転生したら地下牢に幽閉された令嬢でした。また実の妹も転生者で、しかも平行世界の「私」でした。

華洛

プロローグ もう一人の「私」


 私の目の前には、小太りの50を半分程度過ぎた男がいる。

 腰を抜かし、あたふたとしている様は実に滑稽で仕方が無い。

 男の名前はギデオン・ファーン・トュテエルス。

 私の実の父親だ。

 ……とはいえ、実際に見たのは今日が初めてなんだけど。


「あ、アリティナ。お前は、じ、実の父親を殺す気か! 親不孝者め!!」


 ハハハ、笑わせてくれるなぁ。

 親不孝者?


「親らしい事を何一つとして私にしなかった癖に何を言ってるの?」


「お前を10年以上、殺さずに生かしておいただろう!」


 思わず手に持っている黒剣で、コイツの頬を斬った。

 頬からは血が流れ、股からは尿の匂いがする。たったこれだけで失禁したんだ。仮には軍務を仕切る公爵家としてどうなの?


 それにして殺さずに生かしておいた、ね

 地下牢という不衛生な場所。食事はまともに運ばれてこず、来たら床に投げ捨てられたのを、頭を踏まれ、手を使わずに食べさせられる日々。

 来たメイドやバトラーは、平気で私を殴る蹴るのフルコース。

 ……これが、こいつのいう親らしい事だというのなら、それに対して子供として感謝をしないといけない。

 特大の感謝を込めて……殺す。


 黒剣を振り上げ、振り下ろす。

 こんなのでも私の父親だ。せめて苦しまないように、殺そうと思う。

 ――自分の父親を殺すというのに、なんにも感じない。感じるわけがないか。

 私自身、こいつを父親だとは認識してないのだから。


 黒剣を振り下ろし、コイツを一刀両断にしようとした所で、私は斬るのを止めて、防禦態勢に入った。

 直後。剣に衝撃を受け、私は後方に跳ばされた。

 ……手が痺れる。なんて膂力。

 私は介入してきた少女を睨んだ。

 白銀髪に、私にそっくりな顔立ち。手には黄金色に輝く白い剣を持っている。


「初めまして、お姉様。妹のソフィア・ナイルス・トュテエルスです」


 妹? いもうと?

 いや。分かっている。分かっているけど――。なにこれ。

 魂が共鳴しているかのような感じがして気持ち悪い。


《注意。眼前の敵は、当方と同等の戦力所有していると推察》


 同等の戦力って……。


《我と同等――つまりデウス・エクス・マキナを所有。また魂の共鳴反応から推察するに……眼前の相手は汝の可能性大》


 頭に声が鳴り響く。

 デウス・エクス・マキナ。機械仕掛けの神……早い話がナノマシンだ。本人曰くナノよりも遙かに小さいため、謂わばヨクトマシンとの事。

 前世でたまたまデウス・エクス・マキナと融合した事で、色々とあったけどもう何十年もの付き合いになる。

 出来る事はなんでも出来る存在。それがデウス・エクス・マキナである。

 もし居なければ、私はあの地下牢で朽ち果て死んでいたと思う。


《相手が持つ剣は、汝が持つ剣の反転した物。魂の共鳴反応。もう一体の我の反応。総合推測。汝とは少しだけ違う人生を歩み。偶然、同じ世界、同じ時代、同じ家族の元に転生したと考えられる》


 絶対に偶然じゃないよね、それ。何かしらの作為を感じるんだけど。

 いや。今は考えるのは止めよう。思考するほどの余裕はない。

 目の前の妹であり、平行世界の「私」は間違いなく私よりも強い。認めたくないけど強い。

 さっきの一撃で、腕がまだ僅かに痺れているのがそ証拠。


「――ソフィア。ソフィア! 良く、よく来てくれた。お前なら、お前なら、あの忌々しい者を斬れる!! 斬れぇぇ!!」


「……はい。お父様」


 頷くソフィア。

 昔、ドッペルゲンガーという怪異に遭った事がある。

 同一に近い存在なのは、どうにも無理だ。ドッペルゲンガーに遭遇したら死ぬと言われている意味を体感した。どちらかしか生き残れない。

 謂わば、今もそれに似た感じだ。

 私は目の前のソフィアを殺したいほど気に入らない。

 そしてきっとソフィアも私と同じ気分だろう。


 ソフィアは足を一歩踏み出した瞬間に消えた。

 私は慌てて意識を集中させる。

 刹那の時すらも長く感じる時間感覚。

 その中でのソフィアの動きは速かった。なんとか動きに付いていくのがやっと。

 しかも振られる一撃がかなり重く、防禦するだけで手がいっぱいで、攻撃まで手が回らない――っ。


 ソフィアは黒剣を白剣で弾き、お腹に蹴りを入れてきた。

 少し衝撃で吐血しながら、蹴り飛ばされた。

 ……骨、何本か折られたなぁ。


《勝率0%。逃走を推奨する》


 逃げろってこと!?

