Song.36 セカンドステージ
短い合宿という名の曲作りと練習は、思ったより楽しかったし食事に困らなかったし、何よりも充実していた。鋼太郎の作る飯はうまかったし、規則正しい生活をするよう管理されたから体の調子がよくなった気がする。
曲はまだまだ完成というには遠いけど、あとは練習あるのみ。
そうやって迎えた連休明けの部活。
放課後の物理室で、ベースをかき鳴らした。
悠真のアレンジによってできたリメイク版。
どんな過酷な現実でも前に進む少年にどうしてそんなことができるのかと問いかけては、何もできない自分に嫌気がさす。それでも前向きな少年に助けられ、励まされて未来へ進むという歌詞になっている。
文化祭で弾いたオリジナル曲の番外編と言えば、わかりやすい。
前の曲は負の状態から立ち上がって前に進むものだった。それを傍で見ていた人を唄った曲であるともいえる。
悠真はこの曲みたいに、俺に対して疑問を持っているのかもしれない。
現実に打ちのめされて嘆く歌詞の所では大輝と悠真だけの音になる。
力強くも悲し気な音は、曲の世界観にマッチする。そこへ大輝の絞り出すような声が入ることでより一層深みが増す。
歌詞と相まってこの声は、聴く人に刺さるだろう。
対照的にもう一曲は、びっくりするほどの明るい曲へと変貌を遂げた。
それこそNoKのAiSに唄わせていた曲の要素を取り入れつつ、人が演奏するのに無理のない範囲の軽快で躍動感と疾走感を持っている。
テンポは200近かったけど、そこから大分落とした。
歌詞はネガティブワードを排除。自分らしさを貫いて、生き生きと生きる姿を唄う。誰が何と言おうと、自分の好きな事をやめない。何やかんや言ってくる相手には、黙っていろとねじ伏せる。
自分を好きになって、自分らしくいられるように願った曲だ。
リズムも弾んで、気持ちも弾む。
否定をしないこの曲は、弾いても楽しい。
「休憩中に悪いけど、妹から頼まれたことがある」
部活の合間のわずかな休憩。
水分補給をしながらも、鋼太郎がスマホを見て読み上げると、視線が集中する。
「簡単に言えば
「それはやだ! 人がいっぱいいるとこでやりたい!」
マイクを置いても大きい大輝の声。
もう少しボリュームを調節してもらいたい。
「わかったから小さい声にしてくれない? 僕の耳がやられる」
「へーい」
悠真にそう言われて、ボリュームを落とす。
「校内でポスターでも貼ったらいかかですか? 作る人と学校の許可も必要になりますけど」
「おお! みっちゃん頭いいー! 俺、絵がうまい人知ってるから頼んでくるな!」
じゃ、と言うと大輝は駆け抜けていく。
誰の所に向かったのかは知らない。宣伝は大輝が担当するということなのだろう。顔の広い大輝のことだ。ポスターを作れるような友人もいて、頼みに行ったのだと信じておく。
「あの顔の広い馬鹿が校内で宣伝してどれくらい来てくれるんだか。たかが素人の二組のバンドに」
文化祭のように、全員が集まった場所でやるわけじゃない。
ポスターを見たとして、わざわざ見に行くほどの価値があるのかを吟味。価値ありとなってやっと赴く。そんな人が一体どれだけ存在しているかわからない。
今回は人の集まり具合に関して言えば、俺はかなりマイナス思考だ。
「でもほら、先生が言ってたじゃねえか。ゲストがくるって。それを楽しみに来るなら、まあ集まるんじゃね?」
鋼太郎のプラス思考発言も今の俺にはあんまり効果ない。
「どうだか。誰だかもわかんねえし。地元バンドのおっさんとかだったら泣くぞ」
「それはそれで泣いてるの見て笑ってやるよ」
最終的には俺を見て笑うのかよと冗談まじりで鋼太郎と話していたら、瑞樹の視線が俺たちから外れた。
なんとなくだけど、何かを隠しているような、そんな気がする。
悠真もどこ吹く風というような顔で、譜面とにらめっこしていた。
「どうした、瑞樹」
「……ううん。なんでもないよ」
