Song.25 2日目の事件


「へぇーそんなことあったのか。ファン第一号じゃねえか!」


 瑞樹はしばらく手が離せないというので、後で伝えるとして、連絡してすぐに来た大輝とわずかな差でやってきた悠真に、ことの経緯を話した。

 

「五組の武市さん……ね」


 焼き菓子を一つ手に取りまじまじと見る悠真には、何かひっかかることがあるようだ。


「ユーマの知り合い?」

「去年同じクラスだった。最近、変な奴に付きまとわれて、迷惑してるとかって聞いた」

「不審者じゃん! 警察に相談するやつじゃね?」

「それがそうともいかないんだって。付きまとってるのが、同じクラスの人らしくて……」

「ありゃま」


 ダンボールで作られたカウンター越しに大輝たちの話を聞く。その間にも、後ろにはわずかに列が出来ている。

 対して人気のなさそうな模擬店のはずなのに出来た待機列に、嫌気が差す。


「あー……後ろは気にしないで。いつものことだから」


 表情にでていたのか、そう言われて納得した。

 並んでいるのは何度か見たことのある女子のみ。しかも、その目線の多くは悠真へと向けられている。

 悠真の後を追うようについてきたのだろう。


「それより、気をつけた方がいいよ。特に……」


 そう言って悠真が指をさしたのは、俺だった。


「は? 俺? なんで?」

「自覚なしなんだ。それなら教えてあげるよ」


 悠真は後ろの女子に聞こえないよう、小さな声で耳打ちをする。


「――君がNoKなんじゃないかって噂されてる。乱心した人に狙われかねないよ」


 それだけ言って、悠真はペットボトルと焼き菓子一つを手に取った。そして焼き菓子を食べながら。教室から出て行く。その後ろを女子もぞろぞろと付いていく。


 一体何を気をつければいいのかもわからない。けれど、悠真が不要なことを言うとは思えないので、頭の片隅に入れておいた。


「んじゃ俺もお化け屋敷に戻るわ! じゃーな! 次は俺のクラスにもこいよー!」


 大きく手を振って大輝も戻っていった。

 うるさい大輝がお化け屋敷のどの役をやるのか気になったが、人が多すぎて断念。

 結局この日の文化祭は、何事もなく、平和に終わった。




 文化祭2日目。

 ぬるっと始まった祭りの最終日。

 昨日と同じくらい、いやそれ以上に騒がしく、人が行き来している。


 クラスのシフトがなければ、やることはない。曲作りか練習をやりたかったが、あいにく物理室は鍵がかかっていた。

 混み合った本校内を歩くのも嫌だからと、退屈そうな鋼太郎を連れて薄暗い特別棟を歩く。


「人いなさすぎるよなぁ、こっちは」


 本校舎は各クラスが模擬店を行い、特別棟では文化部が様々な出し物をやっている。

 美術部や書道部など、静かな展示が多いのであまり人も集まっておらず、まばらにしか人影がない。


 受付に二人しかいなかった書道部を見終えて、廊下を歩きながら感想を言い合っていた。


「芸術ってわかんねぇ。あんな続けて書いた字なんて読めねえ」

「音楽も芸術じゃねえのかよ?」

「音楽は音楽だろ」

「……野崎に聞いた俺が馬鹿だった」


 時間はまだまだたっぷりある。

 ふざけながらも特別棟全てを見て回ることにして、次の展示がある部屋へと向かう。


「あ、ちょっとトイレ行ってくるわ」

「おう、いってらー」


 鋼太郎が近くのトイレへ。

 連れションなんてしたくないし、トイレに行きたい気持ちでもない俺は、トイレの前、荷物置き場となっている場所で鋼太郎を待つ。


 男のトイレなら、すぐにでてくる。

 壁に寄りかかり、このあとどうするか考えながら鋼太郎を待った。


 特別棟には人がほとんどいない。だから誰も他に通る人はいない……はずだった。


「お前の、お前のせいだ……」

「あ?」


 低く不気味な声が聞こえ、廊下に目をやる。

 するとそこには、一人の男が立って、明らかに俺を見ている。

 大柄な体格で、ボサボサの髪。凸凹の肌が目立つ男。

 誰だっけか。ボーッと思い起こしてみる。


「お前のせいで、俺の人生めちゃくちゃなんだよ……」


 お前って俺のことか?