 出来る訳がない。もしも他の相手であれば、関係なしに逃げる。命を大事に、だ。

 でも、でも、目の前の相手だけにも何がなんでも負けたくない。

 これは――私の存在意義をかけた闘いでもあるんだからっ。


《矜持を持つ事は大切。が、それを抱いて死ねば無駄死になる。死ねば負けたまま。生きてれば逆転の可能性は有り》


 …………あ、あああああ!!

 分かった。今は、戦略的撤退をする。

 でも、最終的には私が――私達が勝つ!!


「お姉様。逃げるつもりですか? せっかく会えたのだから、姉妹同士、ゆっくりと語り合いましょう」


 本当、忌々しい!

 自分が圧倒的に有利だからこそ言ってるよね。そのセリフ。

 ニコニコと笑っている顔が憎い。

 私よりも綺麗で可愛いのが憎い。

 私よりも胸が大きいのが憎い。

 何より一番なのは、私がコイツに勝ってると思える部分が何一つ無い、自分が一番に……憎いっ。


 相手は、「私」である以上、生半可な撤退だと感づかれて妨害される可能性が高いと思う――。

 だから自滅覚悟の最高スピードで、ただただ速く、肉体を顧みずに、スピードの熱で燃え尽きるのを覚悟で抜ける。


《…………承諾。我の大部分は肉体保全に努める》


 ありがとう。

 私は黒剣を構え、ソフィアを睨み付ける。


「――こういう結末になって悲しいです、お姉様」


「はは。顔はそう言ってないよ。「私」である以上、「私」がお前にそんな感情を抱くはずがない」


「いえいえ、私は自分を嫌ってないです。割と好きな方なんです」


「――私は自分が嫌いで、お前は自分が好き、か。剣といい、本当に真逆だね」


 どんな道を歩んだら、こんな性格になるのか。

 まぁ、それは向こうも思っていそうだけど。

 ただIFがあれば、私が地下牢に幽閉されず、普通に居れば、少しは姉妹らしく出来たかもしれないとは、ほんの少しは思う。

 ……あ、やっぱり無理だ。

 今までの境遇とか、全て無かった事にしても、絶対に相容れないや。


「ソフィアだっけ? 姉よりも優れた妹なんて存在しないって事を冥土の土産に教えてあげる。一人だと寂しいだろうから、直ぐにそいつも後を追わせてあげる」


「ひいっ。あ、ぁあ。そ、ソフィア――――!!」


「……心配いりません。今は私の方が、お姉様よりも遙かに強い」


「流石、「私」だけはあるなぁ。慢心が過ぎる。お前にあるように、私にもデウス・エクス・マキナがいるんだよ。できる事はなんでも出来る。至高にして最高の機械仕掛けの神……ヨクトマシンがね」


「分かってますよ。全て。何が出来て何が出来ないかも」


「――へぇ。でも、識ってるのはさ。そっちの次元にいるデウス・エクス・マキナでしょ。私のデウス・エクス・マキナの全てを、本当に識って言ってるの?」


 ……威勢良く言ってはいるけど、全てはハッタリ。

 奥の手なんてものはない。いや、幾つかはあるにはあるけど、ソフィアに通じる手は何もない。

 だから、ここから確実に撤退するには意表を付くしかない。

 ここで討ち死に覚悟で勝負をすると思わせるしか、ない。


 体中に電流が流れる。

 ハイ・スピードで直線に駆け抜ける。

 肉体が熱に耐えきれるかは賭けだけど、今の私にはそれしかない。


 ソフィアが少しだけ足を踏み出した瞬間に、私はハイ・スピードで駆けだした。







 

《肉体ダメージ深刻。生命維持に深刻な影響あり、我は早急な回復に努める》


 どれぐらい走ったか分からない。

 気がついたときには、仰向けで倒れていた。

 体中が熱い。全身を火で炙られている感覚がする。

 痛覚遮断してさえなるんだから、本当に肉体ダメージが深刻なんだろうね。

 冷静なデウス・エクス・マキナも慌てたように感じる。


 木々の間から空に浮かぶ赤色と青色と黄色の天体が見えた。

 ……綺麗だなぁ。

 地下牢から脱出して、初めて見たのもあの天体だっけ。

 もうあの一ヶ月ぐらい経つのか。

 あの最悪な地下牢で、「私」が覚醒したのは――。


 デウス・エクス・マキナが回復に努めている間、意識が薄れ、私は覚醒したあの日の事を思い出していた。


 

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