Song.35 裏表裏

「とりあえず出来た」


 悠真と何とか書き上げた二つの譜面スコアを配る。

 そのうちの一つはもともと練習してきた曲が基盤になっているから、とっつきやすいはず。

 変わったところと言えば、歌詞の一部、ギターソロ。それに新しく加わったキーボードソロ。

 緩急つけたリズムは、注目を集めると思う。

 完全新曲はまあ、お察しの通りテンポはえぐい。


「うわあ。キョウちゃんらしい、ハイテンポだね! これは練習しがいがあるね!」


 譜面を見るなりはしゃいだのは瑞樹。

 早速練習しなきゃ、と持ってきたギターを準備し始める。

 アンプにつながないまま、練習を始めた瑞樹は問題なさそうだ。


 そんな瑞樹とは反対に、失神しそうなほど青ざめて顔をしていた鋼太郎の口から魂が抜けている。


「ドラムも結構ハードにしたというより、なっちまった。わりい」

「はぁ、悪くは、ねえけどよ。なかなか……頭が痛むようなレベルだろ、これ」

「まあな。でも、やれないってわけじゃねえだろ?」

「ああ。やるけど……やるけどな!」


 鋼太郎は頭をかきむしって、やってやるよと意気込んだ。

 前に鋼太郎と揉めたのは、急にやりたい曲を変えたから。俺の我が儘を突き通したからだ。

 でも今度は最初から一貫して同じ曲をやる。

 どんなに難しくても、揉めることはないだろう。

 いかつい見た目に似合わないほど大真面目な鋼太郎なら、何が何でも叩けるようになると思う。


「電ドラ……電子ドラムなら隣の部屋にあるから自由にどうぞ」

「サンキュー」


 そう言えばスティック片手に譜面とにらめっこしながら出ていった。まずは個人練習。楽器を持っている俺らはそうするしかないが、問題は大輝だ。

 発声練習を家でやられたらうるさいし、近所迷惑になってしまう。かといって歌詞をかみ砕くのは、一緒にやらないといけない。けど、俺も俺で練習しないと弾くことはできない。


「キョウちゃん、俺、何したらいい?」


 何も応えられなかった。

 手持ち無沙汰にさせておくわけにはいかない。かといってボーカルの練習に付き合うわけにもいかない。


「大輝は僕と、というより一人で。まだまだ音程を外しやすいからね。サッカー辞めてから走ってないでしょ? 体力つけて、腹筋割って。ほら、早く。ストレッチしたらダッシュ」

「そうか! 唄うのも体力いるもんな! わかった! 行ってくる! じゃ!」


 あっという間に嵐が去った。

 バタバタと音を立てて外へ向かった大輝。

 悠真は適当なことを言ったわけではない。ボーカルにはドラムと同等、いやそれ以上に体力が必要になるだろう。それに、息を続かせるために筋トレも必要だ。


「大輝が戻るまでは練習ってことで」

「あいよ」


 各々が曲に向き合い始めた。曲を作った俺でも、そうやすやすと弾けるわけがない。始めたばかりの人よりかは早く弾けるようにはなるだろうが、練習は必要である。

 指が痛くなってもお構いなしに一時間ほど経ったとき、どこからともなくスマホが鳴る。

 同じ部屋にいる瑞樹と悠真のスマホが同時に鳴っていた。どこかにしまったままの俺のスマホも、バイブ音だけ鳴らしていた。多分、制服のポケットに入ってるんだと思う。

 取り出すのも面倒だと放置していれば、悠真が嫌そうな顔で自分のスマホを見て、画面を俺に見せてきた。


「はあ……あいつ、馬鹿かよ」


 画面はグループトーク画面。そこで一方的に発言しているのは、外に出ている大輝のみ。


『迷子になった……』


 たったそれだけのメッセージ。どこまで行ったのかわからないが、慣れない場所で遠くまで行って迷子になるなんて馬鹿だ。スマホがあるなら、それを使って戻ってくればいいものを、どこまで行ってるんだか。


