Song.32 シルバーウィーク


「恭弥。起きなさい、恭弥」

「ん……ばあちゃ、今日俺休み……」


 シルバーウィーク初日。深夜というより早朝まで起きていたこともあって、寝たりない。毛布をかぶって起こさないでほしいという意思を示す。

 しかし、その毛布はすぐにはがされた。

 急に冷たい空気におおわれて、ぶるっと体が震える。


「わかっているわよ。でも、恭弥のお友達の子が来ているのよ。だから早く起きなさい」

「へ? 瑞樹か? 瑞樹ならまた後でって言っといて」

「違うのよ。瑞樹くんじゃない子よ。えっと、ええっとなんて言ったかしら……そう、悠真くんよ」


 悠真? なんで?

 ばあちゃんから出た名前を聞いて、頭が覚醒した。

 瑞樹だったら何十回も家に来た事があるから、ばあちゃんも名前と顔が一致している。だけど、悠真と会ったことは今までないし、名前を知る由もない。


「は? 悠真が? なんで!?」


 バッと起きて聞くも、ばあちゃんは「さあ?」と首をかしげた。

 訳もわからぬまま寝間着のジャージのまま慌てて部屋を飛び出し、一階へ向かう。

 頭は起きていても体はまだ起きていないらしい。

 慣れているはずの階段で足が滑った。

 そのまましりもちをつき、一階へと滑ってたどり着く。

 階段のすぐ前には玄関。そこには悠真が驚いた顔をしてこっちを見ていた。


「あれまあ。大丈夫かい?」

「大丈夫、大丈夫……なんとかなってる」


 上からばあちゃんに心配された。

 何度か階段から落ちた事もあるし、慣れっこだ。そのたびに青あざ作って、腰に湿布を貼った。今日もまた貼ることになるだろう。


「……だっさ」

「うるせえよ」


 馬鹿にするような目のまま、小さな声で言う悠真の言葉は、耳の遠いばあちゃんには聞こえていない。


「悪いわねえ。恭弥がお寝坊さんで。それにお友達がくるなんて聞いてないから、何もお構いできませんで……」


 二階からゆっくり降りてくるばあちゃん。俺と違って足を踏み外したら致命傷になりかねないから、動きはゆっくりだ。


「いえいえ。こちらこそ急にすみません。昨日連絡しておいたのですが、伝わってなかったようで。あ、これ。少しの期間、お世話になるのでつまらないものですがどうぞ」

「あらあら、悪いわねえ」


 いつもの外面のいい悠真に戻り、ばあちゃんに紙袋に入った何かを手渡している。

 よく見ればその袋に「かたや」の文字。鋼太郎の家で買ってきたものらしい。


「ばあちゃんたち、これから敬老会の旅行に行っちゃうけど、戸締りちゃんとするんだよ?」

「あー、そっか。適当に飯食うし、大丈夫だって。ばあちゃんたちこそ気を付けて」

「うふふ。ありがとねえ。ほら、じいさん。行くんだよ」


 よっこいしょ、という声がリビングから聞こえる。そして大きい鞄を持ったじいちゃんが出てきて、二人一緒に出て行ってしまった。

 今日から敬老会で旅行に行くという話は聞いていた。料理もできない俺のために、カップ麺や冷凍食品を買いだめしておいたから、数日俺一人でもなんとか生活できるだろう。


 それよりも、悠真がやってきた理由がわからない。

 連絡しておいたと言うが、俺はなにも知らない。そもそもスマホは昨日から制服のポケットの中にいれたままだ。


「お邪魔します」

「まじかよ。なんで来るんだよ」

「昨日グループチャットしたでしょ。これからみんな来るよ」

「はあ?」


 悠真がスマホの画面を見せてきた。

 トーク内容を確認すれば、確かに俺以外で話が進んでおり、なぜか俺の家に全員集合することになっている。

 しかも今日だけじゃない。この連休中、泊まりにくるそうだ。


「これで曲作り、はかどるんじゃない?」

「……どうだか」


 曲作りには行き詰っていた。悠真だけならともかく、全員集まるとなると騒がしくなること間違いない。それで進むかと言われればわからない。

 でも来てしまっている以上、今更断れない。

 瑞樹が駅まで迎えに行き、三人もすでにこちらへ向かっているらしい。

 はあ、とため息をつきながらも全員集まるのを待つことにした。




 待つこと三十分。

 何度も鳴らされるインターホン。

 扉を閉めていても聞こえる大きな声。

 もう来たのかとしぶしぶ玄関の扉を開ける。


「キョウちゃん、おっはー! あれ、寝癖ついてんじゃん。寝起き? 寝坊助だなー。俺なんかワクワクしちゃってなかなか眠れなかった!」

「遠足を楽しみにする小学生かよ」


 あまりにもうるさい大輝の声が近所迷惑にならないか心配だったが、田舎なだけあって耳の遠い老人が多いから大丈夫だったかもしれない。さらに言えば、ストッパー役の瑞樹もいるし。

 声の大きい大輝の後ろに立つ鋼太郎が、ツッコミを入れるが、その顔には疲れが見える。


「おい、瑞樹」

「え、えっとー……これはね、その……」


 一番後ろで小さくなっている瑞樹に声をかければ、視線を外して顔を搔いている。

 なんでこうなったのかと聞きたい俺の事をわかっているらしい。


「お前なあ……急に俺んちに集めても、ばあちゃんたちいねえし、寝床もねえし、食い物もねえぞ」

「それはね、知ってたよ! 鋼太郎先輩のおじいちゃんたちも旅行行くって話だったからね。だから、ほら!」


 瑞樹の手にはスーパーの袋。

 大輝と鋼太郎も同じ袋を持っている。

 透けて見える中身は、野菜や肉、魚など様々な食材が入っているようだ。


「僕たちは曲作りができるわけじゃないから、他の事で何かできないかと思って、色々買ってきたよ! ほら、キョウちゃん、音楽以外は何もできないから!」


 さすが瑞樹は俺のことを知り尽くしている。

 基本的な家事ができないのを知っているから、料理やを引き受けようということなのだろう。


「はあ……わかった。とりあえず入れ」

「ありがとう、キョウちゃん!」


 ぱあっと明るくなった瑞樹。

 ひとまず全員が集まり、シルバーウィークを利用した曲作りが始まった。

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