Song.50 世界の違う音楽
ライブは盛況……だろう。少なくとも、フロアからはそう見えていたはず。
だけど、俺にはわかる。盛況だったとは受け入れられない奴がいる。だって、前を歩く大輝の背中から、重い空気をひしひしと感じているから。
俺的には満足したステージだったけど、大輝は出だしでミスしたことを相当悔やんでいるのだろう。
落ち込む背中を前にしてステージを下りて移動していたら、次の出番を待っていたバンド――Logとすれ違った。
「おっ疲れ様、可愛い弟ちゃん」
「気持ち悪い、近づかないで」
「つれないこと言うなよ、悠真。お兄ちゃん、寂しいんだぞ?」
「知らない、そんなこと」
奏真が茶化すように悠真へ声をかければ、新底嫌そうな顔をしながら奏真から距離をとって逃げた。大輝が駆けよることが多いと思っていたが、そこまでの余裕が大輝にはないらしく、すれ違いざまに奏真へ小さく頭を下げただけで奏真はステージへと向かって行った。
「奏真も絶好調みたいやし、俺らも頑張らなきゃな。なあ、翼」
「うん、そうだよね。いつも通りに頑張ろう」
「せやな」
奏真に続いて祐輔そして翼と、足取り軽くステージに向かう。
「……見てなよ」
「は?」
一番最後を歩いていた、Logのメンバーであるあの腹立たしい尚人がつぶやく。
立ち止まって苛立った声で聞き返せば、尚人が足を止めて俺を指さした。
「だから見ていなよ。君たちとは違う世界を見せてあげる」
そう言って、彼らはサッと姿を消した。
宣戦布告。そうとしか受け取れない。
「喧嘩売ってねぇで、とっと進め」
「ちっ……」
俺の後ろを歩く鋼太郎に早く歩けと背中を押される。
楽しかったはずなのに、あいつらと言葉を交わすだけでストレスがぐんっとたまる。
「ぐふっ」
首をひねってあいつらの背中をにらみつけて歩いていたから、前を全然見てなかった。おかげで止まっていた大輝に衝突して、変な声が俺の口から出た。
「おい、大輝止まってんじゃ……」
名前を呼べば、大輝の肩がびっくりしたように動いた。
「ん、なに?」
うつむきながら振り返ったときの大輝の顔が暗かった。
瑞樹が勧誘してきたときとは違う、今までで一番落ち込んでいて暗い表情。無理をして笑ってみせているけど、いつもと違う様子に気づかないわけがない。
「いや、何でも、ない」
「……そっか」
何て声をかけたらいいかわからなかった。
心配するなとでも言えばよかったのか。それとも、大丈夫とかそう言えばいいのか。
大輝はそれだけ言って、また正面を向いて歩く。
どうしたものか。
いつもと違う雰囲気だから、こっちの調子も狂う。
「だからとっとと進めってぇの」
「いでっ」
あっけに取られて足を止めたせいで、鋼太郎に頭を叩かれた。
ムッとした顔を返せば、進めと言わんばかりに顎を前に出す。
「わかってるってば。今はとりあえず移動しろ」
「……うーい」
鋼太郎には俺が何を考えているのかわかっているのか、ぐいぐいと背中を押すので、しぶしぶ控室に戻った。
控室で各々楽器をしまい、水分を摂る。
ちらちら大輝を見ていたが、ペットボトルを手に持って座ったまま、微動だにしない。
それに対して、誰も何も言わない。
沈黙のまま、次に弾くLogの準備が整ったようで照明がパッと明るくなった映像がモニターに映った。
「僕、見てくる」
そう言って悠真は急ぎ足で控室を出る。
「俺らも行こうぜ」
このまま控室にとどまると、次の出番を待つバンドに迷惑がかかる。
早々にここを出ておくのが無難だ。
だから俺がそう言って大輝の肩を叩けば、大輝は「そうだな」と小さな声を出した。
先に出た悠真を追うように、急いでフロアに向かう。
そして各学校の先生たちが並んで立っていたフロアの後方に紛れ込む。
ステージ全体を見ることができるこの場所。
Logの盛り上がりが、ひしひしと伝わる位置だ。
ギターボーカルの尚人がセンター。
無難なレスポールギターの色が、照明を反射させる。
レスポールギターの特徴である太くあたたかい音で奏でられる曲は、ロックでありながら新鮮だ。
それに加えて、奏真のヴァイオリンがアクセントになっている。
歌詞がない場所では、力強いヴァイオリンが唄う。
ギターボーカルだから、尚人は激しく動くことはできない。その代わりに、両サイドに立つベース、ヴァイオリンが激しく動いて盛り上げていく。
ハードなロックではない。幻想的な曲だ。
そんな曲の中で、紡がれる歌詞は悲し気なものだがまっすぐな芯がある。
あんな腹立たしいくらい冷たい態度だった尚人が、まるで別人みたいに弾いて唄う。その声が切ないから、これがまた曲に合っている。
下手に立つベース、祐輔が軽快なステップを踏みながら弾く。
白のジャズベースが似合……わない。なんか胡散臭い感じがするし。
見た目はあれでも、音はいい。俺みたいにゴリゴリな音じゃなくて、丸い音。曲に合わせた作りにちゃんとなっている。
時折、ドラムの翼へ顔を向けて弾いている。
瑞樹ぐらい小柄なのに、強い音が曲を支えている。
上手で唄う奏真のヴァイオリンには、フロアの視線が集まる。
ソロになればなおさらだ。
注目を浴びても、奏真は臆さない。見ていろといわんばかりに見せつけて奏でる。
「……まじかよっ」
ステージを見て、思わずその言葉が俺の口から出た。
大音量のおかげで、周りには聞こえていないと思う。
俺たちとは違う音楽。
新しい音楽。
それでもフロアは盛り上がる。
これが尚人が言っていた音楽か。
そりゃ今までにない音楽だ。
「……ありがとうございました」
スンと曲が終わると、今までの熱量が一気に消えたかのように尚人はそう言って頭を下げた。
すると照明が落ち、惜しみない拍手が送られる。
代わりにフロアの照明がつけられ、小休止を迎える。
「俺、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「おう」
大輝が引きつった笑顔を作って、その場から離れる。
俺も行こうかと思ったけど、ツンとした顔の悠真に腕を掴まれた。
「馬鹿」
「は?」
「今は一人にさせておきなよ。大輝だって馬鹿だけど、一人になりたいときだってあるでしょ。馬鹿だけど」
「……それって悪口?」
「さあね。腹が立つけど、僕らとの違いを見せつけられたんだ。思うことだっていっぱいあるはず……いや、もしかしたら過去と重ねているかもしれないけど」
「過去?」
「知らない? 大輝がサッカー辞めたきっかけ。それとちょっと似てる、のかもね。今の状況が」
「はぁ? 全く読めねえんだけど……」
今の俺たちにとってはベストなライブができたと思うし、後悔は微塵もない。俺はLogの新しいスタイルを見せられたことによる、未知な音楽の可能性にビビっただけだ。
俺らとLogとはジャンルが違う。
それはそれでいいと思う。
大輝が唄い出しで詰まったことで気が滅入っているのはわかる。それとサッカーにどんな関係があるのか、俺が知る由もない。
「どうせ僕のこと、大輝がべらべらしゃべったんだろうし、仕返しに僕が大輝のこと教えてあげるよ」
相変わらずの言い方だけど、悠真と俺はこっそりとフロアから出て、静かなロビーに移動した。
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