Song.70 Sub Stage

 みんながステージから降りていくのに、なぜか俺だけスタッフに呼び止められたままステージに残る。


「トリであることが決まった時点で、曲なども事前にお伝えすべきだったのですが、Mapの皆さんが必要ないと……」


 申し訳なさそうにそう言うスタッフ。俺がなんか悪いことしたみたいな気分になるし、今一番何もわかっていないのは俺だ。なんでここに残されているんだ、俺は。


「俺、何にもわかってないんすけど……」

「えっ!? えっと、毎年恒例でして、トリのバンドメンバーがプロと一緒に演奏するっていう……基本的にはギターやボーカルの方が一緒にやるんですけど、今回はベースが欠けているという状況で……って、ご存じなかったです?」

「嘘ぉ……知らねぇっすよ……」


 バンフェス自体の映像は見たことがある。生放送じゃなくて、編集されたものをだ。こんなことをしているなんて正直知らなかったし、知ってたら悠真にトリを避けろと強く念押ししたと思う。


 何だか急に血の気が引いてきた。青ざめる俺をよそに、スタッフはささっと袖に履けていく。

 さんざんMapの曲を練習してきたし、弾くことに対しては何ら不安も問題もない。重要なのは……


「よっ。久しぶりだな、坊ちゃん。楽しませてもらったけど、最後にドカンと頼むぜ」


 ドラムセットへ向かいながら俺の背中を強くたたいたのはゴリラみたいな園島。

 相変わらずの坊ちゃん呼びに腹が立つ。

 思わず俺の顔はひきつった。


「よろしくね、恭弥くん。君ならどんな曲でもできるでしょ」

「よろしくー! 言っとくけど、忖度とかしてないし、すげー偶然だからな。マジで最終残ってるって知ったとき爆笑したわ」


 続いてきたのはキーボードの司馬。そのあとに傷だらけの真っ黒なギターを手で持って歩く赤髪の神谷。


 忖度されてたら困るだろ、八百長になるし。

 何なら今日の出番はクジで決まってるんだから、俺たちがトリになる可能性があったけど、忖度されて決まったんじゃない。ここまで残ってきたのも、運営と一般の人の選考があった。

 運でも忖度でもない、実力……だよな。うん。

 ひきつった顔をしていれば、俺の後ろからさらに声がかかった。


「恭弥くん」


 バッと振り向けば、ずっと俺が待ち望んでいた男――柊木がそこにいた。目元を赤くしているが、ステージ前に会ったときと違って、その目が俺をちゃんと見ている。


「恵太のこと……お父さんのこと、ごめんね」

「っ……今更、じゃねぇかよっ……。第一あんたが謝るようなことじゃねぇ。あんたが謝んなきゃいけねぇのは、俺じゃなくてずっと待っていたファンにだろうが」


 眉毛をハの字にして、バツの悪そうな顔をする柊木。

 いつもマイクを持って笑っている顔ばっかり見てきたし、ついさっきは俺を見て絶望したかのような顔をしていた。

 そんな顔が俺の言葉を聞いて、途端に目を光らせた。


「うん。そうだね。恭弥くんもその一人、でしょ。もう、逃げないよ――」


 柊木は俺の肩に手を乗せ、反対の手で事故で負った大きな顔の傷をポリポリと搔きながらステージの中央に向かって行く。


 親父が死んでから、ずっと活動停止していたMapが今、動き出す。本当ならそれをステージ下から見ていたかった。まさか空いてしまったベースの所に、一時的でも俺が立つなんて思ってもみなかった。


 客席からの視線が刺さる。きっと、『Mapと親し気な様子じゃないか?』そんなことを考えているだろう。期待の目と懸念の目。俺の内情を知らないから、向けられる視線がぐちゃぐちゃになっている。

 ステージ袖からは、瑞樹たちが不安そうにこっちを見ていた。瑞樹も一緒にやればいいのに、逃げたようなものじゃないか? いや、敢えて俺だけにしたのかもしれないか。


『それでは何年振りでしょうか。Mapの皆さんと、トリを務めたWalkerの学生とともに。曲名は――』


 司会のハヤシダが告げた曲。親父が死ぬ前、Mapが活動を止める直前にリリースし、遺作となった曲だ。


 さっき弾いた俺たちの曲とはチューニングが違う。この曲はドロップチューニングしないといけないやつじゃねぇか。

 というか、やる曲すら先に教えてくれないのかよ。性格悪すぎだろ、Map。この野郎。


 慌ててチューニングをしようとペグに手を伸ばしたとき、ドラムが強く鳴った。


「っちっ……ざけんなよ……」


 この出だしは司会が言った曲と違うじゃねぇか。

 最新のものでも、人気が一番高かったものでもない。この曲は、Mapの始まりの曲だ。

 チューニングもドロップじゃない、レギュラーチューニングで問題ないものだ。だったらこのままで大丈夫。


 爆音が響く会場で、親父が作って、親父が弾いていた曲を、親父のように、低音を轟かせた。

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