Song.33 one→two

「キョウちゃんの家初めてだ! おっじゃましまーっす」


 理由もよくわからないまま、メンバー全員が俺の部屋に集まった。

 好きな物、必要な物だけを集めた部屋。いくつものギターとベースを見て、あっけにとられたのか、大輝が静かになる。


「あ、このベース……」

「よくわかったな。それは親父のだ」


 悠真が部屋の隅に飾ってあるベースに気が付いた。

 他のギターたちは全てまとめて横向きにし、スタンドに立てているのに対し、親父のベースだけは単独で正面を向くように立てかけている。

 それを見れば親父のことを、音楽のことを思い返し、何が何でもプロにならなきゃいけないという気持ちにさせてくれる。


「え、なになに。キョウちゃんの親父さんもベースやってんの?」


 大輝の質問に、瑞樹の顔が曇った。

 大輝は悪気も何もあったもんじゃない。ただの興味だろう。だけど瑞樹は親父のことを知っている。突然死んだことも、何もかも。だから親父について聞くべきじゃない内容と思ったのか、サッとうつむいた。


「正確には、だ。今はもういないしな」

「へ?」


 言葉の意味が分からず、大輝は間抜けな声を出した。


「あ、ちょうどいい。しばらく悠真と曲作ってるから、その間コレでも下で見とけ」


 はい、と近くにいた鋼太郎へ渡したのは棚にしまってあったDVDやBlu-ray。

 どれも親父たち……Mapのライブ映像を収録したものだ。

 盛り上がりとか魅せ方なんかは参考になるはず。俺が目指しているものを共有するのにも最高なアイテムである。

 アリーナクラスでのライブから、小さなライブハウスでの演奏、ワンマンだけじゃなくて数多くのアーティストが出演したサマフェスの映像まで様々な場所での演奏を残してある。

 市場に出回っていないものもあるし、舞台裏まで映したものもあって、希少価値が高いはず。

 どれもこれも、俺が小さい頃から見て、憧れてきたステージだ。


「瑞樹。下で頼んだ」

「うん。では、行きましょう、鋼太郎先輩、大輝先輩」

「え? へ?」


 瑞樹に背中を押されながら、三人は部屋を出て行く。

 俺がいう「下」がどの部屋をさしているのか、瑞樹はわかるだろうし、渡したのは相当数の映像だから、しばらく戻ってこないはず。その間に曲作りに集中する。


「で? 僕もさっきの見たいんだけど」

「わあーったから、後で貸すから。それより、曲だろ? 悠真のGOサインないとあれだし」

「だったら早くやってくれる? 早く僕も見たいし」

「わかぁてるってーの」


 悠真と二度目の共同作業が始まった。

 前回と違うのは、テーマがないというところだろうか。


 ゼロから作るのは一苦労だ。

 NoKとして作曲するようにやってみると、どうしても俺たちのバンドとは違う方向へ向かってしまう気がする。

 ワンフレーズ作っては悠真に聞かせるが、どれもしかめっ面をされた。

 そこから修正を加えて、修正して修正して……一向に終わりは来ない。


「テーマがねえと作りにくい……」

「ふーん。君もまだまだなんだね。それにどの曲も似てて、早いものばっかりだし」

「あん?」


 思考能力が低下しているときにそう言われ、苛立った声がでた。

 悠真の顔を見れば、俺の反応に対してと言うよりも、曲に対して不満をもった冷たい目で見ている。

 今まで作った曲を思い返すと、どれもテンポが速かった。

 それにポップなものはなく、ロック調で統一している。

 何年もそんな曲を作ってきたからか、今更テンポの遅いものを作ってくれと言われても、なんだか気持ち悪く感じてしまう。


「疾走感があると言えば、あるんだよね。それを活かした曲……こう、まっすぐ駆け抜けるような感じで……それでもって、どこか暗いところもあるのが君の特徴」


 目の前のノートに悠真つぶやく単語をとびとびで書いていく。


「だからさ、いっそのこと暗いところを全部消してみれば? 過去は過去って振り切って」

「は? どこが暗いのかわかんねえよ」

「そこは僕が判断する」


 あんまり納得はしてないけど、悠真が「早くやれ」と言わんばかりに目で指示する。

 ハッキリとしたテーマではないから前回よりも進みは遅いが、着実に曲に近づいていった。


「そうそう。前に僕に見せてきた下手くそな演奏あったよね? あれの譜面も貸して」


 俺が悩む間に、悠真は一番最初に作った曲に手を加え始めた。

 二曲を同時進行で作る悠真の技術には感服だ。俺には到底できない。

 癪だから口には絶対しないけど、真剣な目をして考える悠真に心の中でお礼を言った。




 ☆



「どうだ! これで……」


 何とかゼロから作った曲を、AiSに歌わせる。

 ベースから始まる冒頭を聞くだけでも体がゾワゾワした。

 暗いと判断された部分を無くしたことで、ずっと駆けまわっているようなハイテンポ。

 歌詞には英語も入れ、各楽器も弾んだ音にした。学生とか青春とかそういった雰囲気は微塵もない。ただ、NoKらしさが強く表れている。

 ただでさえ、NoKとして出した曲は演奏するのが大変だというのに、この曲はそれを上回る難易度になるかもしれない。

 そこは練習でカバーしよう。



 二曲目は、もともと練習していて悠真に否定されたものに、アレンジどころか大幅に悠真が手を加えたもの。

 もともとは孤独から抜け出そうとするような前向きな曲だった。でも書き換えた結果、「死」や「消えたい」なんていう言葉も入れ、人の闇を感じる。

 なんとなく避けてきた死に関するワードを、悠真はしれっと入れてくる。


「これなら両方ありだね」

「うっしゃ」


 やっぱり、曲を作るには一人より二人の方が幅が広がる。

 二人で納得したものを作り上げたときにはすでに夕方になっていた。

 そういえば朝から飲まず食わずだ。

 下にいるメンバーも一度も上に来ない。もはや静かすぎて怖い。


「あとは下のやつらに聞かせて、譜面にして、それで練習して……」


 言ってる間に、目の前がチカチカしてきた。

 世界が白と黒になる。

 体もグラグラと傾いてしまう。

 文化祭の疲れが残ったまま、睡眠も食事も十分に取っていない体は限界らしい。


「はいはい。お疲れなんでしょ。寝てなよ。譜面ぐらい僕でもできるから」


 椅子から落ちそうになるのを悠真に支えてもらった。

 そのままずるずると引きずられるようにして、モニターとは反対側にあるベッドに連れていかれる。

 見た目は俺と変わらないくらいひょろひょろなのに、難なく移動させられたのが何だかむかついた。


「みんなには言っておくから。休んでてよね」

「……ん」


 言われるがまま、されるがまま深い眠りへ落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る