 俺がこいつに何をしたのか。

 名前もわからないのに、何もしようがない。

 いや、もしかしたら気づかぬうちに何かをしていたのか。

 いくら考えても、何かをした覚えはない。


「お前のせいでっ!」


 そう叫びながら、男はこちらに向かい、持っていたカッターを振りかざす。

 突然の出来事に、理解も追いつかないまま、本能的に腕で身を守る体勢をとるしかできなかった。


「いっ……たくない?」


 痛みは襲ってこなかった。

 おそるおそる目を開ければ、振りかざした手がそのまま宙で止められていた。


「てめ、ふざけてんじゃねぇぞ……?」


 低い声。

 鋼太郎が男の手首を掴んでいたのだ。


「ひいっ」


 鋭い目で睨み付けると、男は情けない悲鳴を上げる。メキメキと音を立てそうなほど、鋼太郎の手に力が入っていく。その証拠に、鋼太郎の手に血管が浮き出ている。


「そのカッターで何しようってんだ? あ?」


 俺が言われているわけじゃないのに、めちゃくちゃ怖い。

 目で人を殺せそうなのに加えて、あの身長。圧がすごい。


「あいつの……あいつのせいなんだよっ。あいつが、あの曲をやらなければ……」


 曲という言葉からして、昨日の演奏に対して、何かいいたいことがあることはわかった。

 でも、演奏した曲は両方とも俺のもの。こいつにあれこれ言われる筋合いはない。


「だから何だって言うんだ? お前に人を傷つける権利があるとでも?」

「いだいっ……はな、せ……」


 鋼太郎が、男を睨み付けた。

 掴む力を更に強くしたのだろう。男の顔が歪んだ。


「野崎くんっ!」


 さっき見に行った書道部の展示会場の方から、俺の名前を呼ぶ女子の声が聞こえた。その声は足音と共に大きくなっていく。


「NoKはこの俺だ、あれは俺の曲なんだよ……俺が作ったんだよ。あの曲が、遥ちゃんの大好きな曲なんだよ……なのにお前が!」

「何言ってるんだ、お前……」


 素直に思ったことが口に出た。男の言い分が、まったくもって訳がわからなかった。


 NoKは紛れもなく俺だ。NoKの曲は、俺の曲。なら、こいつが言っているのは何なのか。

 単なるなりすましをしていただけか。


 それなら別に俺に当たることでもない。

 勝手にNoKを名乗りたきゃ、名乗っていればいいとさえ思っている。


 嘘をついて大変な思いをするのは、偽物だし、俺に関係ないからだ。


 でもいくら考えても、俺が襲われるほどの理由は思いつかない。



「野崎くんっ!」


 走ってきたのは武市だった。

 壁際に追いやられた俺に向けてカッターを持つ男。そしてその間に割り込み、男の手を掴んで止めている鋼太郎。

 誰が被害者なのか、誰が加害者なのか、一目瞭然である。


「俺は悪くない。遥ちゃんのためにやってんだ。あの曲は、俺のものなんだよぅ!」

「何言ってるの……? 何で私の名前が出てくるの?」


 こいつのいう「遥ちゃん」って、武市のことだったのか。そりゃ、修羅場に遭遇して、自分の名前が出てきたらビックリするだろう。

 武市の顔も明らかに引きつって、嫌悪感を示している。


「遥ちゃん……? 俺は、君のためにあの曲を……それなのに、野崎が……」

「私のため? それで山城くんが野崎くんを傷つけようとしてるの? なんで?」

「だって、NoKは俺で……あれは俺の曲で」

「なんで嘘を付くの? 山城くんがNoKなわけないでしょう?」


 武市は山城がNoKじゃないって、ハッキリ言い切った。かなり自身があるようにも見える。


 NoKは顔を出していない。NoKが俺ということはメンバーしか知らない。

 ボロは出してない。なのにそこまで言い切れるのは何でだろうか。


「いい加減カッターを離せや」


 山城が動揺し、力が弱くなった瞬間に鋼太郎が力を加えた。

 カッターを持つ山城の手をそのまま後ろへ押しつつ、足を引っかけることでバランスを崩した。

 すると山城の贅肉だらけの体は、床にドスンと転がる。


「はっ……鋼太郎、さっすが……つええなぁ。惚れちゃいそうだわ」

「そりゃどうも」


 鋼太郎の力には惚れそうだ、なんてわりと本気で思った。

 やっぱり俺も筋トレをすべきかもしれない。


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