ライブに行ったことはありますか?


 会場はてっきり船の中だと思っていたが、実際はそうではなかった。巨大な帆が船の中央から外されて、広大な甲板が更に広くなっている。そこに据えられた特設ステージの前には、目を回しそうな数の人と魔族が、規則正しく整列していた。不思議なのは、ステージから遠くなっていくにつれてその列が乱れていくことだ。後ろになればなるほどごちゃごちゃしていく。


「ま、前にいるのはレヴィア親衛隊だからね。奴らの統率力は世界一よ」


「凄いんだか凄くないんだか……」


 オレと魔女は現在、魔女の魔法で船のはるか上空を飛んでいた。あまりの高度に膝が震えている。風も強く、上手く声が聞き取れない。


「で、この行動に何の意味があるんですか?」


「まあ見てなさいな」


 魔女が下を顎で示す。その目線の先に目を向けると、綺麗に整えられた列が、少しずつ揺れ動き始めた。


「え……?」


 それはまるで極真空手の演舞のような、完璧に同じ動作をする男達の姿だった。間違いない。あれはかつて旅の道中で見たオタ芸だ。その動きがあまりにシンクロし過ぎていて、爽快さすら味わえる。


「独唱会前の、最後の振り付け確認ね」


「やばいな」


 時折聞こえてくる合いの手が、オレの鼓膜と大気を震わせる。何万もの人と魔族が、一心不乱に躍り狂っていた。


「これからあの最前列に並ぶことになるわ。初心者は大抵一時間で目を回してぶっ倒れるから、あなたも覚悟しなさいね」


「ま、マミン様も混ざるんですか?」


「嫌よあんな汗くさい場所。私はここから見てるから、あなた一人で混ざりなさい」


「えぇ」


「ほら、下ろすわよ」


 魔女が二回手を叩いた。すると


『うおぉお!! レヴィアたーん!!』


『ウィー・ラブ・レヴィア!!』


 オレは、男達の列のど真ん中に立たされていた。突然大音量の中に放り込まれて、思わずしゃがみこんで耳を塞ぐ。


「うわ……」


 熱気が凄い。サウナの中にいるみたいだ。振り回される男達の手が容赦なくオレの身体に当たる。彼らの流す汗が甲板に溜まっていて、靴に染み込んでくる。始まる前からこれほど汗を流していて大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫じゃねぇだろ。脱水で死ぬぞ。


「む、お主、見ない顔でござるな?」


 あまりの狂気に面食らっていると、その中の一人に声をかけられた。眼鏡をかけた地味な感じの人間の男だ。さっきまで躍り狂っていたはずなのに、息一つ上がっていない。


「あ、ああ。初参加なんだ」


「ほう。初戦で最前列とは、中々に骨がありそうな奴でござる。と言うことは、振り付けは知らんでござるな?」


「その通りだ。悪い」


 てっきり怒られるかと思った。しかしそいつは、眼鏡を外して気持ち良いくらいの笑顔を作った。


「なに、構わんでござる。初戦の者は、周りの事など気にせず、純粋にレヴィアたんの独唱会を楽しむのが仕事でござるよ」


「そ、そうか。そう言ってくれると助かるよ」


 男はサイリウムのような棒を差し出してくる。


「ただ、これは持っておく方が良い。皆との一体感を楽しむのもまた独唱会の醍醐味でござるからな」


「ああ、ありがとう」


「拙者はアスタル。レヴィア親衛隊第二隊隊長でござる」


「江戸川竜士。よろしく」


 男同士の堅い握手を交わした。地味そうなアスタルだが、その身体は一流の戦士の風格がある。手足の筋肉は逞ましく、貧弱なオタクのイメージとは合致しない。


「さあ、今のうちに水分を摂っておくでござるよ。レヴィアたんが歌い始めれば、興奮でそれどころではないぞ」


「おお。何から何まで、本当に悪いな」


 木で出来た水筒を渡してくれる。ただ、この水の量では明らかに流した汗をより少ない。周囲の男達も同様だ。応援セットはきっちり装備しているが、それ以外の荷物はほとんど持っていない。


