Song.49 Live House
照明が落とされたステージ。
暗闇の中で俺たちはリハ通りの場所へとスタンバイする。
暗闇と言っても、ある程度の物の位置は見えるし、会場内の様子も見える。薄暗い程度と言ったところだ。
立ち位置は文化祭のときと同じ。ステージ後方、下手に鋼太郎、上手には悠真。その前方に、上手側から瑞樹、大輝、俺。
この鋼太郎と悠真の場所を逆にするっていうのも物理室で試したけど、どうもしっくりこなかった。だから、今はこの位置で安定している。
リハもあったから、機材のセッティングは問題ない。ベースをつないで試しに弦を弾いてみれば、すぐ後ろにあるアンプから低い音が出た。
なじみのあるこの低音が、俺の緊張を解いてくれる。同時に俺を鼓舞してくれる。
早く弾きたい。興奮のせいか、体がゾクゾクしてきた。
俺に続いて瑞樹もジャンッとギターを鳴らす。鋼太郎も、悠真もそれに続いたから、無言でありながらも準備が整ったことを大輝に伝えていた。
「ふぅ……っし。はっ、羽宮高校軽音楽部っ! Walker!」
緊張した大輝の声とともに、バッと照明が明るくなった。
上から熱い光が当てられ、フロア中の視線が俺たちに集まる。
照明のせいか、それとも興奮のせいか。俺の手に汗がにじみ始めた。
それでも容赦なく始まる曲の出だしは悠真のキーボードソロだ。
緩やかにそして流れるように始まる優しい音色。文化祭以降、曲にアレンジを加えているから、応募したときよりちょっと変わっているけど、基本は同じ。
少しずつ音が広がってどんどん激しくなってくると、他の楽器が加わる構成だ。
キーボードの音に耳を研ぎ澄ませ、大きく息を吸い込んでから、ベースを唸らせる。
静かな曲かと思いきや激しい曲。ものの数秒でイメージを壊すこの曲が、俺たちのスタートの曲だ。
フロアの人の目が輝かせる。曲のこれからの展開にドキドキしているはず。
ステージ前の柵を掴んで、手を振り上げているから盛り上がりが見える。
イントロでのつかみは問題なし。
次は大輝だが――。
「っ……」
大輝の様子がおかしい。
マイクを持ってはいるが、目が泳いでいるし、まだ唄っていないのに顔に汗をかいている。
プレッシャーか? 緊張か?
もうすぐイントロが終わるのに、唄が始まらないのは大問題だ。
それこそミス、失敗。盛り上がりも泡のように消えてしまう。
そんなことは許されない。それだったら、俺がやるしかない。
この前、悠真のミスのカバーができなかったときは悔しかった。だから、二度とそんなことが起きないように、もしものケースをいくつも考えて対策を作ってある。
誰かが演奏できなかったときの場合や、曲中にミスした場合、リズムがずれた場合もだ。その中に大輝が唄えない場合も考えてある。もちろん俺一人で考えたものじゃなくて、全員で考えた方法だ。
俺たちは一人じゃない。
俺たちは五人で組んだバンドだ。
誰かができなければ、代わりに誰かがカバーする。
曲の冒頭に大輝が唄えなかったら、俺が代わりになる。
たとえ唄い出しだけでもやる。その間に動ける瑞樹が大輝のカバーをすることになっている。
ライブハウスのステージは、体育館なんかよりずっと狭い。
メンバー間の距離も近いから、瑞樹はすぐに大輝の異変に気付いて、弾きながら大輝の傍に向かう。
多少ステージ上で動くのは、全然問題ない。そういう演出だとさえみられるだろう。
大輝の代わりに唄い出しは俺。ワンフレーズだけだが俺が唄った。
そりゃ本格的にボーカルの練習をしているわけじゃないから、うまくはない。だけど、その短い時間が重要だ。
思った通り、ワンフレーズという短い時間だけで大輝が調子を取り戻して、マイクを力強く握って唄い始めたから、俺は一歩、マイクから離れる。
瑞樹を見れば、八重歯を見せてニカッと笑っていた。
この一瞬の出来事に気づいた人は多くないだろう。プロには気づかれているかもしれないが、一般にはそういう曲だと思うはず。
出だしだけ詰まったが、そのあとは絶好調だ。
棒立ちで唄うなんてつまらないことを大輝はしない。教えてもいないけど、大輝は楽しそうにフロアの空気をコントロールする。
狭いステージでも自由に動けるからと、文化祭のときみたいに、大輝は俺や瑞樹の肩を組んで唄ったり、フロアに手拍子を求めるよう煽る。
ここに来ているのはノリがいい人達ばかりが集まっているようで、みんな手を叩いてくれた。
大輝だけじゃない。俺たち全員、緊張した顔で弾き続けるわけがない。
棒立ちで弾くなんてこと、絶対するわけない。
だって、今やっているのはライブだから。
音楽を聞くだけなら、CDとかで充分だ。
ここにいる人は音楽を聞きに来たんじゃなくて、ライブを見に来ている。耳だけじゃない感覚をフル活動させなきゃもったいない。ライブは身体表現なんだから、棒立ちなんてつまらない。
流石にこのステージだと、動きに縛りがある。それでも盛り上げるパフォーマンスは必要。
テンションに身を任せて、ベースのネックを振ったり、姿勢を低くして弾く。ガンガン唸るベースが、曲を底から押し上げる。
瑞樹のギターは最初から吠える。
スロースターターなんてもう言えないし、可愛いなんて言葉は似合わない。
めちゃくちゃかっこいい瑞樹が、曲を引っ張っていく。
ドラムの鋼太郎は、絶妙なタイミングでスティックを回す。
結構ドラムも忙しいはずなのに、慣れた手つきでやっている。もちろんそれでリズムを乱したりすることはない。
軽快にドラムを躍らせていく。
悠真のキーボードも弾ませながら、体を使って盛り上げる。
時には両手を上げて手拍子だってする。普段の真面目な優等生を装っている悠真の生活を見ているから、そういう行動をするなんて、学校のやつらが見たら予想外すぎて腰を抜かすかもしれない。
曲が進むにつれて、フロアで鳴り響く手拍子と一緒に、盛り上がりの最高潮を示すような歓声が聞こえてきた。
ワーワー騒がしい声は、気持ちがいい。
俺たちの音楽がフロアを支配した気持ちになる。ここにいる人が一体になった気がする。
これが親父たちがやっていた音楽。立っていたステージだ。
ずっと歩き続けて立てるステージ。
悲しくてもつらくても止まってなんかいられない。
音楽が、バンドが、ライブが楽しいことを全身全霊で表現した。
「――ありがとうございましたっ!」
曲を終えて、大輝が勢いよく頭を下げると、照明が落とされた。すると、わぁっと拍手が起こる。
その中に指笛の音も混じっている。その音からも十二分な盛り上がりだったことがよくわかる。
それでもすぐに撤退して、次のバンドへ場所をあけ渡さなければならない。
アンプの電源を落として、俺たちはすぐに移動する。
「大丈夫だ」
移動しようとしたとき、暗い中でもわかるぐらいに大輝が肩を落として立ち尽くしていた。
そんな大輝の背中を叩いて声をかければ、しぶしぶ大輝も移動を開始する。
俺たちのステージは終わった。あとは他のバンドを見るしかない。
楽器を置いて、熱くなった体を冷やすためにも控室へと戻った。
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