明らかに何かを隠している。だけど、聞いてほしくはないようだ。
「ならいいけど」
作った笑顔を向ける瑞樹。それに違和感を感じたが、何事もなかったかのように練習に戻った。
☆
「ねみい……」
人に平等に与えられる時間。あっという間に毎日は過ぎていくし、時間は待ってくれない。練習し続けて、完成度は七、八割というところだろうか。ところどころやはりミスが起こる。なくすための時間はなかった。
練習し続けて迎えた当日。ベースを背負い、エフェクターケースを手に持つ。
八時には
合宿からも知れ渡ってるけど、朝にはめっぽう弱い。
うとうとしながら瑞樹の後について行けば、目的地に着いた。
「よう。おせえな」
一応部活の一環であるからと、制服を着ていくよう先生に言われていたから、学ランを着てきたのに、先に来ていた鋼太郎は制服のズボンに半袖Tシャツだ。
もう気温も下がってきている季節なのに半袖なのもおかしいし、袖をまくり上げてタンクトップみたいになっている。それに額には汗がにじんでいる。
「妹のせいで、早く連れてこられたんだよ。荷物置きはステージの上だ。とっとと準備手伝え」
「うい」
「了解です」
先生はまだ来ていない。
女子も見える場所にはいない。
せっせと動いているのは鋼太郎と、体育館内にいる数人の大人。
遠くからみても体格のいい体でスカートを履いたアズミさんがいるのがわかる。
各学校の生徒と先生だけじゃ人手が足りなかったのだろう。
アズミさんの手を借りるとは思ってもいなかった。
「あら!」
振り向いたアズミさんに大きく手を振られた。
小さく会釈すれば、満足そうな顔で笑っていた。
「早く手伝おう、キョウちゃん」
「ん」
体育館に入れば、小さなステージが二つできていた。
一つは体育館前方のステージ前に。
もう一つは体育館後方に同じサイズのステージが。
そこへアンプやドラムを次々に設置していく。
いつの間にか女子も来てせっせと準備していた。
大輝と悠真も少し遅れて、ライブへ向けた準備が始まった。
先生が言っていた新しい形でのライブ。
普通のライブならば、同じステージでいくつかのバンドがかわるがわるに演奏する。だからバンドを切り替えるため転換に時間がかかる。
だけど、二つのステージを向かい合うように設置し、それぞれのステージ上で弾けば転換の時間はなくすできる。そうやってできたステージを、先生は『バーサスライブ』って言っていた。
一つのステージの場合、見に来た人の場所が最初から固定されてしまう。先頭で見ていた人はずっと先頭だ。
前と後ろの二つのステージがあれば、最前列にも、最後列にもなる。
普通のライブハウスとは違った場所だからこそできるステージ。
楽しまないと損だし、楽しむしかない。
「みなさん。朝からお疲れ様です」
先生たちは俺らが気づかないうちに来ていて、すっかり準備し終えたステージを見て感心していた。
「さすがでしょう、うちの演劇部から借りてきたミニステージは」
先生の奥さんはすごく誇らしげにしている。
土台になっている小さなステージは演劇部の備品なのかもしれない。
ドラムを置いても安定しているし、かなり頑丈に作られているみたいだ。
「もう見に来た人たちは外で待ってますので、間もなく開演します。緊張するかもしれませんが、いつも通りの皆さんの演奏を期待していますね」
体育館の外からは多くの声が聞こえた。
またライブができる。しかも今度は曲数が倍だ。
「あ! キョウちゃんの顔がニヤニヤしてるー!」
「うるせえ!」
「へへっ。楽しみだもんな。俺にはわかるぜ。んじゃ、円陣しなきゃ」
楽しみすぎて顔が緩んでいた。
大輝に言われて、前と同じように片手を前に出して円陣を組む。
今回は悠真も素直に円陣に加わった。
「行くぜ、Walker!」
おー、と少しだけましになった掛け声で気合を入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます