Song.72 泣き虫

 ぞろぞろと参加者がステージに昇ってくる。この人数なら、だいたい三、四十人ぐらいだろう。何人かごとに塊ができているからそれが一つのバンドなのだろう。みんなをなかなか見つけられないのに、Logはすぐ見つけられた。

 そいつらに気づかれないように、そそくさとざわついたステージの奥からみんなを探す。


「お、いたいた。こっちだ、野崎。お疲れさん」

「おう、サンキュー」


 頭一つ抜けた背丈。聞きなじみのある低い声。

 顔を向ければ、俺を見て鋼太郎が手招きをしている。

 どうやら開会式と同じ位置に並ぶらしく、俺たちの場所はステージの一番端だった。

 小走りで駆けより、鋼太郎と「お疲れ」の意を込めて「うぇーい」と言いながら手招きしてた手を叩いた。

 その音でステージ下を見ていたメンバーみんなが俺を見る。


「俺も俺も! キョウちゃん、お疲れっ! いぇーい」


 手の平を見せて言った大輝。その手を思いっきり叩く。


「もう、最高じゃん! 流石キョウちゃん、バッチリかっこよかったぜ!」

「おうよ。たりめぇだ」


 手の平を見せて言った大輝。その手を思いっきり叩く。


「まさかあの曲やるとは思わなかったよ。僕も」

「だろ? 俺もビックリ。ま、俺が弾けないなんてことはねぇし」


 続けざまに悠真ともハイタッチした。滅多に悠真が手を出すことはないから、そりゃもう思いっきり。

 バチンと音が鳴れば、俺も悠真も手がひりひりして、手首をブラブラ振った。


「ほれ、瑞樹も。うぇーい」


 悠真でさえ手を出したのに、瑞樹がうつむきながらプルプル震えている。声をかけても顔を上げない。

 顔を覗きこもうとすれば、背けられる。


「ほーら、みっちゃん。手ぇ出して、ほら」


 大輝に無理やり手を持ち上げられ、無理やりハイタッチした。

 その時やっと顔を上げ、丸い目が俺を写す。驚いたことに、その目は赤く腫れていて、直前まで泣いてたのがバレバレだ。


「なんで泣いてんだよ」

「だって、キョウちゃん、ずっと……ずっと何年もっ。Mapに届けられたし、僕っ……」


 そう言いながらも鼻をすすり、泣き始めた瑞樹。その肩を大輝が「よしよし」と言ってさすっている。

 俺がMapと一緒に弾いているときも、こんな感じだったんだろう。俺のことになるとやたら心配してくる。羽宮に来いって言って、すぐに「わかった」って言って入学してきたり、俺の曲を好きだとずっと言ってくれたり。瑞樹には感謝しかない。思わず頬が緩んだ。

 ハッとして顔を引き締めて他のメンバーの顔を見れば、異様な二人を鋼太郎と悠真がどこか引いたように見ている。


 あまりにもわんわんと泣くものだから、近くのバンドの人たちも俺たちを見ていた。

 俺が親父に憧れたときからずっと隣にいた瑞樹。思いつめていることがいっぱいあるのだろう。

 高校に入ってからちょっとは強くなったかと思ったけど、相変わらず泣き虫なところは変わってないんだな。


「泣くのは後にしろ。まだ終わってねぇんだからな」


 ざわざわとステージの下、横でスタッフが忙しそうに動いている。

 もうそろそろ最後の結果発表とか閉会式とかそう言うのが始まりそうな雰囲気だ。

 ちょうど今、スタッフの人が司会に紙を渡している。それを開くことなく、マイクを口元に近づけると、視線を集めるように口を開いた。


『はい、それでは準備もできましたので、最終結果発表に移りたいを思います』


 その声でステージ上の参加者には緊張が走る。

 一方で客席からは歓声が上がる。


『審査方法としては、会場に来ているみなさんとウェブから見ているみなさん。そしてゲスト参加しているLaylaとMap。さらにはこっそり来ている各事務所関係者による投票。また、会場に来ることができなかった視聴者インターネット投票となっております』


 今更長々と投票について説明されても、俺らはどうしようもない。ただ右から左に聞き流すだけである。


「事務所関係者とか来てるのすごいことじゃね? どの人だろー?」


 こっちも大輝が今更馬鹿みたいに言う。


「あそこだ、ほら、会場奥の。あれも一応事務所関係者」

「マジ?」

「マジ。かなり前だけど、親父のマネージャーしてた。今はどうだか知らねぇけど」


 客席の奥の奥で、スーツを着て立っている男。とてもライブを見に来たというような服でもなければ、楽しい顔をしないその人は、見覚えがある。

 小さいときに親父を家まで送ってきたこともあったし、一緒に仕事の話をしているときもあったからだ。

 あれから随分時間が経ったけど、全然顔は変わってない。もともと老け顔だったからか。


『得票数からグランプリ、準グランプリを。そして審査員特別賞が贈られます』


 客席から「おー」と声が上がれば、ステージに上がっている人達に目が向けられる。

 司会も司会で、歓声の余韻を残すから進行が遅い。

 早く結果を言うなら言ってくれ。

 心臓がドクドク音を立てている。手も汗でベタベタだ。


『緊張しますよね、それでは参りましょう! 応募総数1万246組。今年のバンドフェスティバル、グランプリアーティストは――』


 唾をのむ。

 いくらバンフェスに出て、Mapを引きずり出すことを最初の目標にしていた俺でも、ここまでくる間に欲が出た。


 出るなら優勝したい。


 優勝して、プロになって、俺たちの曲をいろんな人に届けたい。


 このステージに立って、世界に音楽を届けた親父のように。


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