Song.9 お土産


「うん? まだ時間あるけど、どしたの?」


 スタジオ代を支払うため、受付に行くと、そこにはパソコンで映像を見ている三上さんがいた。

 予定の時間より結構早くに受付に来たためか、三上さんは頬杖をつきながらも不思議そうな顔をしている。


「スティックが折れたんで、今日は終わりにします。三上さんは何してるんっすか?」

「ああ、これ? 昔、ここを使ってた人たちの映像。懐かしいもの出てきたから、見ようと思って」


 三上さんはパソコンの画面を俺たちに見やすい向きに変えてくれた。

 そして画面に目を向けると、そこには学生服を着た高校生らしき四人組のバンドが演奏している。ギターとドラムが男性、ベースとギターボーカルが女性の4ピースバンドだ。

 三上さんがパソコンを操作し、少しだけ音量を上げてくれた。

 おかげで、どんな曲なのか聞き取ることができた。曲は今も活動している有名バンドの曲だ。どうやらこのバンドは、コピーバンドのようである。

 画質、そして音楽からしても、ここ最近のものではないことがわかった。


「そういえば、このバンドのギターの男の子と女の子が結婚して、二人とも今、教師やってるらしいわよ」


 デビューしているバンドならともかく、昔ここで練習していた素人のバンドのことなど知る由もないので、ただただ「へぇ」としか返す言葉がない。

 何年も前の映像のようで、撮影しているカメラの画質が荒く、顔がハッキリとはわからない。それでも演奏している曲は、だいぶ前にリリースされた有名な曲だということはわかる。原曲を聞いたことはあるが、このバンドは決してうまくもなければ、下手ヘタというわけでもない。演奏者は皆、棒立ちで各楽器に集中しているようで、見ている分にはつまらないというのが率直な感想だった。

 そんなことを考えながら見ていた俺の隣で、鋼太郎は首をひねっっている。


「どうした、鋼太郎」

「なんか、このギターの人……どっかで見た事がある気がすんだよ。うつむいてるからはっきりとは見えねえけど、なんか見た事あるような……」


 顎に手を当てて考える鋼太郎。

 確かにそう言われると、ギターの男は確かにどこかで見覚えがあるような気がする。

 だけど、この映像自体、古いものだ。撮影したときは高校生だとしても、今はもう社会人になっているだろう。


「あら! よくわかったわね! このバンドは、あなたたちの羽宮はねみや高校の卒業生で、男の子の方が羽宮そこの先生やってるわ」

「まじですか!? それ!」


 よく映像を見てみると、確かに同じ制服を着ている。

 男子の制服はどこでも見かけるような黒の学ランなので分かりにくいが、女子の制服には特徴がある。羽宮高校うちの場合、二つの金ボタンがついた紺色のブレザー、そして同色の無地のスカート。首元にはネクタイもリボンもないシンプルなものだ。近くの他の高校なら、セーラーやリボン、チェックスカートであるため、羽宮うちの制服とは全く違うからすぐわかる。


