Song.71 Pro
コールされたタイトルとは違う曲が始まる。
てっきり騒げる曲が始めると思っていた客席の空気がどよめく。
だけどそんなことはお構いなしに、続けられるドラムに鼓膜を裂くようなギターが叫ぶ。
そこへ加われというのだから、圧がすごい。ここでベースが入らないと、ぺらっぺらの曲になる。親父が作った曲はどれもこれも厚みがあって迫力がある。それを薄いものにしてたまるか。
そう思って、左手を滑らせてピックで弦を弾く。
アタック強めではっきりとした固い音。それが親父が弾くベースの特徴。本当はもっとエフェクターで音をいじりたいけど、今はそれどころじゃない。
プロの音に。憧れたバンドに。目標にしていた場所で。
音を消されないよう、音を止めないように、勢いに負けないように続けていかないと。
鋼太郎のドラムとは違くて、ベースと同じリズム隊なのに前線にひっぱっていくような音が俺を急かす。
「やべっ……!」
一瞬だった。
ずっと握っていたピックが、するっと手から抜け落ちていく。
「っ……」
指弾きでもできなくはない。
音楽に疎い人からすれば、指でもピックでもなんでもいいっていうだろうけど、この曲は。親父の作った最初の曲はピックで弾きたい。これは俺の我が儘だ。
まだ前奏部分。俺的には今までにないぐらいのスピードで、替えのヘッドにセットしていたサブのピック――親父が使っていたピックを取る。
たかがピック。されどピック。
素材で音は変わる。
俺がいつも使っているものと素材は違うし、かなり使い古されたものだけど、さすがMapの音を作ってきただけある。気のせいかもしれないけど、音が曲にしっくりきた。
慌てふためいた俺に気づいたのか、柊木が俺を見る。心配そうな顔をしていたけど、ちゃんとできるんだっていうのを見せつけたら、ちょっと泣きそうな顔をしていた。
イントロが終わってAメロに入れば、柊木は前を向いた唄い出す。
久しぶりに聞いたこの声。何度聞いて、励まされたことか。
続いてBメロに入ってもなお、ただ前を向いて唄っている。
つられて俺も前を見れば、客席の空気は変わっていた。
Mapのファンでないとなかなか聞く機会のない曲なのに、会場は熱気で再度沸き上がっている。俺に向けられていた目も、今ではもう消えている。
今は純粋にこのライブを、曲を楽しんでいるように見える。
そのまま続いたライブ。
ミスもトラブルもなく、熱い空気のまま曲が終わった。
「――ありがとうございましたっ……!」
柊木が深々と頭を下げれば、今までにないほどの拍手と歓声が送られる。
柊木だけじゃない、ほかのメンバーもまるで謝罪のように頭を下げている。
こんなとき、俺はどうしたらいいんだ。頭を下げるべきか?
悩んでいる間に、Mapは頭を上げて柊木がマイクをかまえる。
「スタッフの方にも内緒で、予定とは違う曲をやらせてもらいました」
ごめんなさい、って言葉を足してまた、頭を下げたが今度はすぐに頭を上げた。
「えっとー……ハヤシダさん、ごめんなさい! 俺ら違う曲やっちゃって……」
マイクを通してステージ横に立っていた司会のハヤシダへ話を振れば、ハヤシダは笑いながら返す。
『ほんとですねぇ。君たちは昔から私を困らせて……っと、昔話はこれまでにしますよ。今日のメインは君たちじゃないんだから。ほら、すぐに移動して』
「はーい」
なんとも軽い返事で、Mapは移動を開始する。
Mapはステージからはけるなら、俺は?
スタッフに楽器の片づけを頼んでいるけど、俺は?
え、ちょっと、俺は?
「やるじゃねぇか、坊ちゃん」
「ね。まるで恵太みたいな音で、びっくりした」
きょろきょろしていたら、園崎と司馬が俺のところに来てそう言った。
「あざっす」
「ふはっ! 音楽性は年齢に合ってないけど、そういう反応は年相応って感じじゃん。ね、そう思うだろ?」
続けざまに来た神谷が、俺を見るなり笑っている。そして最後に同意を求められたあいつも、最後に俺のところに来た。
「そうだね。俺たちの英才教育を受けただけあって、抜群のセンスがあるよね。このままMapで弾いてほしいくらい」
どうかな、なんて真面目な顔で言うもんだから、俺もつられてまがおになる。
何言ってるんだって思うよりも先に、口からは素直に言葉が出た。
「オコトワリシマス」
「ははっ。ずいぶん片言! あーあ、断られちゃったよ。残念」
柊木は人が変わったかのように笑顔を見せながら、俺の前を通って司会者のいる方へと向かって行った。
Mapのメンバー全員がそっちに行くもんだから、残った俺は結局どうすんだよ。事前説明なしって、立ち悪いどころじゃなくて悪魔だ。
「野崎さん。楽器、お預かりします。これから最終発表行うので、このままステージに残っていてください」
「あ、はい」
呆然と残されたステージで立ち尽くしていたら、アンプの後ろにいたスタッフに声をかけられた。その人にベースを渡して、どんどんステージに上がって来る参加者たちに紛れ込んだ。
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