「なぁ、一つ聞いていいか?」


「おう。一つと言わず、何でも聞くでござる」


 男達の踊りがひと段落ついた。自然と少し辺りが静かになる。


「あんたらは、レヴィアのどこが好きなんだ? 正直怖いくらいだよ」


「何かと思えば。ふふ。愚問でござるな」


 アスタルは笑顔とともに両手を広げる。


「全てでござる。愛らしさ、美しい歌声、元気一杯のダンス。その全てに拙者達は勇気とパワーをもらうでござるよ。この世知辛い世の中を生きていく希望の灯火。それがレヴィアたんでござる」


 いまいち良く分からないが、真剣さは伝わってきた。


「さて、レヴィアたんの良い所を擦り込んであげよう。しかと聞くでござる」


「お、おう。ほどほどに頼むよ」


 その後マシンガンのように語り始めたアスタルと、それに混じってきた周囲の男達の熱意に、若干頬を引きつらせることになった。それでも皆人の良さそうな男達で、意外と楽しい、悪くない時間だった。









 だだっ広い甲板の上に、甲高い汽笛の音が鳴り響いた。帆船なのに汽笛はおかしいと思ったが、まあそれはどうでも良いことなのだろう。


「さぁ始まるでござるよ」


 男達の熱気がさらに高まるのを肌で感じ取る。これまで甲板を照らしていたいくつものライトが消えた。星と月明かりだけになった特設ステージの緞帳が上がっていき、十メートル近くある巨大な水槽が現れた。


「うぉ」


 その水槽はまるで海の中。岩や海藻、煌びやかな魚達が我が物顔で泳ぎ回る。そして、


「さぁ、良い加減始めるわよ!! あんた達、準備は良い!?」


『ウェーーーイ!!』


 会場に響き渡るレヴィアの声。男達は拳を振り乱して応える。


「オーケイ! それじゃあ行くわよ!!」


 ここで一拍途切れて、


「魔界のぉぉぉぉ!! スーパーアイドルぅぅぅぅ!!」


『レヴィアたーーーん!!!!』


 爆発した怒号と歓声を合図に、水槽が七色のスポットライトに照らし出された。その中では突如として現れたレヴィアが、大きなメガホンを片手に、輝きを身に纏って泳いでいる。そして、ビシリと彼方を指差し叫ぶ。


「一曲目ぇぇ!! 深海恋物語!!」


『うぉおぉおおお!!』


 レヴィアのウィンクと共に、会場を明るい音楽が支配する。心臓を打つドラムの音、耳障りなようで心地良いギターの音、心を惹きつけるピアノの音。多種多様な楽器が奏でるリズミカルなメロディーは、ファンの歓声と混ざり合って一体化する。

 楽しそうに身体を揺するレヴィアが、そのメガホンに口をつけた。


 

 深い深い海の底から 私はやってきたの あなたのために あなただけのために!!



『はいはいはいはい! あーよっしゃ行くぞ!! タイガー、ファイヤー、サイバー、ファイヤー、ダイバー、バイバー、ジャージャー!!』



 だから笑って? 私を連れて行って? だってあなたとなら



『どこまでも行けるぅぅ!!』


 会場が一つになって歌い上げていく。レヴィアは水をかき分けて踊る。そこから零れる泡が煌めく。レヴィアがその細い指をさすと、男達がジャンプする。それに満足げに笑って、レヴィアは再びメガホンを構える。



 さぁ行きましょう 私とあなた いつまでもいついつまでも だって私は こんなにもあなたを愛してる!!



『はいっせっーの! はいはいはいはい!』


 手を叩き、手を振り乱し、サイリウムが揺れる。レヴィアの振り付けに合わせて男達も踊る。合いの手と拍手が途切れる事は無い。



 イェイ!



『ウェイ!』



 イェイ!



『ウェイ!』


「さあ張り切って行くわよ!!」


『うぉおぉおおお!!』



 深い深い海の底から 私はやってきたの 私とあなた 私たちだけのために!!



