Song.34 モーニングコール
空腹のせいで目が覚めた。
パチッと目を開ければ、目の前には薄暗くてもよくわかる、慣れ親しんだ瑞樹のフワフワの髪。
俺のベッドに瑞樹がいる。
理由はわからないけど、すやすやと寝息を立てて小さく丸まっていた。
「あ?」
小さいときによく泊まりに来ることがあった。その時も今と同じように一緒のベッドで寝たことは覚えている。でもそれはもっと小さいときの話。高校生にもなって寝る機会があるとは思ってもいなかった。
どういうことかわからないまま、瑞樹を起こさないよう気を付けて体を起こす。
すると部屋のあちこちで、他のメンバーが寝ている。
モニターの前では悠真がデスクに伏せて。
ベッドの足元には鋼太郎と大輝が自分のバッグを枕にして。
「へいへい、ぱぁーす」
大輝の寝言。おそらくサッカーの夢を見ているのだろう。
驚きと笑いで声がでそうになるのを、なんとか堪えた。
家の主が先に寝てしまったから、人数分の寝床を用意できなかった。
部屋も空いているし、客用の布団もあるのに。
固い床で寝ることになった二人には申し訳ない。
やっちまったと思って頭を搔いたら、腹の虫が鳴った。
空腹では寝ることすらできない。
ひとまず誰も起こさないように、こっそりと部屋を出ようとする。
寝相が悪い大輝を通り越して、鋼太郎をまたいだとき、もぞもぞと鋼太郎が動き、じっと目が合ってしまった。
すると鋼太郎は目をこすり、静かに立ち上がると扉の方へ向かい、俺に向けて手招きをする。
あくびをしているけど、寝ぼけている様子には見えない。呼ばれているなら行くしかない。眠そうな顔の鋼太郎に招かれるまま部屋を出た。
リビングの電気をつければ、やっと時間を確認できる。
「もう三時かよ。何時間寝てるんだ、俺」
「ざっと八時間ぐらいだろ。悠真から聞いた時間だと」
「うわ……」
何度目かわからないあくびをしながら、鋼太郎はキッチンへ向かう。
手際よく鍋を取り出して何かを入れて火にかけたのち、別のものを温めようと電子レンジを使いこなす姿は俺以上に家主感がある。
「腹減ってんだろ? 男くさい飯だけど、夜の分を勝手に作って残してあるから」
「悪いな。ほんと、いろいろと……先にぶっ倒れるし、何もできなくて」
何ももてなしをせず、放置してしまっていることに対して謝った。
だけど、それを聞いた鋼太郎は驚いた顔で俺を見ている。
なんでそんな顔になるのかわからなくて、俺も同じく驚いた顔を返す。
静かな時。
時計の針がカチカチと音を立てた。
「はっ。何言ってんだよ。何もできてねえのは俺たちだ。曲は作れないし、音楽の知識もない。瑞樹に教えてもらってやっとだしな」
電子レンジがチンと止まって、中のものを取り出し、俺の前に置く。
皿にのっているのはオムライスだった。
きっと大輝が最後に手を加えたのだろう。ケチャップで『キョウちゃん』とガタガタな文字が大きく書いてある。
瑞樹だったらもっと字がうまい。それにハートマークなんか絶対書かない。
「何もかも全部お前にやらせるわけねえだろ」
さらにテーブルに並ぶのは、湯気の立ったホットミルク。
さっき鍋に入れていたのはこれのようだ。
「少しは周りを頼れよ。できないこともあるけど、手伝えることもあるだろうし。バンドは一人じゃねえんだろ?」
胸が熱くなった。
一度はもめたけど、鋼太郎がバンドとして見ていてくれた。
俺は一人じゃない。バンドなんだ。
今も、これからも。
それが嬉しかった。
「おい、泣くほどか?」
「うるせえ。泣いてねえよ」
鼻水が垂れそうになった。
決して俺は泣いていない。そう言い聞かせて、目の前のご飯に手を伸ばす。
フワフワの卵と、しっかりと味のついたご飯がおいしかった。
「やっぱ泣いてんじゃねえのか」
「泣いてねえ。寒いから鼻水出ただけだ」
