Song.43 祝
「一次選考、通過おめでとうございます!」
放課後、全員で向かった部室兼物理室。そこで待ち構えていた先生が、両手を広げて祝ってくれた。
いくら教師の中では若い方に入るからと言っても、三十代ぐらいだ。なのに、とがったパーティーハットをかぶっている姿はこう……痛々しい。
「そんな目で見ないでくださいって。お祝いしたくて、これでも必死に準備したんですよ、一応」
黒板には誰の誕生日パーティーなのかと聞きたくなるような飾り。教卓上にはコンビニのシュークリームが人数分。一次の結果は今日発表になったのだから、それが出てすぐに買ったのだろう。
「あざーっす。いただきまーす」
どうぞと言うので、ありがたくシュークリームをもらう。その場で開けてかぶりつけば、甘いカスタードがあふれてくる。
食べ方は人によって違う。ガブガブ食べる俺と大輝。汚れても洗えばいいやっていう考えだ。対照的に、全く汚さず丁寧にゆっくり食べる瑞樹、悠真、鋼太郎。全員甘いものは好きらしい。
「食べながらでいいのですが、一次通過した方たちの演奏はご覧になりましたか? それぞれ個性がありますし、みなさん演奏がうまい。私の時代とは大違いで……機材も違いますけど、曲も――」
少し悲しい顔をしていたが、そこは触れないでおく。
「せんせーの話はいいから、練習したーい!」
まだ三分の一ぐらいシュークリームが残っているのに、大輝は声を上げた。
口元にはクリームが付いている。それを舐めながらまっすぐ手を挙げる。
「おっと、そうですよね。どうぞ、教室を使ってください」
「あざーっす!」
調子のいい大輝は、物理室の机へ荷物を投げて置くと、さっさと部室棟へと向かう。その後ろを悠真と瑞樹が追うのがいつもの流れだ。いつもと違うのはその手にシュークリームがあること。はたからみれば奇妙だろうな。
はあ、と苦笑いしながら、俺と鋼太郎が、ゆっくりと続いた。
「そうだ、鋼太郎。
「……した。ホームページのアドレスも送った。既読はついたけど、返信はねえな」
「そうか」
音楽で人を変える。鋼太郎が気にかけている上井には、まだ俺たちの音楽が届いていないのだろうか。
もし、聞いてくれたのなら何かアクションがあってもいいんだけれども。
でもまだ一次。二次三次選考を通過したら、上井も変わるかもしれない。
小さい希望を胸に、日々練習へと向かう。
☆
季節は廻り、寒さに凍える12月。
そろそろ二次の結果がでそうだな、なんて思いながら練習を繰り返す日々を過ごしていた。二次はネット上での一般投票。中間報告は一切なく、投票締め切り後二週間経ってから結果が出る。その間にやれることは、やはり練習しかない。
同じ曲であっても、家で一人で弾くときと物理室で弾くとき、体育館で弾くとき、それぞれで音が違う。
機材、環境で音は変わるから、次に人前で弾くときに練習と同じ音が出せるよう毎回微調整が必要。あと、演奏者の体調で音が変わる。ドラムなんてテンションで音のハリが違うから、心情がバレバレ。
キーボードの悠真なんか、寒すぎて指が動かないってしょっちゅう言う。俺も寒すぎるとできないって鋼太郎の買いたての缶コーヒーで暖を取ってるけど。
そんな日を送る中、学校指定のセーターを指先まで伸ばしたままの悠真が、珍しく昼休みに俺のところまできた。
「二次選考の結果。はい」
悠真から渡されたのは、スマホ。画面には二次選考結果発表の文字。
見たいようで見たくない。また緊張に襲われる。
「見ないの? 僕もまだ見ていないんだけど、見ちゃっていいの?」
「見る! 見るって! 鋼太郎!」
「んあ?」
一人で見るのは、無理。吐く。
一次選考結果を見るとき同様に、いると心強い鋼太郎を呼ぶ。
鋼太郎はトイレから戻ったところで、話が読めなかったようだ。だが、それでも傍にきて画面を見て納得したような表情を浮かべた。
「い、行くぞ?」
「おう」
「早くしなよ。うるさいのがくるよ?」
大輝のことを言っているのだろう。そういえば悠真の後ろにいつもついてくる女子もいなければ、大輝もいない。不思議なこともあるもんだと思ったが、それよりも目の前のことに集中する。
ふう、と息をついて、「結果はコチラ」を押す。
画面の上にページを開くまでの青いラインがぐんぐん伸びていく。
アクセスする人が多いのか、右端まで進むのに時間がかかった。
やっと結果発表されたページが開かれる。
そこには、「二次選考通過したのは48組!」と大きく書かれていた。
一次を通過したのは117組。そこから半分以下に絞られた。
「で、通過してるの? どうなの?」
悠真に言われて恐る恐る画面をスクロールする。
手が汗で湿る。いったんズボンでその汗を拭いてから、ゆっくりと『Walker』の名前を探していく。
「ストップ! 今のだろ。スルーすんじゃねえ」
「あ? 今あったか? どこだ」
「ほら、ここ。あんじゃねえか!」
一度スルーしてしまったが、鋼太郎の声で再度確認すると、確かにそこに『Walker』の文字があった。
「なんだ、通ってるじゃない。これでまだ、練習し続けないと」
「……そうだな。次はただ待っているだけじゃない。ステージの上、知らない人達の前で弾ける」
体がゾクゾクした。思わず顔がニヤニヤしてくる。
文化祭以上の演奏を見せられる。人を惹きつけられる。
最高のメンバーで演奏できる。
考えるだけでもワクワクする。
「三次は来月だよね? 詳しい日程とか内容は先生に聞かないとわからないけど、それまでに文化祭のときみたいな怪我はやめてよね」
「それは俺じゃねえ、瑞樹だ」
「君も同じでしょ。倒れてるんだから。インフルエンザとかにならないでよね」
「わぁーってるって。体あったかくして、予防注射しとけってことだろ」
「そう」
真面目な悠真の言うことは、遠回しでもなんとなく言いたいことはわかる。言葉に棘があるけど、本当はめちゃくちゃ悠真は優しい。
「ああ、そうそう。冬休みに部活をやるのはいいけど、その前に定期試験があるのを忘れないでよね」
「うっ……」
年中補修の常連になってる俺にとっては、赤点を回避するなんてことは難しいことである。
「ちなみに大輝は今、僕がやれって言っておいた問題をずっとやってるから、平気だと思うよ」
「まじかよ! 悠真、俺にも勉強を教えてくれ!」
「や・だ。彼にでも教わりなよ」
悠真に逃げられた。
残った鋼太郎に熱い視線を向ける。
春は謹慎処分を受けていた鋼太郎。素行が悪いって教師内で問題視されたのは今は昔の話。それと学力は別。勉強はできる。俺より断然できる。
「頼む、俺に勉強を教えてくれ!」
「……断るっていう選択肢はないんだろ? 俺にできるやつなら教えるけどさ……」
「サンキュー! わからないとこあったら聞くからな! テストに出そうなところも教えてくれ!」
意気揚々に「わからないところ」なんて言ったが、家に帰るなり、授業内容のほとんどがそれに該当していたことに気づいた。
それを鋼太郎に言ったときの表情と言ったら、忘れられないほどの引きつりようだった。
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