「ちなみに立花たちばな久志ひさしって言うんだけど……」

「タチ、バナ……」


 三上さんが口にした名前を復唱し、学校の先生たちを思い出してみる。

 担任、現代文、数学、英語、各科目の先生の顔は出てくるが、名前は覚えていなかった。


「あ、もしかして総合科学の立花じゃね?」


 鋼太郎が科目まで言ってくれたおかげで、ピンときた。

 一年のときに受けた総合科学の授業の担当教員が立花っていう名前だったような気がする。

 化学室で実験するのなら白衣を着るのもわかるが、普通の教室での授業のときでさえ毎回白衣を着ていた人だ。

 あまり怒るような人でもなく、強く物事を言えなさそうな感じの人だった気がする。とても楽器をやっているような雰囲気はなかった。


「やっぱり、立花くんを知ってるのね。彼、ギターがすごく上手だったのよ。文化祭のときに軽音部として演奏するからって張り切ってやってたわ。懐かしいわね」

「三上さん、それって羽宮うちの学校に軽音部があったってことっすか?」

「? そうよ? この子たちのときはあったわ。でも、4、5年くらい前かしら? 部員が何かやらかしたみたいで、廃部になったって話。聞いたことない?」


 初耳だ。

 ちょうど一年前に、軽音楽部について先生たちに訊きに行ったが、そんな話はちっともしなかった。それどころか、教頭がものすごく嫌そうな顔をしていたのを覚えている。

 三上さんが言うように、軽音楽部の部員が何か不祥事を起こしたから。だから軽音楽部を作ることに反対して、教頭がそんな顔をしたのかもしれない。


「何があったのか、立花くんに聞いてみたらどうかしら? また軽音楽部を作るには、顧問も必要でしょう? もしかしたらなってくれるかもしれないわよ」

「それもありっすね。明日、先生のとこに行ってみます」


 いい情報を手に入れた。

 瑞樹と大輝が今日、顧問を探しに行っている。でも、何も連絡がないってことは、いい成果がなかったのだろう。明日、全員が集まったときに、この情報を共有して、先生のところに突撃する。

 すでにどこかの部活の顧問になってたら、新しく作ろうとしている軽音楽部の顧問にはなれないだろう。顧問をやってるのかどうかについては、先生に聞かないとわからない。


「じゃあ、お会計をしましょうか」

「ういっす」


 きりがよくなったところで、今日のスタジオ代を支払う。

 学生割引をしてもらって、一人当たり500円。かなり良心的な値段だった。

 支払いを終えて外に出ると、薄暗い空に月が出ていた。

 田舎は明かりが少ない。街灯もまばらで、夜は闇に包まれる。

 だから真っ暗になる前にこのまま家に帰るところだが、今日はまだ予定がある。

 そう、どら焼きだ。家にいるじいちゃんたちへの土産みやげ……というのは建前で、本当は俺が食べたいだけだ。じいちゃんたちに買っていくと、後でお駄賃と言って買った値段以上のお金がもらえるのも狙いの一つである。

