団長の秘密


 案内された客間は、これまでの城の雰囲気と同様、質素なものだった。派手さは一切なく、ただただシンプル。部屋の中央に構える白いソファに腰をうずめる。


「全く、やってくれたな」


「何がだよ」


 美しい髪をなびかせる騎士団長。しかし、その言葉とは裏腹に、口元には笑みがあった。


「国王様の目前であれほど暴れたのは、そなたが初めてだ」


「オレは自己防衛しただけだぞ?」


「確かに。だがあれはやりすぎだ」


 まあ、オレもムキになっしまっていた所もあるか。


「さて、私は執務室に戻る。何か用があれば、外にアーノンが控えている。彼に聞いて訪ねてくるといい」


 そう言って団長は部屋から出て行った。少し、と言うかかなり疲れていた。国王様との謁見ってだけでも緊張するのに、あの大太刀周りだ。少々張り切りすぎた。ソファに横になる。


「はぁ、本当にこれから……どうなっちまうんだろうな……」


 頭をかいた。今後のことを考える気力もない。少し仮眠しよう。目を瞑ると、すぐに眠気が押し寄せてきて、オレの意識は溶けて行った。







「ねぇ、起きてよ。ねぇ」


 肩を揺すられて、目が覚めた。白い天井を隠すように、オレを覗き込む顔があった。


「よくあれだけのことしといて眠れるね。見習いたいくらいだよ」


 そいつは、アーノンと呼ばれた金髪の騎士だ。碧眼が呆れたようにオレを見下ろしている。


「なに、何の用だ?」


「国王様が君を夕食に招待したいって言ってる。だから先にお風呂に入って、服も着替えてもらうよ」


「あんだけ暴れたのに、まだオレを呼ぶのか。あんたんとこの国王様も、だいぶ変な奴だな」


「否定はしないけど、それ近衛騎士の前で言っちゃダメだからね?」


 困ったようにたしなめなれた。いつもへらへら笑っているから、あまり良い印象は持っていなかったが、どうやら話せる奴みたいだ。


「わかった。でもその前に騎士団長に会いたい。オレの今後について話したいんだ。いいだろ?」


 すると、アーノンは何故か顔をしかめて苦笑いした。


「う、うーん、あんまりオススメしないよ。あの人、今執務室にいるから」


 なんだか良くわからない理由だった。


「なんだ? 機嫌が悪いのか?」


「いや、機嫌は最高に良いはずだよ。まあ、どうしてもって言うなら案内するけど」


「ああ、頼むよ」


「じゃ、こっち。ついてきて。あと、暴れないでね」


 申し訳程度にオレに注意して、アーノンが手招きする。オレも立ち上がってその背に続く。扉の外には、クルトと言った長身の騎士も控えていた。目でどこに行くのかと尋ねてくる。


