Song.24 文化祭初日


 体育館に響く盛大な拍手。

 それを全身で受け止める。

 大勢の前でステージに立てた、それが最高に気持ちいい。


「ありがとうございましたぁっ!」


 大輝の声に合わせ、全員が頭を下げた。

 その間も続く拍手が嬉しい。

 全力を出して二曲を引き終えたのに、さらに興奮が高まる。

 その音が鳴り止まぬ中、ステージの幕が下ろされた。


『――以上をもちまして、開催式を終了いたします。皆さん、教室に戻り、先生の指示に従ってください』


 幕の外から聞こえる司会の声は、今後の流れを伝えている。

 この後の文化祭はどうでもいい。ありきたりな模擬店に出すお金もない。ダラダラと時間をつぶすだけだ。


 文化祭のことよりも、今日の演奏で部活になるかどうか決まる。それの方が重大事項だ。

 幕が下がり気が抜けたのか、それとも疲れがでたのか、俺の足はすぐに移動することが出来ず、その場にへなっと座り込んだ。



「おっつかれぃ! みんなすげー反応よかったよな!」



 相変わらずのテンションで、声をかける大輝の言うとおり、生徒の反応は申し分ないほどだった。

 先生たちもそんな生徒の空気に圧倒されたのかもしれない。

 だってあの年老いた教頭まで手を叩いていたのだから。


「確かに。ミスるかと思ったけど、楽しかったわ」


 そう続けたのは鋼太郎。

 ダラダラと止まらない汗を、準備していたタオルで拭き取っている。


「お疲れ様でした。僕も皆さんと演奏できて、すごく楽しかったです」


 フワフワの髪が、汗で顔にくっついている瑞樹。

 頭に巻いたままの痛そうな包帯を気にすることなく笑う様子は、本当に楽しそうだった。


「だよな。ユーマも楽しかっただろ?」

「……まぁ。楽しかった、かな」


 悠真の口から聞き出した言葉。

 目をそらして、汗を拭いながら恥ずかしそうに言う姿は、とても嘘をついているようには見えない。

 音楽なんてもうやらないと言っていた悠真が、楽しいと言っている。音楽をやめるなんてこと、もう言わないだろう。


「俺の勝ちだな?」

「は? 何言ってるの君。いつ僕が君に負けたって?」

「音楽はやらないって言ってたやつの口から、楽しかったって言葉が出てんだ。どうみても俺の勝ちだろ?」


 そう言ってニヤリと笑えば、悠真の顔に不満が現れる。


「そもそも僕は勝負なんてしてないし。曲自体、僕も作っているでしょ!」

「それでも、楽しいって言ったんだから俺の勝ちだろ?」

「はあ? 意味わかんないんだけど」


 小学生並みの言い争い。互いに負けず嫌いなせいか、がみがみと続いていく。


「二人で作ったんだし、みんなでやったんだし、引き分けだろっ! 俺たち最高だってことじゃん! な!」


 間に大輝が割って入ったことで、言い争いは終わった。

 こんな光景はいつものことである。練習のときも似たような形。悠真と仲が悪いわけではない。互いに言いたいことが言えるから、どんな内容でも言い争う。それを大輝が終わりにさせる。