『ふっわーふわふわ! ふっふーふわふわ!』


 しかし、ここで何故か音楽が途切れた。照明が消え、会場が闇に包まれる。男達もピタリと静まりかえる。次の瞬間、



 私はあなたを愛してる この気持ちを抑え切れない ねぇそうでしょう? だから私と踊ってよ!!



 大砲のような轟音と共に、再び現れたレヴィアは、もう水槽の中ではなく、ステージ中央に飛び出していた。その下半身は魚の尻尾ではなく、長くて細い人間の脚に変化している。レヴィアが元気いっぱいに高くジャンプすると、男達もそれに合わせて飛び上がる。



 一緒に踊りましょう!! 深い深い海の底で!! あなたと私 だって私はあなたを愛してる!!



『行け行けゴーゴー!! ウィー・ラブ・レヴィア!!』


 男達の怒号に、レヴィアの歌声が掻き消されることはない。それ程まで美しく、特徴的な声だ。耳から侵入して頭へと駆け抜けていくようだ。男達も休むことなく叫び、踊り、手を叩く。まるで会場全体が一つの生き物になったかの如く、呼吸する。


「すげぇ……」


 その迫力に、オレは早くも魅入られてしまっていた。レヴィアの歌にダンス、男達の合いの手に振り付け。オレの心をどこまでも高揚させて盛り上げる。一曲目が終わる頃には、自然と手を振ってジャンプしていた。そしてそこから間髪入れずに二曲目がまた始まる。そのイントロだけで男達は曲を理解し、雄叫びをあげる。



 泣かないで あなたを苦しめる全てのものに

負けないで あなたを傷つける全てのことに



 既にオレは、周囲の男達に混ざって叫んでいた。



 きっと大丈夫 あなたは強いもの だけど それでも もしも もしも



 手を上下に振り、飛び上がることでリズムを取る。


 

 悲しみに包まれたなら 私に会いにきて あなたを笑顔に出来るはずだから!!



 レヴィアが左手を高く掲げると、彼女が白い煙に隠された。それを吹き飛ばすように再び現れたレヴィアの姿は、衣装チェンジをしていた。セーラー服から白いドレスへ。スポットライトを一身に浴びて、まるで天使のように輝いて見える。髪型も長い銀髪を一変しアップに整え直していた。星型のイヤリングがライトを反射して光る。

 彼女の歌とダンスに会場が熱狂する。とどまることを知らないその勢いは、天に浮かぶ月すら撃ち落としてしまいそうだ。

 レヴィアの声も、どんどん張りが良くなっていき、ダンスもダイナミックになる。パワーをもらえる、アスタルの言った通りだ。彼女の明るい笑顔は、確かに何か力があるように感じた。ただ、オレも随分はしゃぎ過ぎて、もう脚が崩れそうだ。汗も流し過ぎてクラクラする。


「さぁプロローグはここまでよ!! あんた達も水を摂りなさい!!」


 このタイミングで、レヴィアがその両手を一杯に振って、ステージ奥に消えていった。それに合わせて音楽も小さくなっていく。


「お、終わったのか……?」


「まさか。独唱会は長丁場。休憩でござるよ」


「あと、どれくらいなんだ?」


 終わってしまうのが惜しい。そう思えるほど楽しくて堪らなかった。


「あと二回陽が昇るまで続くでござるよ!」


「マジか!?」


 それは、いくらなんでも体力が持たない。会場の男達は、一息こそついているものの、疲れはまるで感じさせない。座り込む者が一人もいないのは圧巻だ。


「あんたら、あんなペースで歌ったり踊ったりしてて体力持つのか?」


「持つのか、ではなく持たせるでござる。レヴィアたんが笑顔で歌っているのに、それに応えられぬ拙者らではござらん」


 まぁ、独唱会が終われば三分の一は病院送りになるが。水筒に口をつけながら何気なく言うその一言に、こいつらの狂気が凝縮されていた。

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