『場所は? 写真撮って送って』


 そう悠真が送れば、すぐに返事が返ってきた。しかもなぜか大輝も写った自撮り。写真の半分は大輝が写っており、残り半分で予測しろというのか。

 写真はありきたりの広い田んぼが広がっている。唯一特徴となるのはスーパーの看板。それだけしかないが、なんとなく場所はわかる。


「俺が迎えに行ってくる」

「わかった」


 悠真もこのあたりに詳しくない。

 瑞樹はギターに集中してるし、息抜きがてら俺が大輝の捜索に行く。

 がちがちに凝り固まった体をほぐすのにもちょうどいい。

 俺は自転車に乗って、大輝のいるであろう場所へ走った。




「あ! キョウぢゃぁん。俺、もう戻れないかと思ったー」


 家から離れた田舎道。

 人通りもほとんどない田んぼに囲まれた道沿いに、大輝は座っていた。

 俺を見つけると、顔が明るくなって駆け寄って来る姿はもはや犬と同じだ。


「ばーか。とっとと戻るぞ」

「へーい」


 とぼとぼ並んで歩き、家を目指す。

 黙るということを知らない大輝は、べらべらとおしゃべりが止まらない。

 走っていたらいつの間にかここへ来たとか、途中で変な鳥を見たとか。ほとんどくだらない内容だ。

 だけど途中でバンドについての話題になった。


「そういえばさ、リメイクした曲。ちらっと見たんだけど、ユーマがすげー書いてるんじゃね?」

「まあ、そうだな。結構悠真が書き換えてる」

「だろー。俺、すぐわかったからな!」

「そんなちげえのか? 俺が作った曲と」


 大輝が考えたのち、ぽつぽつと話してくれた。


「なんというか、ユーマのは今を訴える感じというか。キョウちゃんのはそのあと前向きな感じがするんだけど、ユーマのはそのまま現実に残ってるみたいな?」

「なんだそりゃ」


 言いたい事がわからなくもない。

 俺は曲の頭が暗くても、ハードでロックな雰囲気の方が好きだから激しくなりがちだ。でも悠真は冒頭から最後まで暗い雰囲気を保ったままので終わっている。その中にはロックな要素とクラシックな要素を混ぜ込んでいるような不思議な印象を与える。

 よく言えば落ち着いた曲。悪く言えば暗い曲。

 どちらでも言えて、どちらでもないそんな紙一重の曲を悠真は作り出す。


「なんかすげえユーマ感があるんだよな。歌詞がまんまユーマというか? ほら、前にも言ったじゃん? ユーマの兄貴のこと。この休みも兄貴が家に来てるから家に帰りたくないんだと思うぜ」


 悠真からは何も聞いていない。

 というよりも、俺の家になんで集まっているのかすらわかっていない。

 悠真のことは大輝からの話しか知らない。


 それでも言われれば確かに、悠真の歌詞は暗めだ。

 自分はできそこないなのだと嘆いてはいるが、結局そのまま生きていくというような歌詞だった。

 もしかしたら自分に言い聞かせているのかもしれない。

 全然悠真はできそこないなんかじゃねえと思うけど。


「なーんか、もうちょい。ユーマを元気づけられたらいいんだけどさー。俺、馬鹿だからよくわっかんねえ。だから、任せたぜキョウちゃん!」

「いや、無理だろ。俺になにもできねえって」

「……かもな!」


 笑ってはいるが、どこか大輝にも影が見えた気がした。

 悠真が何を背負っているのか知らないから、助け船は出せない。

 いつか話してくれれば、何か助けになれるかもしれないが。


「あ」

「なになに? なんかあった?」

「いや、別になんでもねえ」

「なんだよー」


 鋼太郎に言われたことを思い出した。

 全部を一人でやろうと無理するんじゃなくて、周りを頼れと。

 親父はなんでも抱え込むタイプだった。全部ひとりでやろうとしていた。

 自分でできることは全部自分でやらなければいけないと。


 俺もそうだし、悠真もそういうタイプかもしれない。

 抱え込みすぎてぶっ倒れる前に、何か手を打っておいた方がいいかもしれない。

 かといって無理やり聞くわけでもない。できる範囲で、悠真の様子を見ていくか。


「俺、ここからならキョウちゃん家わかるぜ!」

「おい、ちょっ!」


 知っている道だからと、大輝は急に走り出してしまった。

 それに続くように俺も自転車に乗って追いかける。


 馬鹿に見えて人をよく見ている大輝の意外な一面を見た日だった。

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