Song.37 バーサスライブ
体育館ぎゅうぎゅうになるまで人が入る……わけがなかった。
文化祭のときより人が少ない。床は見えるし、密な空気がない。
互いの学校の制服を着ている人、部活の途中で来たのであろう運動着を着ている人。学生以外ともなれば、一部の先生だけだった。
密度の低い体育館。
カーテンを閉め、日光を遮る。館内の照明は使わず、喜女の持っていたスポットライトだけが、二つのステージを照らしている。
ザワつきの中、それぞれのバンドが楽器を持って上がった。
俺たちは全員学ランを脱いだだけで、代わり映えしない制服。特別な服を準備する余裕もなかったし、私服という選択肢も思いつかなかった。
反対に女子、ちょこれいとのメンバーは制服ではなかった。
全員が明るい色のワンピース。
目移りしそうなほどカラフルで、ヘアスタイルまでこだわっているようだ。人前だからか、女子だからか。かなり気合が入っているのだろう。
ステージに立てば、二つのバンドを交互に見る人たち。
物珍しいバーサスライブに戸惑う人が多いようだ。
大輝が俺たちの顔を見た。
これが始まりの合図。
鋼太郎のカウントで曲が始まる。
最初はNoKの曲。注目を集めるための前座だ。一斉に楽器をかき鳴らし、空気を震わせる。
突如伝わる振動に、見に来た人の視線が一斉に俺たちへ向けられる。前置きなく始めた演奏は、注目を集めるのにはもってこいだ。
「あ、これ前に動画見たやつ! NoKのじゃない?」
「バズってたやつじゃん。てか、弾いてたのこの人たちじゃね?」
はじめは頭に「?」が浮かんでいた人も、曲が進むにつれてお構いなしに盛り上がり始めた。認知度の高い曲ということもあって、手を振り上げて楽しんでいるのがわかる。
何度練習したのかわからない。だから全員が自信を持って弾ける曲になっている。
文化祭のときと違って、誰かが欠ける心配もないから最初からアクセル全開で弾いていく。
ステージと見に来た人との距離が近い。だからか、大輝の煽りも効果的ですぐに盛り上がりが大きくなっていく。
「次はお前らだっ!」
曲が終わり、反対側にいるちょこれいとへ向けて、大輝が指を指してバトンタッチした。
しっかりとそれを受け取り、ちょこれいとのドラムがカウントをとって曲を始める。
すると視線は一気にちょこれいとへと集まる。
最初に演奏を聞いたときから一か月。どこまでうまくなったのか。せめて人前でできるレベルであってほしいと願いながら曲を聞く。
「私達ちょこれいと、精一杯がんばりまーす!」
前奏と共にそう言って始まった曲は初心者向けの優しい曲だった。でも、前と違ってちゃんと全体の音のバランスも取れているし、テンポが速くなったりすることもない。安定した調子で進む。
「しーちゃん、可愛いー!」
観衆からはそんな声が上がった。観衆と言っても低い男の声だから、俺たちの学校の生徒だろう。
「可愛さならうちのみっちゃんも負けてないんだけどなー……」
「たりめえだ」
狭いステージ。俺らの言葉に、瑞樹が苦笑いしていた。
「私達の次はー……よろしくお願いしまーっす」
バトンが帰ってきた。
待ってましたと言わんばかりに、大音量でかき鳴らす。
今度は文化祭の時に演奏したあの曲だ。
大半の人が聞いたことのない曲。オリジナルの曲であったとしても、盛り上がると確信していた。
ステージが狭いから、今日はワイヤレスではなく、シールドでアンプにつないでいる。それでも長いシールドだから、多少は動けるが。
俺の肩に大輝が手を乗せて唄ったり、ギターソロになれば瑞樹のギターを見るよう煽ったり。大輝のパフォーマンスもあって、盛り上がりはどんどん大きくなっていく。
そして曲が終わった直後には、間髪入れずにちょこれいとが演奏する。またまた初心者向けの曲だ。
素人同然の演奏だけど、音より見た目なのか、それとも友情なのか歓声と雄叫びが混ざった声が上がる。
