそらした。街の観光についても、始めから団長に聞いておけば良かったんだ。


「そうだな。町の西外れに非合法の賭場がある。カードゲームや競馬、賭け試合。一日に数回は流血沙汰になるが、なかなか楽しいぞ。何より一攫千金が狙える。私もよく行く」


「聞くんじゃなかった」


 非合法の賭場に騎士団長が出入りすんな。しかし、ことの外リュカと牧村が目を輝かせているのが気になる。


「エドガーさま、わたくしカードゲーム得意なんですよ! ずっとオレのターン!」


「ずっとオレのターンとか言うな」


 あと、そう言うカードゲームではないと思う。


「我が輩も、カジノとか行ってみたかったでござる。後で行くでござるよ」


「まあ、行きたいなら……」


 若い女の子の好みって良く分からんな。もっと美味しいスイーツとか、可愛い小物とか売ってる店に行った方が楽しいんじゃないか? いちおう提案してみたが、微妙な反応しか得られなかった。

 しかし、そんなバカな会話をしている間も、廊下の脇に立つ衛兵から凄い目で睨まれている。以前ここで暴れた事を、まだ覚えられているのだろう。後々遺恨が残るような暴れ方をしたことは反省したい。とにかく居心地が悪いったらない。


「到着だ。リュカ、勇者殿、大人しくしているように。ダーリンは次暴れたら命はないから、心しておけよ」


「庇ってくれたりしないのか」


「その場合は我が騎士団への入団と、私への婿入りがオプションでつく」


「大人しくしてりゃ良いんだろ」


 もしもの時に備えて、オレと牧村でリュカを挟んで立つ。まだ近衛騎士も宮廷魔術師も到着しておらず、オレ達四人だけだ。やる事もないので四人で他愛ない話をしていると、


「おや。可愛いらしいお嬢さんが二人もいらっしゃる」


 玉座の裏手、赤いカーテンに隠れた場所から、一人の男が姿を現した。鈍色の全身甲冑に、兜を右手で抱えている。その右肩には団長と同じく数々の勲章を光らせていた。


「お初にお目にかかります。私、黎明の騎士団団長、クロード・オーバギアと申します」


 そいつは、長い茶髪を後頭部でひとまとめにしており、赤い眼鏡をかけている。細面のなかなかのイケメンだ。ニコニコと人好きのする笑顔で微笑んでいる。だが、騎士団長と言う肩書きの割には線が細く、頼りなく弱々しい印象を受けた。


「オレは……」


「あなたが、巨大ゴーレムを撃破し、国王様相手にタンカを切ったお方ですね」


「……そうだ」


 何故かこちらから話をさせてくれなかった。


「そして、そちらのお嬢さん方が、勇者様。と、あと一人のお方は……」


 クロードの眼鏡の奥の黒目が怪しく光る。


「はい、私の名は……」


「おっと失礼」


 しかし、リュカの自己紹介をこいつはまた遮った。その表情こそ穏やかだが、かなり失礼な態度だ。


「ふむふむ。全く、このような年端もいかない若人達の力を借りねばなりませんとは……。我々騎士団の情け無いこと情け無いこと……。そうは思いませんか?」


 ため息とともにクロードが首を振る。そして、その左手をリュカに差し出した。リュカもそれに応えるように左手を出す。それを、横からオレが止めた。


「どうしましたか? 握手ですよ」


「あんた、一体何考えて……」


 その瞬間、クロードは左脚を鋭く前に踏み込むと、上体をひねって右腕を雷の速度で突き出してきた。その手には兜で隠れていた短槍が握られている。その槍の鋭い穂先がオレの喉元に突き立つ手前、龍王の右腕ドラゴン・アームが槍の柄を掴み、へし折っていた。


「ほう。お見事ですね」


「次やったら、分かるよな?」


 クロードの短槍は、オレの喉元を薄く突き、小さな血の斑点を作っていた。オレがへし折ったのは、オレへと向けられた短槍ではない。何もないはずのリュカの背後から唐突に出現し、その細い身体を貫かんとしている長槍だった。


「よく見破りましたね」


「団長に、あんたの奇襲に気をつけろって言われてたからな」


 クロードは嬉しそうにニコニコ笑っている。


「ちなみに」


 牧村が指を鳴らす。すると、リュカの頭上から二本の槍が落下してきた。床に当たって砕け散る。凍らされているのだ。


「我が輩も見破っていたでござるよ。褒めて」


「良くやった牧村」


 クロードはオレへの攻撃を囮に、背後と頭上。二つの死角から三つの槍を繰り出してきたのだ。そして、その全ての狙いはリュカに集中している。


「魔法か」


「まさしく。私、魔法槍手、無限槍のクロードなどと呼ばれております」


「どう言うつもりだ」


「なに、私、魔族を発見しましたので、討伐せねばと思った次第」


 ゆっくりと突きの姿勢を崩し、短槍を腰にさげる。その過程で落ちた兜を蹴り上げて右手でキャッチした。その瞳は一切悪びれておらず、優しげな瞳で笑っている。そんなクロードを見て、リュカは顔を青くして震えていた。左手を突き出した握手の状態でほぼ固まっている。


「しかし、今後の王国を背負う若人二人の実力が確かである事が分かって、私も安心しました。では、これにて」


 最後は恭しく一礼して、クロードは去って行った。結局、一度もその顔に張り付いた笑みを崩す事がなかった。その背中が完全に見えなくなるのを見届けて、一気に脱力する。


「はぁ。おい団長。何だあいつは。危険過ぎるぞ」


「そうか? 奴も本気ではなかっただろう」


「にしたってさ」


 すると、隣のリュカがふっと足の力を無くして尻餅をつきそうになった。その背に手を当てて支える。いかん。これは完全にトラウマになってしまっている。これ程まで鋭く研磨された敵意と言うのを、初めてその身に受けたのだろう。声を上げるでも、鼻をすするでもなく無言でツーッと涙を流す。その小さな肩を、牧村が無言で抱き寄せた。それを横目に団長に抗議する。


「あいつ、本当に騎士団長なのか?」


「もちろんだ。常に冷静沈着。加えて部下への気配りや思いやりもあり、騎士団員からの信頼も厚い。必ず先陣を切り最前線を行く戦い方からも、騎士の鑑とさえ言われているぞ」


「マジかよ……」


 その話だけ聞けば良いように思えるが、あれを目の当たりにした後だと、どうしても納得出来ない。しかし、そんなオレの表情を見て、団長はため息をつきながら苦言を述べる。


「勘違いしているようだから言うが、我々は騎士だ。国のため、民のために魔族を打ち払う存在だ。謁見の間に魔族がいれば、戦うのは当然のことだ。先ほどのように警告で済ましたのはむしろあり得ないことなのだぞ」


 団長に改めて言われて、ようやく気づかされた。見当違いをしていたのはオレ達の方だ。人間にとっての魔族の立場をもっと弁えておかなくてはいけなかった。


「ここは人間界だ。リュカを連れてくる事に反対しなかった私が言う事でもないが、考えるべき所は考えておけ」


 ただ黙って頷くことしか出来なかった。そして何より、まずはリュカにどう声をかけるか。涙をためた表情は見たことがあるが、完全に涙を流して泣いているこの娘を初めて見た。

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