料理対決
「つまり、料理対決をしていると?」
「うぅむ。貴様が出て行った夜からずっとだ」
場所は食堂。最早物言わぬ亡骸のようになった魔王を横目に見ながら、リーリから事情を聞く。
「ちょうどリューシちゃんと入れ違いに魔王ちゃんが帰ってきてなぁ。それからずっとああなんよ」
「魔王様は途切れることなく料理を食べさせられ続け、完全にグロッキーなのだ」
「どんだけ食わせてんだ……」
食堂の長いテーブルの上には、山のように積み上げられた皿が今にも崩れそうに揺れている。ちょっとした村なら養えそうなくらいだ。いくら魔王が巨体と言えども、これは耐えられないだろう。
「はぁ、情けないですね。でも、まあ良いです」
「そうだな。こうして本命が帰ってきたわけだし……」
席にうなだれるように座る魔王の背後で、リュカと団長が腰に手を当てている。そしてその目が、オレを捉えた。
「ひっ!!」
「さぁエドガーさま。
「もちろん、私の料理も食べてくれるよな?」
リュカと団長が、獲物を見つけたような視線でオレを見下ろす。
「いや、あの……」
「頑張りや」
「健闘を祈る」
アヤさんとリーリが、左右から同時にオレの肩を叩いた。恐怖と形容すれば優しいくらいの絶望が腹の底から湧き出してくる。
そんなオレの前に、静かに二皿、それぞれリュカと団長がことりと置いた。右の一皿は、白身魚の切り身に、黄色いソースが芸術的にかけられた料理。その上にちょこんと飾るように据えられるのは、パセリだろうか。黄と白と緑。彩りも美しく、香りも甘い。
右の皿は肉料理だ。ミディアムな焼き加減の肉の上に野菜が乗せられ、さらにその上にもう一度肉がかぶさる。こちらは赤いソースが肉のわきに垂らされており、ソースをつけてもつけなくても良い仕様になっている。見ただけで肉が柔らかいことが伝わってくる。これらを食えと言うことか。
「じゃ、じゃあ肉料理から……」
ナイフとフォークを構えた。オレの背に立つリュカと団長の顔色を伺う。リュカはぷくりと頬を膨らまし、団長がにやりと笑う。なるほど。肉が団長、魚がリュカか。
「あら、肉からいったんは意外やね」
「そうだな。私なら魚からだ」
興味深そうに感想を言い合うアヤさんとリーリは、すでに卓をはさんでオレの正面に座っていた。
「な、なんで魚なんだ……?」
二人は聞き流せないことを言った。オレは何かミスを犯したのか?
「いや、だって魚のが高級品やん? 普通高い方から食べん?」
「え、そうなの?」
一概には言いきれないが、日本では肉の方が高級な気がする。しかし魔界では違うのか。
「せっかく奮発して、海のお魚を使いましたのに……」
「ふ。策に溺れたな。高級感などではなく、どちらが美味そうに見えるか、と言うことだよ」
いや、特に深い考えもなく指運で選んだだけなのだが、まさか料理の選択一つでここまで空気が張り詰めるとは思いもしなかった。これは、極限の集中力と判断力が要求される。
「ま、まあ、とにかくいただきます」
食べやすいようにナイフで肉を小さく切り分ける。力をいれる必要はなく、触れるだけで肉が千切れた。やはり想像通り柔らかい。最初はソースをつけずに、野菜と一緒に口に運ぶ。
「う、美味い……!」
蕩けるような肉、とは良く言うが、この肉はまるで最初から溶けているようだ。舌の上に置いただけで、勝手に肉汁と旨味を口の中に振りまく。添えられた野菜も瑞々しく、肉の味を下から押し上げるように昇華させる。
「庶民なダーリンのために、あえて最高級の肉は使わず、ワンランク落とした物を使用した。そちらの方が脂分が強いので、より甘く感じるはずだ」
「た、確かに。脂身の部分から肉の甘みが染み出してくる……」
正直、団長のことを見くびっていた。これは、かつてオレが王城で食べた料理にまるで引けを取らない。この人は、国王様お抱えの料理人クラスの技術を持っていると言うことなのか?
