第二章

黒猫亭のギルドマスター


「さて、どっから入るか……」


 オレは現在、どうやって城下町に入るか悩んでいた。あの行列に並べばいいのだろうか。しかしそれだと、かなり時間がかかりそうだな。


「おい、坊主何してるんだ。そんなとこで」


 すると、背後から声をかけられた。声に反応して振り返ると、茶色い革の鎧を身にまとった髭面の若い男が立っていた。片手剣を腰にぶら下げて、右手で麻袋を担いでいる。


「いや、城下町に入りたいんだが、どこから入れば良いかわからなくて。あの行列に並ぶのか?」


「ああ、外のモンか。それならこっちだ。あっちは行商人の関門。見た所旅人みたいだしな。ついてこいよ」


 革鎧の男は、短く刈り込んだ黒髪をかきあげながら、人懐っこくニカッと笑う。


「俺はシャン。ここの冒険者ギルドで仕事してるんだ。お前さんは?」


 肩を並べてのどかな道を歩いていく。初めて会った人間だが、なかなか話しやすい雰囲気をしていて、自然と会話出来た。


「江戸川竜士。仕事を探して田舎から出てきたんだ」


「エドガー・リューシ? 変わった名前だな。出稼ぎか。まあ王都なら仕事に困らねぇ。期待していいぜ」


「そりゃいいな。しかし、初めて王都に来たが、随分栄えているみたいだな」


「ああそうだろ? 若き賢王グリフォース様のおかげさ。あの方の打ち出す政策は、民草のことをよく考えてる素晴らしいもんだぜ」


 へぇ。異世界の支配層なんてなんとなくクズばかりだと思っていたが、そういう奴もいるんだな。


「先代の国王様も素晴らしいお方だった。二代続いて賢王が治めてくれるなんて、幸せな国だぜ、レギオンは」


「ふーん、なるほど」


 本当に自分のことのように誇らしげに話すシャン。その手がオレの肩を叩く。


「それで、どんな仕事を探してるんだ? 特に希望がねぇなら、知り合いを紹介してやるぜ?」


「へぇ、あんた良い人だな」


「なに、ここで会ったのも何かの縁だ。冒険者ってのはそういうのを大切にするんだよ」


「そうか。じゃあちょっと質問。冒険者ってどんな仕事なんだ?」


 オレの何気ない質問に、シャンは目を丸くする。


「お前、一体どんな田舎の出身なんだよ?」


「言ってもわからねぇさ」


 首を振った。そんなオレのごまかすような態度にも、気を悪くしたような様子がない。ただただ驚いている。


「そうだな。何でもやるぜ。魔族の討伐からペット探し、家事なんかを手伝ったりすることもある。だいたいは依頼を受けて仕事するんだ」


「騎士や傭兵とは違うのか?」


「全然違う。騎士は国のために、主に魔王軍と戦う。傭兵は金のために戦場を練り歩く。どうだ、わかったか?」


「ああ、ありがとう。よくわかったよ」


 シャンは本当に良い男みたいだ。なら、この男に頼んでみるのが良いだろう。


「あと、オレは勇者に会ってみたいんだ。出来るかな?」


 だが、途端にシャンは渋面を作った。右手で頭をかく。


「勇者様かぁ、まあ無理だろうな」


「引きこもってるって聞いたけど、だからか?」


「ああそうだ。オレが知ってる勇者様の外出はこの二年間で二回だけだ。初めて大神殿に現れた時と、巨大ゴーレムが王都を襲った時だな。ほら、あれ見てみろよ」


 シャンが指差す方向には、王都の城壁よりもはるかに巨大な、丸型のゴーレムが立っていた。城壁にその手をかけたまま、凍りづけにされて停止している。


「その時は暁の騎士団がいなくてな。残ってた傭兵や騎士団、オレ達冒険者なんかで防衛に回ったんだが、てんで歯が立たなくてな。いや、あの時は終わったと思ったね」


 だが、そこに勇者が姿を現したのだと言う。


「一撃さ。超強力な氷結魔法でやっちまった。宮廷魔術師も真っ青だぜ」


 なるほど。一度王都を救った経験があるから、二年も引きこもってられるのか。民衆は、有事の際には勇者が現れることを信じているのだろう。

 そうこう話をしているうちに、城壁のすぐそばまで辿り着いた。硬そうな石を積み上げたそれは、間近で見ると迫力がある。その周りをぐるりと囲むように掘られた堀を、桟橋を渡って越えていく。そこには、大きな豚をかついだ男や、籠一杯の草を抱えた女。皆冒険者なのだろう。思い思いの格好や装備をしている。