どこぞのアイドルのライブのようにさえ見えてきた。
そしてすぐに戻ってきたバトン。
次は一番暗い、あのリメイク版だ。
盛り上がりを急に落ち着かせるような曲順だが、一つのライブで緩急つけるにはこの流れがベストという考えになったのだ。
歌詞は暗くても、曲はあくまでもロック。誰かの心に響いてくれれば、それでいい。
大輝の声は人の心を揺さぶる。
歌詞が相まって、さらに響くはずだ。
ステージ下の人を見れば、唇をかんでいる人がいる。
さっきまでの笑顔から一転、何かをこらえる表情だ。
一人でもいい、誰かの心へ届いてほしい。そんな願いはかなった気がする。
この曲には悠真のソロがある。
ドラムもギターもベースもボーカルもない、全ての音が鳴りやんだ時、静かに悲しく流れるキーボード。その時には全員の視線が悠真に向けられる。
ソロのプレッシャーと言えば大きいものだ。ミスは怖いし、そのときにどうしたらいいかわからなくなる。
でも悠真は何とかしてくれる。悠真ならできる。そう思っていた。
「っ……!」
ソロの序盤は問題なかった。流れていく音が、終盤にさしかかったとき、悠真の音が急に濁った。
タッチミスだ。
滑らかに弾くために、指をくぐらせる必要があった。和音も同じく滑らかになるよう、練習してきた。だけど、人前というプレッシャー。
悠真の音が止まってしまった。
俺たち全員は、すぐにミスだと気づいた。
練習ではいつも完璧だった悠真がミスをするなんて思ってもいなかった。だからその時のリカバリーについて考えていない。
頭が真っ白になる。
俺だけじゃない、悠真だって。
悠真の前で弾いていた瑞樹は、まさかの状況に動きが止まっている。
(まずい……)
止まってしまった曲。
どこから始めればいい?
最初から仕切り直すか?
いや、それはおかしくなる。
まだ、聞いてる人はミスしたとわかった人は少ない。
でも俺はしばらく音がない。
ならどこから弾けば……?
どうするか思いつかず、止まっていた手を動かしてくれたのは、鋼太郎だった。
ソロが終わった後に入るハイハットを少しずつ大きくなるように叩く。それのおかげで、なんとか曲は続いた。
その後は順調に曲は進み、何とか終わりを迎える。
聞いている人は一瞬止まったことに気がついたかもしれないし、気づいていないかもしれない。
「はぁ……」
ちょこれいとが次の曲を弾いている間に、深呼吸をする。そして悠真を見れば、明らかに動揺していた。
自分の顔を手で覆い、一向に動かない。
声をかけたいけど、かける言葉が見つからない。それにまだ、ライブの途中。
ラストの曲が残っている。いくら視線の多くがちょこれいとへ向いているとしても、俺たちをチラホラ見る目もある。
「チッ」
何もできなかった自分に舌打ちする。
もっとああしとけばよかった、なんて後悔に意味はない。でも、後悔してしまう。
「……ちゃん! キョウちゃん! 俺らもうすぐだってば」
「あ、わり」
どうすればよかったかと考えていたら、もうそろそろ曲が終わるところだった。
ちょこれいとの曲が終わった直後に俺のソロから始めることになっている。ボーッとしていたらタイミングを逃すところだった。
ジャンと、ちょこれいとの最後の曲が終わった。
パチパチと拍手が鳴る中を俺の低音ベースが響く。
「ラストだ! 全員飛べぇっ!」
ソロが終わると全員が加わって、ハイテンポな曲が鳴る。
大輝もマイクを持って、ジャンプしながら煽ると、観衆は手を振り上げながら飛び始めた。
難しいからこそ、練習した。
ハイテンポであっても、鋼太郎は汗だくになりながらテンポをキープしている。
瑞樹も細かい音を出しながら、楽しそうに見える。
ただ、悠真の表情だけは終始険しい。さっきのミスを引きずっている。音もテンポも合っているけど、苦しそうで、辛そうな顔のままだった。
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