料理対決の結末


 オレが提示したルールは簡単だ。お題は特になし。制限も同様だ。有りとあらゆる食材、手法を用いて、一番美味い料理を作った方が勝ち。採点はオレ一人の独断と偏見で行う。

 胃袋を内側から破壊されて白目を向いている魔王を寝室に押し込んで、オレは料理対決の内容を宣言した。


「あ。あとアヤさん。他のハーピー達はどうしたんですか?」


「ん? あぁ、あの子らはリュカちゃんと団長ちゃんの迫力に怯えきってしもたけん、先に集落に帰したんよ」


 なるほど。今の二人は完全に十八禁だ。耐性のない子供に見せていい物ではない。


「それより、これはどう言うことなん?」


「あぁ、それはですね……」


 現在、食堂にはリーリがキッチンから引きずってきた調理台が二つ設置されている。その前に、リュカと団長、アヤさんとリーリがそれぞれエプロンと三角巾を身に付けて立っていた。そう。彼女達四人で、二人ずつチームに分かれて料理するのだ。


「リュカと団長に、心から料理に集中してもらうために、お手伝いさんをつけたんです」


 もちろん建前だ。一対一ではなく、二対二にすることで、敗北した時のショックと悔しさを軽減させようと言う策だ。第二、第三の対決が勃発する事を見越した、オレの冴え渡る策略なのだ。


「けどうち、料理なんかしたことないよ?」


「その点は問題ない。料理は言ってしまえば単純作業の連続だ。少しコツがいるところはもちろん私が担当する」


「なら良えけど……」


 青のエプロンと三角巾を着けるのは、団長とアヤさんの大人の女性チーム。夫を支える姉さん女房のような雰囲気は、どこか男心をそそられる。


「絶対勝ちます。リーリ、頑張りましょうね!」


「当然だ。私とリュカのタッグに敵はいない」


 こちら赤の装いの仲良しリュカとリーリチーム。初々しい新妻のような彼女らには、不思議と男心をくすぐられる。


「制限時間は二時間。準備は良いか?  それじゃ、始め!」


 二つの調理台を分断するテーブルに座るオレの左手が、空間を切り裂くように下された。その声に反応して、アヤさんを除く三人がテキパキと調理を開始する。誰かが料理をしている姿と言うのは、一人暮らしが長かったオレにとっては新鮮で、ついつい目で追ってしまう。


「リュカ、先に野菜を洗うぞ」


「お願いします。私はお肉の下ごしらえをしますので」


 赤チームは持ち前の阿吽の呼吸で、手際良く調理を進めていく。お互い最低限の会話だけで手を動かし、小気味良い調理の音が絶え間なく聞こえてくる。それに対して、


「うわ、何これ。めっちゃ目、しみるんやけど……」


「何? あぁすまない。言い忘れていた。玉ねぎは繊維に沿って切るか、事前に冷やすか温めるかしておかないと、目にしみるのだ」


 包丁で玉ねぎを切っていたアヤさん。彼女はその目を赤くして涙をポロポロ零していた。やべぇ。めっちゃ可愛いんですけど。何度も目をこすりこすりして、ゆっくりと玉ねぎを刻んでいく。青チームは意思疎通が不十分で、二度手間になるような事態が頻繁に起きてしまっている。


「これは、チーム分けミスったかな?」


 アヤさんは決して鈍臭いわけでも不器用なわけでもない。だが、それでも初めての料理とあって、手元が覚束ない。包丁を扱う時など、その白い綺麗な羽を傷つけてしまうのではないかと冷や冷やした。明らかに赤チームが有利に思える。だが、それがおかしくなってきたのは、料理開始から三十分を過ぎた頃だった。


「リュカ、人参は短冊切りにしておいたぞ」


「え? いちょう切りじゃないんですか?」


「ダメだったか?」


「そんな事はないですけど……」


 リュカとリーリの中で、少しずつズレが生じ始めた。お互い最低限の確認しかしないため、過程や結果に行き違いが生まれるのだ。オレからして見れば、それはほんの些細な違いで、気にすることもでもないのだが、二人にとってはそうではないようだ。


「団長ちゃん、味付けはこれで良え?」


「ん、どれどれ。うむ悪くないな。ただ、もう少しだけ砂糖を足してくれ」


「分かった」


 それに比べて、青チームは団長がきちんと丁寧にアヤさんに指示するため、スムーズに料理が進んでいく。アヤさんも、分からないところは聞くし、出来ない事はしない。落ち着いた大人らしい堅実なやり方で、着実に完成に近づいていく。それぞれのチームの長所が短所に、短所が長所に変わっていく。


「肉は胸肉を使うべきだ! 何故そんな事も分からない!」


「いいえ! 背肉です! そっちの方が味がまろやかになります! 私の言う事を聞いて下さい!」


 リュカとリーリは声を張り上げて睨みあっていたが、先にリーリが折れた。しかし、リュカに背を向けた瞬間ぼそりと一言こぼす。


「……チッ。そんなんだから、いつまで経ってもちんちくりんなのだ」


「なんですってぇー!?」


 一時間を過ぎた頃には、赤チームは完全に崩壊していた。肉のどの部位使うのか。どれくらいの間加熱するのか。果ては皿の模様まで、好みの違いが諍いを生む。二人ともなまじ料理が出来るせいで、自分の意思を譲らない。何か一つ決めるのにも、激しい口論を必要とし、それがそのまま悪口の応酬となり、喧嘩へと発展していく。いつかリーリが言っていた通りだ。この二人が喧嘩を始めると、収集がつかない。


