命は


 今夜も、赤と青の月が夜空に輝く。その美しさにオレは見惚れていた。遠くから聞こえる虫の鳴き声が涼しい夜風に乗って消えていく。この世界は本当に美しい。見るもの全てが新鮮で、素晴らしいものだと感じる。

 オレは、村の一番広い場所に、一人で立っていた。そっと右腕の長手袋を外して放り投げる。


「ほ、本当に大丈夫なのですか? 村を襲うキマイラは八頭。いくら魔王様の使いの方でも……」


「本人が良いと言ってるんだ。構うまい」


 老獣人の家に隠れる二人が、話をしているのが聞こえる。作戦はこうだ。リーリがリュカを全力で護る。オレがキマイラを倒す。わかりやすくて良い。


「エドガーさま……」


 心配げに見つめるリュカがいた。心配はいらない。その方向に親指を立てる。


「き、来たぞー!!」


 見張りに行っていた若い獣人が走りながら叫ぶ。確かに、巨大な影が月夜に七つ、ゆっくりと迫ってきていた。ただ、オレの予想と違うのは、そいつらが飛んできたことだ。山羊の胴体って言ってたから、てっきり走ってくるものだと思っていたが、羽もあるのか。

 そいつらが重そうな音を立てて、オレの前に着地する。


「何だお前は」


 その中の、先頭の一頭が声を発した。つまりこいつらは、そこそこの知能のある魔族であるということだ。


「江戸川竜士」


「その醜い右腕、人間ではないな」


 お前らだけには言われたくないな。オレのコンプレックスをいきなりついてきやがった。あとオレは人間だ。


「さて、戦争の前に話し合いだ。この村を襲うのをやめろ。そうすりゃ無傷で返してやる」


 先頭のキマイラが、その顔を歪ませて笑った。それはひどく醜悪な笑顔だった。


「異な事を言う。ここは我らの遊び場。お前ごときにとやかく言われる筋合いはない」


 こいつは、遊び場と言った。つまり、こいつらは食料や土地が欲しい訳ではない。自らの快楽のために、獣人を殺していたのだ。ふぅと深く息を吐く。


「オッケー、決まり。てめぇらにはドギツいお灸をすえてやらないとな」


 左手を前に出して手招きする。


「こいよ。ぶっ潰してやる」


「ほざけ虫ケラがぁ!!」


 キマイラ達が一斉に遅いかかってきた。オレは瞬時に駆け出し、その腹下に潜りこむ。


「グフゥ!?」


 オレの下からの一撃が、深々と突き刺さる。龍王の右腕ドラゴン・アームは、無慈悲に皮膚を破り、筋肉を突き抜け、内臓にまで到達する。それを振り払い、右にいたキマイラにぶつける。更に左から襲い来る大きく開いた口腔を、奥歯を受け止めて停止させる。


「バカめ!」


 キマイラがその口を閉じた。オレの龍王の右腕ドラゴン・アームを噛みちぎるつもりだろう。が、


「え?」


 折れたのは、その牙の方だった。まるで発泡スチロールのようにボロボロと崩れる。そして、オレはそのまま、口腔内から龍王の右腕ドラゴン・アームを打ち上げる。それは、キマイラの脳まで達したことがわかった。一気に口の先まで引き裂く。


「さあ、どんどんかかってこいよ」


 キマイラの血も赤かった。オレの半身が真っ赤に染まる。


「このっ! 調子に乗るなぁ!!」


 毒ヘビの尾が伸びてくる。その牙もオレの右腕に噛み付くが、傷一つつかない。オレはその尻尾を掴むと、勢いつけて投げ捨てる。そいつは、頭から折れた柱に突っ込み突き刺さった。


「う、あ……」


「な、なんだこいつは!」


 オレを取り囲む残りのキマイラ達が、その脚を震わせていた。少しずつ後ずさる者もいる。


「う、うわぁあ!!」


 その中の一頭が、羽をはばたかせて空中に逃げ出した。オレは足元に落ちていた拳くらいの石をひろい、そいつめがけて投擲した。


「ギャ!?」


 石が、キマイラの方翼をぶち破った。浮力を失ったそいつは、地面に墜落していく。そのまま下にあった岩盤にぶつかって、動かなくなった。


「どうだ。その命をむしり取られていく気持ちは。良い気分だろ?」


 半分以下になったキマイラ達を睨む。獰猛な魔族であるはずのそいつらが、その顔を恐怖で引きつらせていた。


「エドガーさま!!」


 その時、リュカの叫び声と共に、オレの身体が吹き飛ばされた。そのまま一頭のキマイラのそばまで弾き飛ばされるが、後ろ向きの龍王の右腕ドラゴン・アームの肘打ちで、その頭部を爆散させる。ドロリとした血と、キマイラのクッションで、何とかその場にとどまる。


「お前達、何をやっているのだ」


 そいつは、月を覆い隠す程巨大なキマイラ。獣人達の家より遥か高い所から、不協和音のような耳障りな声を響かせる。


「と、頭領!」


「頭領!」


 周りのキマイラ達が、喜びの声を上げる。頭領と呼ばれたキマイラは、なるほど、他の奴らとは比べ物にならない程の威圧感を宿していた。


「あんたが大将か」


 何も言わない。それどころか、その槍のような牙を持つ口を大きく開く。すると、その前方に赤い魔方陣が現れた。円形のそれは、ゆっくりと回転しながら明滅している。その次の瞬間、そこから放射されたのは圧倒的な猛火。しかし、それが焼却するのは、