「もちろん、下ごしらえにそれなりの時間を要している。私の腕ではまだその程度だと言うことだ」
そして、自身を謙遜し、より高みを目指す事も忘れていない。あれ、この人団長だよな。お姉さんとかそっくりさんとかではないよな。
「はい。ほな次は魚料理ね」
すると、アヤさんがオレから肉料理の皿を取り上げてしまった。
「え、ちょっと! オレまだ一口しか……」
「その一口を、あと何千回繰り返すと思とん? しかも、それやとうちとリーリちゃんが食べれんやん」
「あ、そすか……」
前半部分はオレのためかと思ったが、後半は完全に自分のためだった。嬉しそうにリーリと二人で肉を分け合っている。リーリなんか両手をバタつかせて心から幸せそうだ。
「はい! それではお次は私のお料理ですよ!」
そして、リュカがオレの前に皿をスライドさせる。魚料理は、先ほどよりその湯気を弱めていた。これはいかん。冷めてしまう前に食べないとな。
「いただきます」
またナイフで魚を一口大に切り、今度はたっぷりとソースを絡ませて口に含む。
「こ、これは……!」
魚がほろほろとほぐれていく。その癖のないスッキリとした味に、黄色いソース、これはレモンだろうか、柑橘の香りが混ざり合う。口の中に夏の海が訪れたような爽快さが広がる。これも美味い。少し味の濃い肉を食べた後だからか、その爽やかさが際立つ。本当に、文句なしに美味い。目を閉じて、口の中の味覚を最大限尖らせていると、
「はい。ほな、うちらもらうな」
また、アヤさんに横から掠め取られてしまった。リーリが小さく魚を切り分け、アヤさんの口に直接差し出す。仲が良ろしい様で良かったですね。
「うまー!」
「リュカ、凄いな!」
「そ、そうですか? えへへ……」
リュカが嬉しそうに頭をかく。ただ、穏やかな空気はその、一瞬だけで、すぐさまオレを鋭い眼光で見据える。
「さて、第一回戦の勝者を決めて下さい!」
「もちろん私だよな?」
「んー、リーリちゃんはどっち派?」
「いや……これは甲乙つけ難いな」
アヤさんとリーリは良いよな。なんか楽しそうにキャッキャッ言いながら食べ比べしてるもん。それに対して、オレは一歩間違えれば刺されそうな雰囲気で見下ろされている。
「ちなみに、第何回戦まであるんだ?」
「ざっと第千七百四十一回戦だ」
「頑張って下さいね!」
「死ぬわ」
一切間を置くことなくツッコめた。ここで考える。このままこの二人のしたい様に暴走させていたら、オレが魔王の二の舞となるのは自明の理。はっきり言って、怪我明けで胃腸も弱っている今の状態で事が進めば、冗談抜きで死んでしまう。かと言って、中途半端な幕引きにすることは許されないだろう。ならば。
「良し。分かった。今回の二人の料理対決、引き分けとする!」
「なっ!?」
「逃げるのか、ダーリン!」
「違う! ダラダラやってたってらちがあかん! だから、次の一回で決める。どっちが美味いかは、一発勝負だ!」
オレのこの言葉だが、背後の二人はやや不満げだ。
「ですがエドガーさま。お料理とは、多種多様な形態があり奥深く、一食ではとても……」
「怖いのか?」
「え?」
オレは、リュカの話を横からぶった切って、ただ一言叩きつけた。
「真の強者は、一回やろうが百回やろうが勝つ。回数に左右されたりしない。その自信はないのか?」
「へぇ。ヘタレ童貞のくせにナマ言うやん」
ベルゼヴィードに負けたオレが言うことではない気がするがな。そして、いらんことは混ぜっ返さないでいただきたい。あと、童貞って言うな。だが、明らかに団長とリュカの雰囲気が変わった。
「ふ、ふふふ。エドガーさま、意気地なし童貞のくせに、私を煽るとは良い度胸です!」
「はははは! 私の裸におたおたしていた、小心者童貞のくせに笑わせてくれる!」
いや、だから童貞童貞言わないで! 何なの!? 皆オレのこと嫌いなの!?
「勝負です!」
「望むところだ!」
「あ、あんまりそう言う言葉は使わない方が……」
盛り上がる二人を置いて、リーリが一人、顔を赤くしてオロオロしていた。
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