俺が食べるのを鋼太郎は満足そうに見ていた。
「あったーらーしい、あっさがきたっ!」
二度寝して数時間後。
目覚ましのような声に起こされる。
もちろん声の主は決まっている。
「うっーるせぇんだよっ!」
「へへっ! だって朝だし? 全員起きろって!」
カーテンを開けられ、朝日が差し込む。
大輝が全員を無理やり起こしにかかる。
「曲できたんだろ? なら練習し放題じゃねぇか! 早くやろうぜ!」
起きたばかりというのに元気が有り余っているらしく、大輝の目が輝いている。
ベッドからそれを確認して、俺は毛布をかぶった。
「あー! キョウちゃん、また寝るのかよ! ってユーマも寝てんじゃん! ちゃんと起きてるのコウちゃんだけじゃん。ねえ、みっちゃんも起きて!」
強引に毛布を奪われる。
まぶしさと寒さが辛い。
瑞樹もさらに小さく丸まってる。
震える俺たちをよそに、鋼太郎が体を伸ばしているのが見えた。
「朝飯、何がいいんだ? 俺、つくっけど」
「ほら、コウちゃんママがご飯作ってくれるってよ! だから起きてって!」
「誰がママだ」
とんだ茶番を見せつけられた。
まだ頭が働いていないからか、笑いどころだろうけど笑えなかった。
「僕、朝はパンじゃないとやだ。あとコーヒー。砂糖とミルクも入れて」
机に伏せたままの悠真もリクエストをする。
「俺、さっき食ったからパス……」
「僕はなんでも……」
「はいよ。んじゃ、作ってくるから起きてろよ」
寝起きが悪い三人はそのままもうひと眠りしたのは言わんこっちゃない。
「今更なんだけど、君の動画。おかしなことになってるよ」
「あ?」
さっきまでダラダラしていたくせに、コーヒーを飲んで目覚めた悠真。寝癖のついたままの頭でスマホを見せてきた。
そこに表示されているのはiTubeに投稿している俺のアカウント画面。今までに投稿した動画がずらっと並ぶ。一番最新のものは約一年前に出した動画。かなりの期間新しい曲を出していなかった。
今更何だというような顔をすれば、悠真に呆れた顔をされた。
「はあ……なんで見ていない訳? 簡単に言えば、文化祭でやった曲のコメント欄が荒れてる。で、その理由を辿ってみたらこれ」
少しだけ操作したのち、画面が変わる。
今度は同じiTubeに投稿された動画が再生された。
「あ、文化祭じゃねえか」
その動画はこの前の文化祭で俺たちが演奏しているものだった。
体育館の大分後ろから撮った映像。スマートフォンで撮影したものらしく、画質は決して良くはない。顔の判別はできないし、ステージの上の方にある校章もはっきりとは写っていなければ、音も悪い。
一応、個人の特定はできないだろう。
「これが火種になって、NoKの熱狂的ファンが勝手にアレンジするなとかなんとかで荒れてる。君のファン、怖すぎ」
コメント欄で討論が始まり、収拾がつかないようだ。
一言一句読むつもりはない。もともとNoKの動画を出したあとは全くコメントは見ていない。誰かの匙でつけられた評価を全て気にしていると、きりがない。
興味がないという反応を返した俺とは対照的に、まじまじと鋼太郎が画面に食いついていた。
「んなの気にしてもしゃあねぇんだよ。過去は置き去りにして、前を向いていかなきゃやってらんねぇ」
「おお! キョウちゃんかっけぇ!」
「だろ? もっとほめたたえろ」
「すげえ、キョウちゃん! かっけえ、キョウちゃん!」
大輝とふざけたやりとりをしていれば、悠真は鋼太郎と一緒に呆れた顔をしていた。
「ふう……先輩の作る朝ごはん、おいしいですね」
一番年下なのに一番落ち着き、誰との会話にも入ることなく、鋼太郎の作った味噌汁をすすってほのぼのと瑞樹がつぶやいた。
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