 おいしいものを食べて、お金がもらえる。一石二鳥だ。


「よし、どら焼きを買いに行くぞ」


 よだれが出そうなのをこらえて、鋼太郎に伝えた。


「マジで買うのかよ。売り切れてるかもしれねえのに?」


 さっきスタジオ代を払う時に財布の中身は確認済みだ。

 2、3個どら焼きを買うくらいのお金はまだ残っていた。このお金で鋼太郎の家に行って、どら焼きを買って帰る。


「んなん、行ってみなきゃあるかどうかなんてわかんねえだろ? なかったら他のもの買って帰るし。ほれ、荷物持ってやるから走れ」

「はあ?」


 ちんたら歩いて向かったら、その間に売り切れてしまうかもしれない。

 鋼太郎は歩きだが、俺には自転車がある。歩きで5分ぐらいなら、自転車を使えばもっと早く着く。

 鋼太郎は走りたくないというような顔をしているが、強引に荷物を奪い取り、自転車の前カゴに入れてペダルをこいだ。


「ちょ、待てって!」


 一刻も早く食べたい俺は、鋼太郎を置き去りにして、自転車をこぐ。

 車も通らない道を走ると、すぐに目的地だ。


「お、着いた着いた。どら焼きー」


 駅前の和菓子屋「かたや」。

 リフォームしているが、店の作りは古い。

 外からは中があまり見えないような作りになっているので、他にお客さんがいるかどうかはわからない。

 店の入り口近くに自転車を止めて、店内に入った。


「いらっしゃいませー」


 カウンターの女性がニコニコとあいさつをする。

 ガラスのショーケース、壁際には小さな陳列スパース。狭い店内には、他に客がいなかった。


「おいっ、おいてくなって……」


 遅れること十数秒。

 鋼太郎もやってきた。


「え、こう、たろう……? お父さん! 大変よ! 鋼太郎がっ……」


 鋼太郎を見るなり、女性が何やら急にあわただしくし始めた。

 カウンターの後ろの部屋へ向けて声を出す。


「鋼太郎が友達を連れてきたわ!」

「ぶっっ!」


 何を言い出すのかと思いきや、俺が一緒に来たことを報告しただけだった。

 それがおかしくて、俺は思わず吹き出す。

 一方、鋼太郎はというと、顔を手で隠してはいるが、耳が真っ赤になっていた。


「おまっ……友達いなさすぎて、お母さんに心配されてんじゃん」

「う、うるせぇ。お前だって作間以外に友達いねえだろうが」

「あーあ。大輝の存在を忘れてるなんて、かわいそうに」

「あ、忘れてた」


 ボソボソと鋼太郎と言い合っている間に、女性の隣に男性がいた。

 背の高いその男性の顔が、鋼太郎とそっくりだから、きっとお父さんなのだろう。

 鋭く細い目で、ムッとした表情のまま黙っているので怒っているのではないかと思わせる。だけど、対照的に女性が笑顔であることから、そういうわけじゃないのだろうということがわかった。


「どうも、鋼太郎の母です。こっちは父です。あなたはよく買いに来てくれる子よね? 鋼太郎が迷惑をかけてないかしら?」

「どうも。迷惑だなんてとんでもないっすよ。むしろ俺の方が迷惑をかけちゃってるって感じなんで」

「まさか! こんな怖い顔してる息子が隣にいるだけで、迷惑をかけちゃうでしょう? お父さんそっくりの顔なのよ。怖い顔だけど、よく見ると整った顔をしてるのよ~。それに実は優しい子なのよ~。急に謹慎だって言われてびっくりしたけど、その理由もね、好きな子かばって……」

「母さん! 余計な事は言わなくていいから!」

「あらやだ。うふふふ」


 息子の話をすらすらと始める母親を、息子が止めた。

 どうやらおしゃべりなお母さんのようだ。反対に、お父さんは一言も話しておらず、ずっとこっちを見ているのがすごく気になる。


「そうそう、今日はお買い物? あんまり残ってないけど、何買ってく?」


 思い出したかのように、鋼太郎のお母さんは話を振った。


「そうだった。うちのじいちゃんとばあちゃんに、どら焼き買ってこうと思ったんですけど、あります?」

「ごめんねえ、どら焼きは今日、売り切れちゃったのよ。今残ってるのは……草餅だけだわ」

「えー……まじ、すか……あー……」


 どら焼きのスペースには、何も並んでいなかった。どら焼きだけじゃない。ほとんどのスペースがからになっている。

 時間も時間なだけあって、ほとんどのものがすでに売り切れてしまっていたのだ。

 草餅も嫌いじゃない。和菓子はどれも好きだ。でも、俺はすでにどら焼きの口になってしまっている。草餅では甘さが足らない。

 あからさまに肩を落とす俺を見て、鋼太郎はカウンターの奥へと入って行ってしまったが、すぐに戻ってきた。


「どら焼きはねえけど、団子と大福ならあんぞ。昨日親父と作ったやつ。店に並ぶようなレベルじゃないけど」


 そう言いながら持ってきたのは、二つのタッパーだった。

 透けて見える中には、おいしそうなものが入っている。


「うまそうじゃん! いくらだ?」

「金なんかとれるかよ。このまま持ってけ」

「いやいや、払うって」


 財布を取り出そうとする俺に、タッパーを押し付けてきた。思わずそれを受け取り、両手がふさがってしまう。

 そんな手の上に、さらに荷物がのせられた。


「これはおばちゃんたちからのサービス」


 鋼太郎の母さんが、商品としておいてあったお茶の葉を一袋乗せたのだ。

 お茶の葉の良しあしはわからないけど、見た目からして高そうである。


「また買いに来て。鋼太郎に来る日と言ってくれれば、取り置きしておくからね」

「……ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えていただきます」

「気を付けて帰れよ」

「ああ」


 ありがたくお茶の葉をもらい、頭を下げて店を出た。

 店の扉を閉め、自転車のカゴにもらったものを入れて帰る。

 三上さんもそうだけど、人に優しくされている気がする。色々と助けてもらっている分、お礼がしたい。何かを買って返すわけにもいかない俺にできることは、やっぱり成果を残すことだと思う。

 音楽で、バンドで結果を残して、お礼を伝えるしかない。

 そのためには、メンバーを集めて、曲を作って、練習して……やることは山積みだ。

 でも、一人じゃない。なんだか今日は、気分がいい。


「うっしゃ。やるか!」


 すっかり暗くなった道を、自転車のライトが明るく照らした。

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