「いや、団長に会いたいんだって」


「…………そうか」


 無表情な彼が、少しだけだが、顔色を変えた。その意味はわからない。クルトはオレ達にはついてこようとせず、誰もいない客間を守るようにして立ったままだ。


「ズルイなぁ。堅物のくせにこういう時はちゃっかりしてるんだから」


 アーノンが呟きながら前を行く。そして廊下を少し歩いたところで、行き止まりに到着した。白ばかりの城内において、随分浮いている黒い扉の前だ。


「はい、ここだよ。ノックしてね」


「もちろんだ。あんたは入らないのか?」


「遠慮しとくよ。それと、君にこの言葉を贈ろう」


 グッドラック。オレの目を見ようともせずに、アーノンが親指を立てた。なんなんだ、一体。オレは小さくノックする。


「誰だ?」


「エドガーです」


「おぉ、入ってくれて構わない」


 失礼しますと一言断って入室する。


「早速だな。それで、何の用だ?」


 壁一面に貼られたガラスから、少し落ちかけた陽光が、これでもかと差し込んでくる。かなり明るい部屋だ。その光を背にして立つ騎士団長は、


 全裸だった。


「う……え、あれ、なっ!?」


 あまりに不意の事態に、上手く頭が回らない。意味不明な言葉をこぼしつつ、口をあんぐり開けて後ずさる。


「どうした。何か用があるのだろう?」


 まるで何のことでもないように、騎士団長が両手を腰にあてる。豊かな乳房と、腰のくびれ、見事に引き締まった腹筋。そして下半身……


「うぉおお!? すいませんっしたぁ!!」


 全速力で扉の外に退避する。もう肩で息をしていた。


「あ、どうだった?」


 そこに控えるアーノンが、好奇の目で見てくる。


「いや、あの……えぇ!? いや何で!?」


 女性の、しかも騎士団長の一糸まとわぬ姿を見てしまった。これは斬首すらあり得る。


「どうしたのだ。おかしな奴だな」


 騎士団長が扉から顔を出した。やはり服を着ていない。オレの見間違いではないことを再認識する。


「もお団長。その格好で出てこないで下さいよ」


「何を言う。身体はまだ私の執務室の中だ。私の私室で私がどんな格好をしていようと、私の勝手だろう」


 私と言うワードが多すぎて、事態が頭に入ってこない。


「アーノン!! これは一体……!?」


「言ってなかった、まあ、意図的になんだけど、団長は、裸派なんだ。私室じゃ基本全裸だよ」


「何だそれは!!」


 もはや絶叫だった。超絶美人の裸を見れたことに喜ぶよりも、むしろ罪悪感と意味不明さで、激しく動揺していた。


「はい、これ」


 見たところ何の変哲もない眼鏡を手渡される。


「これ、うちの宮廷魔術師が開発した、人が服を着ているように見える眼鏡。団長の執務室に入る時の必須アイテムだよ」


「普通逆じゃね!?」


「全く。魔術師どもも余計な物を作ったものだ」


 何故か団長は不満顔だった。その唇をつんと尖らせる。


「さあ、エドガー殿。私に話があるのだろう。遠慮せずに入ってきたまえ」


「何話したかったのかぶっ飛んじまったよ……」


 あと、そんな便利なアイテムがあるのなら、最初から渡しておいて欲しい。眼鏡をかけると、確かに団長はいつもの青い軍服を着用している、ように見える。


「そこに座ってくれ。紅茶を淹れよう。アーノン、君も入りたまえ」


 アーノンは眼鏡をかけていなかった。もしかして、嫌らしい気持ちなのだろうか。しかし、


「団長の裸なんて、もう見慣れちゃったよ」


 悲しく笑う。その笑顔が痛々しい。


「さて、エドガー殿が用件を思い出すまで、私の話をさせてもらおうか」


 向かい合ったソファに座る。紅茶のカップを置いてくれる団長の所作は、大変整っている。だが全裸だ。


「は、話って?」


 斬首はないだろう。だって好きで全裸なんだもん。これで首を斬られちゃたまらない。


「私を嫁に娶って欲しい。いや、欲しい、では弱いな、娶りなさい」


 そして、真顔でとんでもないことを言われた。思い出しかけていた用件がまた引っ込む。


「アーノン……」


「これもお約束だよ?」


 平然と言わないで欲しい。


「まだ嫁入り前の若い女性の裸を見たのだ。当然だろう?」


「いや! あんた自分の趣味で全裸なんだろ!?」


 もうめちゃくちゃだ。


「うるさい! つべこべ言うな! 娶れ! 男気を見せろ!」


 怒られてしまった! 何だこの人、これまでの凛々しい騎士団長のイメージが、土砂崩れのように轟音を立てて崩壊していく。


「いやいやいやいや! あんたさっきからむちゃくちゃだ! それに、なんでいきなり結婚なんだ! 訳わかんねぇよ! そんなの勝手にすれば良いだろう!? オレに言うなよ!」


 大変な欠点は発見されたが、外見はパーフェクトだ。きっと引く手数多に違いない。しかし、


「あ、エドガー君、それ禁句……」


 アーノンが止めるが、もう遅い。団長の背後に鬼神が見える。


「それが簡単に出来るなら、苦労はしない!!」


 激しく両手で机を叩いた。せっかく淹れた紅茶が溢れて床に広がる。


「そなたにわかるか!? 君なら一人で大丈夫だね、と言われ続けてきた私の人生を!! 私が妻になってくれたらさぞ幸せだろうと言う者達が、全員私以外の女と結婚していくのを見続けた私の人生を!!」


 その姿は完全に頭に血が上っている。押し寄せる濁流の如くまくし立てる。


「私ももう二十四だ! 世間一般には若いと言われても、騎士団内で完全にお局様だ! 私より若い女騎士達は、次々に結婚していく!」


「いやいや、ちょっと待て! そういや、全裸見たら結婚って、アーノンはどうなるんだよ!? 今も眼鏡してないぞ!!」


 オレが耐えきれなくなって口をはさむが、それの斜め上を行く答えが返ってきた。


「もちろん毎日のように求婚しているさ!」


 していた。しかも毎日。


「あり得ないよねぇ。僕こう見えて妻帯者だし、半年まえに子供も産まれたって言うのに、こんな行き遅れのこじらせ女と一緒になる理由が見当たらないよ」


 そして恐ろしく酷いことを言っている。


「行き遅れって言うな! もうこの際妾でも構わん! 私と結婚しろ!」


「嫌ですよ」


「ほら見たか!!」


 団長が激昂する。机の上に足をかけて乗り出す。


「誰もが私を美しいと褒め称えるが、誰も結婚しようとは言ってくれない!」


「い、いや、ほら団長美人すぎて、高嶺の花って言うか……」


「高嶺の花は、誰もつみに来てはくれんのだ! しかも、いつまでも花でいられる訳ではない! いつかは枯れる。だから!」


 一拍おいて、団長がオレの方へ大きく身を乗り出す。


「私を娶ってくれ! もう後がないんだ!!」


 その目はあまりにも真剣で本気。そして何より、理解しがたいほど必死だった。


「勘弁してくれよ……」


 完全に容量オーバーしたオレの頭が、一気にショートした。団長の必死の形相を目に焼き付けて、オレはその場でソファに埋もれるように気を失った。

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