Song.51 ミスとミスとトラウマと

 受付にいるスタッフを除いては誰もいなくて、俺たちが貸し切ったような状態のロビー。そこのソファーに腰を沈めて、悠真と俺が向かい合う。

 フロアへつながる扉の上にも、小さなモニターがあり、そこから中の様子を見ることができた。

 今は薄暗い中で、ステージ上でごたごた人が動いているのが見える。

 Logから次のバンドへ転換中なのだろう。どうやらもたついてしまっているらしく、もう少し時間がかかりそうである。


「君は大輝がサッカー部だったの知ってるでしょ?」


 メガネにかかった前髪を整えながら、悠真は切り出す。


「ん、ああ。知ってる。部活で居場所なくなって辞めたって本人が言ってたしな」

「そう。フォワードでレギュラーだったけど、途中で辞めた。プレッシャーに負けて」

「は?」


 大輝について話しているのだが、もうすでにわからない。

 でも悠真はスラスラと話す。

 もしかして、大輝が悠真のことを俺に言ったのが癪に障ったのかもしれない。


「学校帰り、子供をかばって怪我をした。足をやっちゃったんだよね。そこから復帰して、部活に戻ったけど、体はすっかり鈍ってた」

「そりゃ鈍るだろ。当たり前だ」


 運動はやってきていないが、ベースに触れない期間が長かったらきっと腕が鈍る。俺の場合に置き換えれば、そんなことすぐにわかる。


「まあね。仕方ないことだった。本人もわかっていて、練習に打ち込んだ。少しずつ感覚を取り戻した状態で出た大輝の復帰戦。大輝が点を決めれば勝ちっていうときに、彼はミスした」

「ミス? サッカーでミスなんてあるのかよ?」


 流石に俺でもサッカーの大まかなルールは知っている。ゴールにボールを入れる場面でミスが起きるなんて、どんな場面なのかわからない。


「応援の声で仲間の声が聞こえなかったんだろうね。パスされたボールを受け取れずに、相手にとられてそのまま点を取られた。それで負け」


 なるほど。全て自分にかかっている、そんな状況。そこでうまく動けなかった。

 復帰戦ともなれば、今までの活躍を期待する人が多いはず。その圧に負けたか。

 だが、大輝がそれでへこたれるような人とは思えない。


「周りは慰めてくれるけど、本人はそれどころじゃない。悔しくて、自分を責める。どうしてできなかったのか、ああすればよかった。そんな事ばっかり考えるんだよ」

「それは実体験から言ってんの?」

「……まあね。似たようなことを経験してるから、大輝が今、何してるのか、何考えているのかも大方予想がつくよ」


 大輝と悠真。幼馴染の二人は根は似ているらしい。二人とも責任感が強くて、負けず嫌いなんだな。

 なんて納得していたら、悠真はどこからか自分のスマートフォンを取り出し、何やら見始める。画面をスクロールしていく動作は、何かを探しているのか?


「これがその時の大輝」


 一枚の写真を見せてくる。

 赤と黒を基調にしたサッカーのユニフォーム。立っているのは、きっとフィールドだろう。部員の集合写真のようで、全員が肩を組んでいる。

 その写真のセンターに大輝がいる。

 演技派な大輝だから、口元は笑っているけど目は笑っていない。無理やり作った顔で写る姿はまさに、今と同じ顔だ。


「こんな顔をしばらくしてたけど、なんか急に明るくなったと思ったら、君たちとバンド組んでたってわけ。ほんっとわけわかんない、彼も、君も」


 サッとスマホをしまい、悠真はため息をついた。


「悠真、お前……」

「なに?」

「大輝のこと、めちゃくちゃ見てるな。さすが幼馴染」

「君たちだってそうでしょ。瑞樹くんと」

「まあな」


 近くで育ったから変化もわかるってことか。

 そう言えば、フロアに瑞樹と鋼太郎を置いてきてしまった。まあ、しっかりものの二人だから問題は何もないだろう。


「君が音楽で人を変えられるって言うのなら、君の音楽はすでに大輝を変えているよ。だけど、まあ……今日のあれは精神的に参ってるかもしれないけどね。大輝は思っている以上にメンタル強くないから」

「それでも何を言えばいいのか、俺にはわかんねぇよ」

「僕だって」

「……」


 互いに顔を見合わせる。

 俺たちは俺たちで、どうやら似た者同士、コミュニケーションスキルがないようだ。

 落ち込む仲間へ何を言えばいいかわからない。こういう時は瑞樹に任せるしかないか。


「とりあえずは、しばらく一人にしておきなよ。それでも戻ってこないようなら、僕ら以外の人に任せよう」

「ま、それしかねえな」


 ふと顔を上げてモニターを見れば、さっきまで演奏をしていたバンドが、ちょうど演奏が終わったようで、再び照明が落とされていた。



 ☆



 トイレに行くと言って、フロアから出た大輝は重い足で歩く。

 ほとんどの人がフロアに残って、各バンドを見て、そして聞いている。だからそこから出れば、静かな空間になっていた。


「はぁ……」


 大輝は後悔していた。

 ひたすら練習してきたのに、ステージに立ったとき、緊張してうまく唄えなかったことに。

 初めて組んだバンドで迎えたライブハウスでの演奏。体育館ではない場所が初めてで、知らない人から向けられる視線が怖かった。

 トイレに入り、水道で顔を洗う。

 火照っているはずだった体温は、すっかり冷え切ってしまっていたので、冷たい水でより体が冷える。


「何やってんだ、俺は……くそっ」


 恭弥に誘われて始めたが、思っていた以上にその場所が心地よくて、楽しくて続けられた。

 恭弥がバンドに向ける想いをわかっているから、自分もそれに応えたい。

 うるさいと何度も言われたけど、それ以上に「お前の声は人を動かす」って言ってくれたことが嬉しかった。

 だけど、このライブでちゃんと唄えなかったことが悔しい。

 自分のせいで、選考に残れなかったら。

 そう考えたら、苦しかった。


「ふぃー……あ、少年!」

「……へ?」


 顔から水が滴る大輝の後ろを、成人の男性――エソラゴトのボーカル、金井が通った。

 大輝のことを見るなり、金井はきょとんとして足を止めたがすぐに明るい顔になる。

 大輝もこのタイミングで誰か来るとは思っていなかったため、目を点にして動きが止まった。


「Walkerの少年だろ、君!」

「え、え? そう、だけ、いや。そうですけ、ど……?」

「だよなー! もう、興奮したよ、あのライブ!」


 濡れたままの大輝の手を掴み、金井はぶんぶんと縦に振る。その行動に大輝の頭はさらに追いつけず、されるがままだ。


「あのライブは最高だったのに、なんでそんな暗い顔してるんだい、少年」


 金井は空気を読もうともせず、へらっとしながら訊く。


「だって、俺、最初、唄えなかったし……」


 大輝は後悔していることを率直に言った。

 隠し事が苦手だから、ごまかすような言い方ができなかったのだ。

 目を合わせず肩を落とす大輝に、金井はすぐに全てを理解し、顔を明るくして口を開いた。

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