Song.69 Final Stage

 俺たちがせっせとスタッフに手伝ってもらいながらステージで準備をしている間、司会のハヤシダがペラペラ話している。


『えー、なんとこのバンドは結成からまだ一年も経っていないみたいですね。メインはベースの彼が曲を作り、キーボードが手を加えて作り上げたとか……どんな曲なのか楽しみですねぇ』


 俺と悠真が曲作りをメインにし、そこへ各々が音を調整している。一人で作った曲じゃない、みんなで作った曲だ。


 今回も瑞樹と一緒に、ベースはワイヤレスで音を出せるようにしている。これで自由自在に動ける。

 ライブは音だけじゃない。目で見ても楽しいものにしなければいけないのだから、動いて騒ぎたい。

 そんな考えからアクティブなライブを構成した。


 準備ができて顔を上げれば、俺たちをキラキラした目で見つめる客席に、思わず息をのんだ。

 舞台袖から見ているよりもずっとその目が突き刺さって、緊張する。手に汗が出てきて、ベタベタしてくる。


『……準備、できたようですかね。それではラストのバンドです。羽宮高校よりWalker、どうぞ』


 軽いバトンを受け取って、大輝は俺たちの顔をそれぞれ見る。いつもへらへらしている大輝からは大きくかけ離れた強い目をしていた。そして、「準備はいい?」というように、小さく頷いたので、みんながコクリと頷き返せば、マイクを持っていない左手で、上手後方にいる悠真へ手を伸ばした。


 一呼吸置いてから悠真はキーボードの鍵盤に手をかざし、流れるような音を奏でる。

 最初の時よりもより滑らかに、そして抑揚をつけて。寸分の狂いもなく、丁寧に。

 悠真の性格を表したかのようなソロを聞きながら、大輝はステージの方へ体を向けた。


 優しい音に俺たちが加わっていく。

 正確に刻まれる鋼太郎のドラム。初心者には難しいはずなのに、鋼太郎はできるまで何度も練習をしてきた。最初こそ譜面通りにしか叩かなかったけど、最近は「ここはこうしたらどうか」と言ってくれるようになった。それに、体育館でやった対バン後にMapのドラムの様子を目の前で見たからだろうか。叩く位置を変えて一音一音を確かめ、Mapのライブ映像を何度も見ていた。

 そうして決まった叩き方と魅せるパフォーマンス。

 自分にできることを最大限に生かしてやる。

 何事にもまっすぐな鋼太郎ならではのやり方だ。それで刻まれたリズムに乗って曲は進む。


 敗北をテーマとしたこの曲。どん底から這い上がるかのように、ベースの低い音で底から押し上げる。

 瑞樹のギターが吠えて唸り、それを支えるようにベースが幅広くカバーする。


 唄いながら大輝がステージを動き回る。

 負けて悔しい、辛い、悲しいというような負の状態から這い上がり、希望へ向けて進んで行く。そんな歌詞を感情をこめて唄う。

 悲しいときは悲しそうな顔で。強い意思を持って進むときは、真正面へ手を伸ばして。ころころと顔を変えて気持ちを込める唄い方、そして声は、聴いている人の心をつかんでいく。


 曲が進んで、瑞樹のギターソロに入った。

 上手で弾いていた瑞樹が、ステージ中央に立ってギターを唸らせる。

 ここは後からかなり手を加えていたところだ。瑞樹の繊細な音を活かす場面を作りたかった。

 可愛い系と言われがちな瑞樹の印象をがらっと変える音。

 細かく動く指で放たれた音は、激しいながらも力強い。


 ソロが終われば、俺は大輝に手招きされた。

 ステージ中央にボーカル、ギター、ベースの三人が集まるという光景。もちろん視線も集められている。

 そこで俺も瑞樹と向かい合って弾く。それを見ろと言わんばかりに大輝が指さして唄うのだ。


『それでもボクらは歩き続ける』


 親父が死んでからもやめられなかった音楽。たとえ憧れの親父が死んでも、悲しいまま立ち止まっていてはいけない。現実を受け入れて、前に前にと向かって歩き続けなくちゃいけない。

 その気持ちを汲み取って唄う大輝の声は、確かにに届くはずだ。


 唄い終わり、あとは歌詞のない部分のみ。

 最後まで気を抜かずに、魅せることを忘れず完走させた。


 シンバルがシャンと鳴って終わりを迎える。

 一瞬だけシンとなった会場。しかしすぐに拍手が鳴り始める。


「はぁ、はぁ……ありがとうございましたっ!」


 大輝が肩で息をしながら頭を下げた。いや、俺たち全員息を切らしている。

 大輝に続いて頭を下げれば、さらに拍手が鳴り響く。


 熱い。

 体が空気が全てが。

 やり遂げた。

 袖で汗をぬぐいながら、司会の言葉に耳を傾ける。


『素晴らしかったですねぇ。それでは柊木さん。何かコメントを……』


 まさかここであいつからのコメントだなんて。

 どきっとして、思わず一歩足を引いた身構えた。


『う、あ……っと……』


 久しぶりに言葉を発したかのように、言葉に詰まりながらも柊木は受け取ったマイクを離さない。

 隣から司馬に何かを言われても、なかなか口を開かなかった。


『? 柊木、さん?』

『っ……! す、すみませんっ……』


 たった一言何か言えば終わるのに、黙ってしまった柊木に司会者から呼びかけられると慌てた様子で目をぬぐっていた。

 その姿を見た会場からはざわつきが巻き起こる。


『その、えっと……俺も、頑張りますっ……ありがとうございました。ほんとに……それに、ごめんなさい。いろいろ、と』


 何度も目元をこすりながら言った言葉の意味を理解できた人はほとんどいないだろう。

 柊木は謝っているのだ、親父のことを。そして、これから前に進もうとしているんだ。


 それを聞いて、俺の胸が熱くなった。

 何かが込み上げてくるようで、鼻をずずっとすする。


『柊木さん。ありがとうございました。これにて出場者全員終わりましたが、集計にはまだ時間がかかりますので、ここで! Mapの皆さんによるライブを始めましょう! お願いします!』


 Mapがライブをすると聞いて、動揺は会場全体へ広まっていく。

 俺たちは早くはけた方がいい。Mapのメンバーがこっちへ向かってきているし、早くここを空けよう。そう思って、ベースを切ろうとしたら、横からやってきたスタッフに「ちょっと待ってください」と呼び止められた。

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