「ギャアア!?」


「と、頭領ぉお!?」


 奴の周囲にいた二頭のキマイラ。燃え盛る炎は、一瞬で二頭を灰へと変えた。遠く離れたオレの髪の毛すら、チリチリと焼く。


「腰抜けなど我がキマイラ族にはいらぬ。目障りだ」


 まるでゴミでも見るかのような視線で、同族達を切り捨てた。


「しかし、よくも私の遊び場を荒らしてくれたな。獣人どもをじわじわとなぶり殺しにしてやろうと思っていたところを」


 キマイラが、高いところからオレを睨みつける。


「これから貴様を殺す。その後にここの獣人ども一人ずつ踏み殺してやろう。はは。そう考えると愉快だ」


「一つ、言っておく」


 オレは、龍王の右腕ドラゴン・アームを握り締めた。


「命は誰かの玩具じゃねぇ!!」


 その言葉は、小さな村に響き渡った。夜に反射してこだまする。


「ふん、ゴミ虫が。燃やし尽くしてくれるわ!!」


 またキマイラがその口腔を広げた。先程より一回り大きい魔方陣が作り出される。


「死ねぇ!!」


 地獄の蒼炎が、恐ろしい勢いでオレに迫る。その熱が頬を焦がす一瞬手前。オレは龍王の右腕ドラゴン・アームで炎を受け止めた。


「ぐっ!? ぬぉおお!!」


 さらに火力が上がる。もはや家一軒を飲み込む程の火の玉となって、オレに襲いかかる。それをオレは、龍王の右腕ドラゴン・アームで大きく打ち払い、消滅させた。


「な!? なっ!?」


 キマイラが、その大口をだらし無く開けて震える。


「わ、私の最大魔法が……消滅だと……!?」


 そこからのそいつの行動は迅速だった。その背からコウモリのような羽を出現させて、空中に飛び去る。瞬く間にその姿が遠くなっていく。逃げたのだ。


「カスが」


 唾とともに小さく吐き出した。大きく龍王の右腕ドラゴン・アームを引いて、もう一度投擲の姿勢に入る。その拳には、奴が放った火炎を、野球ボール大にまで力を凝縮させた火球が握られている。


「地獄に、落ちろぉお!!」


 雄叫びと共に、全力投球した。その球は、もはや目に見えない速度で空を駆け抜け、月夜に派手な特大花火を咲かせた。


「っしゃあ!! ナイスコントロール!!」


 右腕を振り上げて、ガッツポーズする。


「エドガーさま!」


 すると、隠れていた家からリュカが飛び出してきた。その瞳に涙を光らせながら、オレにひしと抱きつく。


わたくしは、あなた様の勝利を信じておりました!」


「そ、そうか」


 振り払うことも出来なくて、左手で頬をかく。その時、下から小さな音がした。夜風がオレの脚をくすぐる。


「まあ、キマイラ八頭瞬殺か……。そ、その強さだけは認めてやらんでもない」


 リーリもそっぽを向きながら出てくる。しかし、オレの姿を目にした途端、


「っ!? リ、リュカ! 離れろ! 今すぐそいつから離れるんだ!」


 気づかれた。嬉しそうにオレの胸に頬ずりするリュカには、見えていないのだ。


「な、何を言うのですか、リ……リ……?」


 そして、リュカもその目線を下げる。その目に映るのは、オレの安物のトランクス、ではなくセルバスに用意してもらった新しいパンツ。燃え上がるような勢いで、リュカの頬が赤く染まっていく。


「え、エドガーさま! あなたという人はっ!!」


「いや、オレ悪くなくね!? あいつの炎でベルトが燃えたんだよ、きっと!」


「変態が! その首刎ね飛ばしてくれる!」


 リーリがブツブツと詠唱を始め出す。いかん、あれは本気だ。


「も、もう! 本当にもう!!」


 リュカがオレの胸をポカポカ拳で叩いていた。







「こんなに早くから、出発されるのですか?」


 老獣人が、村の者全てを引き連れて、オレ達の見送りに来ていた。


「ああ。まあ急ぐ旅だしな」


 荷台から手を振る。そこには食料や旅の必需品が満載されていた。


「そうですか。でしたら、またいつか是非この村をお訪ね下さい。村をあげておもてなしさせていただきます」


「じゃあ楽しみにしているよ」


 オレの言葉に、老獣人が頷く。その彼に、手綱を握るリーリが口を開いた。


「この村を領地にすることを、私から魔王様に進言しておく。だから今後も頼るといい」


「は、はい!」


「で、あんたらはこれからどうするんだ。村の復興とか大変だろ?」


 獣人達は顔を見合わせる。


「まずは、キマイラ達の墓を作り、葬います」


「……いいのか? 随分あいつらに殺されたんだろ?」


「死した者に、もう罪はありません」


 彼らがそう決めたのなら、もうオレがとやかく言うことではないだろう。


龍王の右腕ドラゴン・アームの英雄の話、末代まで語り継がせます。そして、もし有事の際は、我らにお声かけ下さい。万難を排して駆けつけます故」


「まあ、考えとくよ」


「おい、もう出るぞ」


 リーリが手綱を引いた。馬車がゆっくり発進していく。獣人達は、オレ達の姿が見えなくなるまで、口々に感謝を叫びながら、手を振っていた。すると、オレの前に座るリュカと目があった。


「ありがとうございます。エドガーさまも、リーリも」


「何のことだ?」


 あえて分からないふりをした。オレのそんな態度に、リュカは嬉しそうに笑って首を振った。

 天を突き抜けるような青空の下、ゆっくりと馬車は進んでいく。こうして三人で旅が出来るのも、あと少しだ。

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