「よおシャン! なんだその坊主は? 見ねぇ顔だな!」


「おう。さっきそこで会ったんだ。勇者様に会いたいんだと。あと、仕事も探してるみたいだ」


「そ、そうか。だが坊主、あんまり期待しない方がいいぜ?」


「それはもうオレが言ってるよ」


 活気ある冒険者達が、一人ずつ検問の衛兵に身体チェックをされて入っていく。その回転は早く、直ぐにオレの番がきた。


「よし、シャン・マクシミリアンだな。入っていいぞ。うむ、この男はなんだ?」


「旅人だ。仕事を探してるってよ」


「なるほど。少し調べさせてもらうぞ」


「武器とか持ってる連中は通してるけど?」


 不思議に思っていたことだった。


「冒険者や傭兵は、ちゃんと許可を取ってるんだ。あと、調べているのは麻薬や違法取引用の品物とかだ。よし、通っていいぞ」


 人の良さそうな衛兵に通してもらう。関門をくぐると、人々が騒がしく行き交う街並みが、オレの目に飛び込んできた。人間で道が埋まっているのではないかと思うくらいだ。


「ようこそ王都へ。なんてな」


 シャンがにやりと笑って言った。






「さて、勇者は黒猫亭ってとこにいるんだったな」


「おう、ついて来いよ」


 シャンが自然に言う。


「案内してくれるのか。有難いな」


「まあ、オレの仕事場でもあるからな」


「そうか」


 シャンは黒猫亭の冒険者なのか。これは本当に運がいい。


「……それだけか? 他に何か言うことはないのか?」


「悪いが金ならないぞ?」


 そう言えば無一文だった。これからどうしよう。


「いや、そうじゃなくてよ! 黒猫亭だぜ!? 超有名ギルドじゃねぇか。そこの冒険者ってだけでもかなりすごいことだろ!? もっと感心してくれよ!」


 そ、そうなのか。だが、異世界人のオレにはそんなことわかるわけがないし、そう言われても困ってしまう。申し訳ないとは思うが。


「そ、そりゃ悪かったな。あんまり良く知らないんだよ」


「お前、本当にすごい田舎に住んでたんだな。黒猫亭って言ったら、何人ものS級冒険者を輩出してる名門なんだぜ。暁の騎士団の、美しき女騎士団長、ティナ・クリスティア様の出身ギルドでもあるってのに」


「へぇ、じゃあシャンは今どれくらいの冒険者なんだ?」


「B級さ。先月上がったんだ。まあ魔族十体くらいなら軽いぜ?」


 得意げに力こぶをつくるシャン。


「じゃあ、キマイラ十体とか?」


「い、いや、それは流石に無理だ。考えたくもねぇ」


 人々が通り過ぎていく道を進んで行く。立ち並ぶ商店には、見たこともない果物や野菜、魚が陳列されている。商人は手を叩いて客を呼び、あちこちで値切りの交渉が行われていた。


「お、エルフとかもいるんだな」


 耳の長い、綺麗な碧眼の女とすれ違った。半透明の薄い羽衣を羽織っていて、それがとてもよく似合っている。あれは魔族ではないのか?


「奴隷解放から四十年だからな。エルフだったりドワーフだったり、人間に好意的な魔族とは貿易や交流も盛んなんだ」


「そりゃいいな」


 もう少し歩くと、大きな噴水がある広場に着いた。そこの周囲には、いくつものレンガで出来た大きな店が並ぶ。しかし、その中に一軒だけ、古びた黒木で出来た建物があった。そして、シャンはそこに入っていく。


「こいよ。ここが有名ギルド、黒猫亭だ」


 西部劇で出てくるような木の扉を押して、中に足を踏み入れる。そこは、酒場のようだった。中も全て黒木で作られていて、質素だが落ち着いた雰囲気だ。壁という壁に依頼の紙が貼られていて、冒険者たちが依頼を吟味している。その中で、いくつもの酒が置かれた一番奥にあるカウンターに、シャンが歩いていく。


「ギルマス、ちょっと話が……」


「あら、シャンちゃんじゃない。おかえり。何かしら?」


 それは、黒いタンクトップを着た、筋骨隆々のガタイの良いおっさんだった。鼻の下に生えた黒ひげが揺れている。


「さっきそこで会った奴なんですけど、勇者様に会いたいって」


「んー、勇者ちゃん? 難しいわねぇ。可愛い坊やだから、お願いは聞いてあげたいんだけどねぇ」


 バチリとウィンクされた。背筋を悪寒が走る。だが、勇気を出して話しかける。


「なんだこのおっさん。猛獣か何かか?」


「違う。黒猫亭のギルドマスター、ブラックさんだ。元S級冒険者で、ドラゴンを素手で殴り殺した経歴を持つ人だ」


「やぁねぇ。もう昔のことよん。今はしがないギルマスのおねぇさんってとこかしら」


 顎が割れているお姉さんはムリがあり過ぎる。自分で話の腰を折っておいて何だが、すべき話はこれじゃない。


「それで、勇者はどこにいるんですか?」


「上よ。二階は住居になってるの。そこに住んでるわ」


「そして二年間引きこもってると」


 そうなのよぉ。大して気にした様子もなく、ギルマスは笑う。


「まあ、ご飯はきちんと三食食べてるし、生きてるわよ」


 そして何気に酷いことを言う。


「じゃあ、飯の時には出てくるんですよね? それまで扉の前で張ってます」


「んー、それも難しいわ。あの子索敵能力ビンビンだから、怖がって出てきてくれないわ」


 希少動物か。


「じゃあ扉を開けて無理矢理入るしかなさそうっすね」


「それも難しいぜ」


 人の良いシャンは、申し訳なさそうに言う。


「まあすぐわかるさ」

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