謁見の間
「レギオン城」
先を行く女騎士は、背中のオレに話す。
「世界で最も美しい城と言われ、また、世界で最も強固な城だ」
その声は誇りで満ちていた。しかし、無粋にもそれを遮る者がいる。
「いや、団長。世界一強固な城は、ルシアルの城だよ?」
オレの背後でへらへら笑う小男だった。
「奴らが籠城を始めて百五十年。未だに城の外壁すら攻略できていないじゃん」
「そうだったな。だが、それも直ぐに終わる。我らが勝利するからだ」
騎士団長は、確かな自信を持ってそう宣言する。
「私、クルト、アーノン。そしてエドガー殿。常に最強と謳われてきた我が騎士団だが、その長い歴史の中でも現在の戦力は抜きん出ている」
「いや、オレまだ騎士団に入るとは……」
騎士団長が少し振り返る。その鋭い眼光に、さっと心臓が冷えた。
「直ぐに気が変わるさ」
「ま、団長しつこいからね」
また小男がへらへら笑う。しかし、その歩みは足音一つ響かせない。こいつもかなりの手練れだ。
城の周囲を囲む堀の前に到着した。その深さは十メートル以上あり、中には木で出来た槍が剣山のように林立している。重い音がして、桟橋が降りてきた。
巨大で分厚い城門をくぐると、城の全容が見えてくる。豪華絢爛、と言うよりは、機能美のような美しさを感じる、簡素な城だ。太陽の方角に、高い塔が見える。その周りには幾人もの兵士が控えていた。
「クリスティア様、おかえりなさいませ!」
「ああ、ご苦労。城内変わりないか?」
「ありません!」
「よし、さてエドガー殿」
団長が笑う。
「そなたを信じて、手枷はさせない。この信用、裏切ってくれるなよ?」
その笑顔にはえもいわれぬ凄みがあって、背筋が寒くなった。この若い女騎士からは、すでに歴戦の老将のような貫禄を感じる。
「……わかった」
城の廊下は広く、一定間隔を置いて衛兵が待機している。ただ、敷き詰められた赤い絨毯こそ美しくも、絵画や装飾品などは置かれていない。高い窓から入ってくる陽光が、城内を明るく輝かせる。
「エドガー殿、この城についてどう思う?」
一瞬だけ振り返り、また団長がオレに尋ねてくる。
「あ、ああ。オレがイメージしていたよりずっと質素だな。無駄な物がないっていうか……」
「その通り。これは先代の国王様のご意向でな。城を意味なく着飾らせるより、民に還元せよ、とな。現国王様も同じお考えだ」
「へぇ」
シャンが言うように、本当に素晴らしい王だ。だが、それが何だというのだ。
「つまり、そなたがこれから謁見するのはそういう王だ。くれぐれも無礼のないように」
「わ、わかってるよ」
何度も何度も、しつこいくらいに釘を刺される。当然だがやはりあまり信用はされていない。オレが少しでも不審な行動を取れば、即座にこの三人に拘束されるだろう。
どれくらい歩いただろうか。何人もの衛兵の前を通り過ぎ、階段を登り、そして、とうとう謁見の間に辿り着いた。そこには、騎士団長と違い、朱色の軍服を着た騎士たちが玉座の下に、魔術師のような連中が右手に控えている。オレを囲む三人の騎士は、そのままオレの後ろに下がった。
「国王様が御出でになる。そこに跪かれよ」
前方のガタイの良い朱色の騎士が、張りのある声でオレに命令する。逆らう気など毛頭ないので、片膝をついてしゃがむ。ついでに頭も下げる。
「ほう。様になっているな」
後ろで騎士団長が感心したように呟いた。
「国王様のおなりでございます!」
とくに楽器などが鳴らされることもなく、地味な登場だった。まだオレは頭を上げない。
「顔をあげよ」
それは、大人と子供の狭間のような、中途半端な高さの声だった。決して威厳があるとは思えない。国王の許しを得て。オレは顔を上げる。何段も高い所に据えられた玉座に座るのは、やはり子供だった。浅黒い肌に、短く切り揃えられた黒髪。ただ碧眼は鋭く、その聡明さがうかがえる。
「余は、レギオン国国王、グリフォース・レギオン。そなたの名を述べられよ」
「江戸川竜士」
国王の隣には、もう一人、長い金髪をツインテールにした碧眼の娘が座っていた。髪の色こそ違うが、国王と面影が少し似ている。おそらくは王女様だろう。兄妹揃って非常に見目麗しい。これは民衆からの人気も出るはずだ。
「エドガー殿。まずは礼を述べたい。あのゴーレムは、勇者の力で氷漬けにされてはいたものの、長らくレギオンの悩みのタネであった。打ち倒してくれたこと、誠に感謝する」