 鋼太郎と瑞樹はそんな俺たちを生暖かい目で見ている。

 こんな関係も悪くない。


「……わかった、わかったから。取り敢えず。ほら、さっさと片付けなよ。あっちで指示待ちしているサッカー部員がうずうずしてるし」


 悠真が指を指す先には、片付けに入るべきなのかを悩む集団がいた。

 手伝いをしに来て貰っているので、手持ち無沙汰に待たせるのは申し訳ない。演奏後の余韻に浸り続けることも出来ず、撤収作業に入った。




「終わったっ! ふぅぅ! 疲れたけど、楽しかった!」


 全員の心の声を代弁するかのように、大輝が息をついた。

 機材を物理室へ運び終えた時には、すでに文化祭を始めるアナウンスがされていた。

 廊下を歩く騒がしい声が聞こえる。

 校内はうじゃうじゃと人が行き交うのだ。

 そんな人混みが嫌いで、このままここでベースを弾いていようかとさえ思う。

 でも、クラスの出しものであるチョコバナナを売るためシフトが組まれているのでそれが出来るはずがなかった。


「皆さん、お疲れ様でした。生き生きとした演奏でしたね」


 物理室の席でだらける俺たちに、立花先生が白衣の袖をまくって拍手をした。


「他の先生たちの様子を見ていましたが、どの先生も楽しそうでした。次の職員会議で正式に軽音楽部が認められると思います」

「ひゃっほーい! これで大会に出られるな、キョウちゃん!」

「あたりまえだ。部活にならなきゃ、教育委員会にでも訴え出てやるからな」


 疲れたといいつつ、変わらず大きい声を出す大輝に「ちゃん付けやめろ」と言う体力は残っていなかった。


「片づけも終わったし、僕、クラスに戻るね」

「ああ。怪我、気をつけろよ」

「うん、ありがと」


 初めての文化祭にうずうずしていた、瑞樹が教室へと戻っていった。

 怪我は軽度で、問題ないらしい。物理室を出る瑞樹の足取りは軽かった。


「クラスの出し物とかめんどくせぇ……早く終わんねぇかな。行きたくねえ……」


 机にだらっと体を預けて呟く。

 文化祭は二日間行われる。しかし、演奏できる場は今日で終わりだ。

 だったら、早く帰りたい。けど、途中で帰ろうものなら、素行不良とか言われて部活ができないかもしれない。


「いいから教室もどっぞ。俺らのシフト、五分後からだ」

「うぐっ……やりたくねぇ」


 机にしがみつく俺の腕をつかんだ鋼太郎は、そのまま引きずられるようにして、物理室から連れ出された。


「僕も戻るよ」

「俺も俺もー。ユーマ、俺のクラス来てよ。お化け屋敷やるからさ」

「や・だ」


 ぞろぞろと物理室を後にする。

 その姿を睨むように見る男に、誰も気づいていなかった。




 クラスに戻るなり、空気がすぐにざわざわする。すでに文化祭は始まっているので、他のクラスや学年の人が入り交じっていることもあるが、それにしてもざわめきが大きい。

 どうやら俺たちを見て、何かを話しているようであった。


「ねぇ、聞いてきなよ」

「えー、やだよ。だって怖いもん。隣の人だってこわ……ひっ」


 隣の人とは、鋼太郎を示しているようだ。そんな鋼太郎がコソコソ話す女子を見ただけで小さな悲鳴が聞こえた。


「ぷっ……おまっ、怖がられてやんの」

「うるせぇ。悪かったな、こんなんで」


 ふざけて言い合っていると、長い髪をした一人の女子が俺たちの前に立った。

 女子の顔なんて覚えていない。同じ学年なのかすら知らない。

 そんな女子は、大きい目でジッとこちらを見てから口を開いた。


「あのっ、軽音楽部の方ですよね!? さっきのライブ、最高でした! これ、皆さんの分あるので、よかったら食べてください!」


 そう言って頭を下げつつ、差し出してきたのは何かが入った小さなビニール袋。

 それを貰うべきなのか、いや、何が入ってるのかわからないしどうしようか。

 そう考えている間にも、時間は過ぎていく。

 明らかに奇妙な光景にその場にいた人の視線が集まった。


「えーっと……ありがと、う?」


 痛い視線から逃げるためにも、その袋を受けとった。チラッと中身を見るとペットボトルの飲み物と模擬店で買ったであろういくつかの焼き菓子が入っていた。


「ど、どういたしましてっ!!」


 そう言って女子は走り去った。

 どこの誰かもわからないが、貰った好意は素直に受けとっておく。


「さっきのは、五組の武市さんじゃねえか」

「知り合いか? なんでわざわざ俺らの所に?」

「そんなこと知らねぇよ」

「ふーん」


 話ながら貰った袋の中からひんやり冷たいペットボトルを一つ取り出し、鋼太郎に押し付けた。

 自分の分もと取り出そうとしたとき、小さな紙が一緒に入っていたのを取り出す。


 それにはメッセージが書かれていた。

 

『素敵な演奏ありがとうございました。皆さんの曲のおかげで、もう少し勇気を出そうと思いました。これからも、応援しています』


 丸みを帯びた文字で書かれた文章。

 何だかそれが、凄く嬉しくなった。


「お前が曲にかけた思いっていうの? 伝わってんじゃねぇか」


 鋼太郎はペットボトルに口を付けつつ、上から覗いていたようだ。


「かもな。やってよかった。せっかく冷えた飲み物貰ったんだし、瑞樹たちにも渡さねぇと」

「取りに来るよう連絡しとくわ」

「おう」


 初めてのファンレターを汚さないよう袋に入れ、クラスの模擬店の店員の仕事を始めた。鋼太郎が模擬店の受付をしているとき、その見た目に恐れて誰も近寄らなかったのを見て、笑いが止まらなかった。

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