「そうだ。包丁は押すのではなく、引くことで上手く切れる」


「あ、なるほど。分かってきたよ」


「そうそう。上手いじゃないか」


「やろ?」


 それに比べて青チームは穏やかなものだ。団長は教え方が上手いし、アヤさんは飲み込みが早い。まさに理想的なコンビだと言えた。時間が経つにつれて手際が良くなっていき、連携もスムーズになる。当初の予想に反して、先に料理を完成させたのは青チームだった。嬉しそうに手と手を叩き合い、互いの健闘を讃えている。


「はい、完成や」


「我々は切りたんぽだ。本当は一日かけてじっくり煮込みたかったが、まあ仕方あるまい」


 赤黒いスープに、小さく切り分けられた肉と野菜。隅には香りづけのパセリも添えられている。どこからどう見てもビーフシチューだった。


「……出来ました」


「フン」


 不機嫌を隠そうともしない赤チームの料理はミソカツ、いや、シチューだった。リュカの得意料理のはずのそれだが、どこか負のオーラが漂っている。


「じゃあ、実食します。いただきます」


 手を合わせて先にスプーンですくったのは、赤チームのシチューだった。


「うん。美味い」


 険悪極まりない二人が作ったにしては、柔らかくまろやかな味だった。ただ、二人の目指す完成形に差異があったからだろう。どこか味にまとまりがない。野菜が肉の味を引き立てることなく、甘さが一人走って行ってしまっている。


「次、青チームね。いただきます」


 ビーフシチューを一口含んだ。


「やっぱり、美味いな」


 口の中で広がるデミグラスソースの香り、とろみのあるルーは肉とからまり肉汁を弾けさせる。野菜も柔らかく、舌触りが良い。


「ん、ちょっと甘みがあるな」


「ああ、隠し味に蜂蜜を使用している。子供舌のダーリンには程よいだろう?」


「なるほど、それでか」


「あ……やっちゃった……」


 その時、リュカが思い出したかのように頭をかいた。おそらく、彼女も何かしらの隠し味を用意していたのだが、使うのを忘れてしまったのだろう。これは決まりだな。


「じゃあ発表します。今回の料理対決。勝者は……青チーム!! アヤさん、団長、おめでとう!」


 再びアヤさんと団長がハイタッチする。リュカとリーリは悲しげに小さく拍手していた。番狂わせのように見えて、なるべくしてなった結果のように思えた。


「さて、勝者のうちら青チームには、賞品としてこれから三日間、リューシちゃんを好き勝手に弄べる権限が与えられるよ」


「え!?」


「はぁ!?」


 その時、アヤさんが何か当たり前のように言った賞品の内容に、リュカと二人で声を上げる。


「いや、聞いてないっすよ!?」


「え? そやった? けどほら。ここに書いてあるやん」


 アヤさんがエプロンの前ポケットから取り出した紙に、確かにそう書いてあった。いや、そもそもオレはその紙の存在を知らない。


「そんなの知りませんよ! いつ作ったんですか!?」


「最初からあったけど、見せるん忘れとったわ。堪忍な」


「堪忍出来ねぇ!!」


 絶対始めから狙ってた。料理をした事がない、と不安げに言っていた裏で、こんな悪意ある計画を進行していたのか。しかも、どう転ぼうがオレに勝ち目がないやり方だ。


「ほう。では今晩、ダーリンは私の部屋に来てもらおうか。優しく料理してやろう」


「やめろ!」


 団長が手をワキワキさせながら迫ってくる。だめだ。目が完全に狩人のそれだ。逃げようと椅子から立ち上がるが、その肩をアヤさんに掴まれる。


「良かったなリューシちゃん。大人の階段登れるやん」


「ダメェ!!」


 その時いきなり横からリュカがオレの首めがけてダイブしてきた。その衝撃に二人してひっくり返る。


「ダメです! ダメです! 私はそんなの許しません!」


「いや、リュカ、重……くはないけど、どいてくれ」


 オレの上に乗るリュカの軽さに、顔が赤くなってくる。


「そもそも! ここに私達のお屋敷です。そ、そう言うことはダメです!」


 必死に抵抗するリュカを、団長とアヤさんがニヤニヤしながら見下ろしていた。


「ん? 私はダーリンに部屋でマッサージをしてもらおうと思ってただけだが? 最近肩がこっていてな」


「え?」


「あらリュカちゃん、一体何やと思ったん?」


「そ、それは……」


 途端にリュカの顔がかーっと赤くなる。この二人、良い年して何て下らない意地悪をするのだ。呆れていると、


「そ、そ、それは……うぅ、アヤさんも団長さんも嫌いです!!」


 リュカが走って逃げてしまった。途中で足をもつれさせてこける。


「あぁ、楽しかった」


「あぁ、ちなみにダーリン。ダーリンが望むなら肩以外を揉んでくれても構わんぞ?」


龍王の右腕ドラゴン・アームで肩のツボ押しつぶしてやるよ」


 こうして、最悪の形をなんとか回避して、料理対決は落ち着くことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る