「い、いえ……」
酔ってたから覚えてないのだ。正直、感謝されるいわれはない。
「さて、ここからは余の頼みになるのだが、ぜひその力を我がレギオンのために振るってはくれまいか。もちろん、相応の礼はしよう」
「御断りします」
オレの即答に、少し謁見の間にざわめきが広がる。若き国王は静かに息をつく。
「そなたを魔の者ではないかと勘ぐる者も多い。余は、きっとそうではないと信じておるが、何か証を立ててはくれぬか?」
「それも出来ません」
ざわめきが、明らかに不穏な空気へと変わった。
「口では何とでも言うことが出来ます。それを信じるのも疑うのもまた人次第。証など立てようがありません」
オレのこの発言に、最初にキレたのは前方のゴツい騎士だった。
「貴様! グリフォース様に何たる無礼な振る舞い……! その不気味な腕ともども首を跳ね飛ばしてやっても良いのだぞ!」
腰に下げた大剣を、今にも引き抜きそうな勢いだ。
「よせ。ハウル」
だが、国王の一言に、その矛をしぶしぶ収める。だが、いつまた怒りだすかわからない。
「兄様、少し……」
その時、国王の隣に座る、おそらくは王女が国王に小さく耳打ちした。その碧眼にあるのは好奇心だ。
「それは……しかし、うぅむ」
国王が苦い顔をしながら思案する。言いづらそうにその口を開いた。
「余の妹が、本当にそなたがゴーレムを倒したのか疑わしいと申しておる」
「それはつまり」
「ここにおる誰かと闘って、少なくともその強さだけでも証明してはどうかと……」
国王のその言葉に、一番喜んだのはハウルと呼ばれた朱色の騎士だ。
「それは良い! このような得体の知れぬ男など、私がねじ伏せて見せましょう!」
「うぅむ。客人としてお呼びしている者に、それはいささか無礼な気が……」
「構いませんよ」
オレもあのハウルとかいう男には、少々腹が立っていた。
「……わかった。ただし、両者殺してはならぬ。互いに木剣で打ち合うこと」
「かしこまりました!」
ハウルは嬉々として、控えの者から木剣を受け取る。そして、謁見の間の中央に大股で進み出た。
「さあかかってこい! 手加減はせぬぞ!」
「良いのか?」
その時オレに小声で問いかけたのは騎士団長だ。良い香りが鼻腔をくすぐる。
「あの者は近衛騎士団長だ。私でも片手間には勝てぬ男だぞ」
「別にいいさ。オレもムカついてたんだ。少しくらい暴れてもいいだろ」
「わかった。好きにしろ」
オレも立ち上がる。慣れない態勢でいたから、少し脚が痺れていた。
「エドガー殿、得物は?」
国王が問う。
「私に剣の心得などありませんので。それに」
素手で充分。オレのその言葉に、ハウルが青筋を立てる。
「……まあ良い。二度とその口開けぬようにしてくれる!」
「いいから来いよ。時間の無駄だ」
「ほざけぇ!」
その巨体に似合わぬ俊敏さで、オレとの間合いを詰めてきた。大上段から木剣がオレの頭目掛けて振り下ろされる。その剣先がオレの頭に届いた、その瞬間。
オレはハウルの背後を取っていた。
「なっ!?」
「どうした? 当たったと思ったか?」
後ろからハウルの軍服の襟元を、
「うぉお!?」
ハウルを頭から絨毯に叩きつけた。それだけでそいつは身じろぎ一つしなくなる。
その一瞬、いくつかのことが同時に起こった。待機していた魔術師達が、一斉にオレに拘束魔法を展開。オレはそれを
「いきなり、何の真似だ?」
「人とは臆病だ。未知の力に怯えるのは必然」
オレへの一刀を防がれた騎士団長だったが、眉一つ動かさない。魔術師達が再び魔法を練り直し、近衛騎士達が槍を構える。
「やめよ」
一瞬で戦場と化した謁見の間を、鋭く貫く声があった。
「エドガー殿は客人。また、両者合意の上で行われた試合で勝利条件を満たしたまで。これ以上エドガー殿に狼藉を働くなら余の権限で処罰する」
その身を近衛騎士に護られながらも、玉座から立ち上がり、一歩前にでる。
「ハウルを下げ、医者に見せよ。そして、クリスティア騎士団長」
「はっ!!」
「エドガー殿を客間にご案内せよ。これにて謁見は終了する」
王女は目を丸くして両手を頬に当てている。魔術師は落胆し、近衛騎士は舌打ちする。ただ、オレの背後の小柄な金髪騎士だけが、一人へらへら笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます